病院の ファストパスは 違法ではない ——予約料は 選定療養、 ただし 4つの 条件が ある |訪問看護から 見ると 何が 問題か

Summary
追加料金を払えば診察の順番が早くなる。医療版ファストパスと呼ばれる仕組みが、2026年9月末にSNSで大きな議論になりました。制度上、予約料は選定療養として認められています。ただし4つの条件が課されています。訪問看護の側からこの問題を見ると、論点は料金の是非ではなく、順番を決める基準が何に置き換わるのかという点にあります。
目次8項目
追加料金を払えば、診察の順番が早くなる。医療版ファストパスと呼ばれる仕組みが議論になっています。
きっかけは2026年9月27日から28日にかけてのSNSでの拡散でした。病院のファストパスが増えているという投稿に、倫理的に問題があるという批判と、忙しい現役世代には助かるという擁護が並びました。
それに先立つ2026年9月5日、読売新聞が飲食店や医療機関でファストパスの導入が広がっていると報じています。テレビ朝日の取材では、都内の診療所が2025年から事前予約時に500円の追加料金で優先的な診察を受けられる仕組みを始めており、同じ時刻に到着した患者の診察開始に約40分の差が出た例が紹介されました。
訪問看護の媒体として、この議論をどう見るか。まず制度を確認したうえで、在宅の側からの論点を書きます。
違法ではありません
先に事実を整理します。この仕組みは、制度上認められています。
保険診療と保険外診療の併用は原則として禁止されていますが、選定療養という例外があります。差額ベッド代や、紹介状なしで大病院を受診した場合の定額負担と同じ枠組みです。
その選定療養の一つに、予約に基づく診察があります。予約料を徴収することは、以前から認められてきました。
ただし条件があるとされています。予約時刻からおおむね30分以上待たせた場合は予約料を徴収できないこと。予約料なしの時間帯を各診療科の外来診療時間の2割程度確保すること。予約なしの患者についてもおおむね2時間以上待たせないよう配慮すること。そして地方厚生局への報告が必要であること。
つまり、お金を払えば何でも優先されるという単純な設計ではありません。公平性を担保するための制約が組み込まれています。
議論が混乱している理由
それでも議論が荒れているのは、呼び方の問題が大きいと考えます。
ファストパスという言葉は、遊園地の仕組みから来ています。列に割り込む権利を買う、という意味合いです。実際には、予約枠を確保する対価であって、来院した人の列に割り込む仕組みとは制度上の位置づけが違います。
ただ、運用によっては割り込みに近づきます。通常の診療時間のなかで、予約料を払った人が先に呼ばれる形になれば、待っている人からは割り込みに見えます。条件の一つである「2割程度の予約料なしの時間帯」がどこまで守られているかも、外からは見えません。
SNSで拡散した投稿には1回500円から4,400円という金額が書かれていましたが、この数字の出どころは確認できませんでした。テレビ朝日が取材した診療所は500円です。議論の前提になっている数字が検証されていないまま広がっている面もあります。
訪問看護には、待ち時間がない
ここから在宅の話です。
訪問看護には、そもそも待合室がありません。時間を決めて、その時刻に利用者の家へ行きます。待ち時間という概念が構造的に存在しない医療です。
その代わりに、別のものがあります。訪問の順番です。
1日に5件回る看護師は、その順番を毎日決めています。発熱している人は最後に回す。急変があれば予定を組み替える。当メディアで感染対策を扱った際にも書きましたが、訪問の順番は感染のリスクと緊急度で決まります。
つまり、在宅にも順番はあります。決めているのは、緊急度です。
ファストパスが提起しているのは、この順番を決める基準を何に置くかという問題だと考えます。緊急度で決めるのか、支払いの意思で決めるのか。料金の高低ではなく、そこが論点です。
在宅にも「お金で買える」領域はある
ここは正直に書かなければなりません。
訪問看護にも、保険外のサービスがあります。自費の訪問看護です。保険の枠を超えた時間や回数、保険では認められない内容を、利用者が全額自己負担で利用する形です。一般社団法人が保険外訪問看護のガイドラインを策定するなど、産業として整備が進んでいます。
そして、保険の側にも限界があります。介護保険には区分支給限度基準額があり、それを超えた分は全額自己負担です。日本看護協会の実態調査では、2025年7月から9月の3か月間に限度額を超えて訪問した事業所が12.1%ありました。利用者が自費で払うか、事業所が持ち出すかのどちらかです。
必要な訪問が限度額に収まらないとき、お金を出せる人は受けられ、出せない人は受けられない。あるいは事業所が負担する。この構造は、すでに在宅にあります。
ファストパスを他人事として批判できる立場ではありません。
それでも違うと考える点
そのうえで、二つの点で性質が違うと考えます。
一つは、支払う理由です。自費の訪問看護や限度額を超えた訪問で支払われるのは、追加のサービスに対する対価です。回数が増える、時間が長くなる、保険外の内容が受けられる。受け取るものが増えます。
ファストパスで支払われるのは、順番に対する対価です。診察の内容は変わりません。変わるのは、他の患者との相対的な位置です。誰かが前に出れば、誰かが後ろに下がります。
もう一つは、緊急度との関係です。
在宅で訪問の順番を組み替えるとき、基準は状態です。熱がある人を後に回すのは感染対策であり、急変した人を先にするのは緊急度です。判断しているのは看護師であり、支払い能力は判断材料に入りません。
外来でファストパスを導入すれば、順番を決める要素に支払いの意思が加わります。条件によって制約はかかりますが、要素として入ることに変わりはありません。
SNSの反応のなかに、ファストパスを優先したために後回しになった重症の患者に何かあれば訴訟になる、という指摘がありました。これは制度の設計ではなく、運用の問題として現実的な懸念だと考えます。
問うべきは、なぜ列ができるか
もう一つ、議論の方向について。
アゴラに掲載された論考は、どうやって列を飛ばすかではなく、なぜこれほど長い列ができているのかを考えるべきだと指摘しています。負担割合の違いが受診行動に影響しているという主張です。
この主張への賛否はここでは述べません。ただ、列を前提にして飛ばし方を議論する構図には、違和感があります。
訪問看護の文脈でも同じことが言えます。当メディアで扱ってきたとおり、訪問看護ステーションの求人倍率は4.54倍、廃止理由の第1位は従業員の確保が困難で22.7%です。人が足りないという前提を動かさないまま、限られた資源をどう配分するかだけを議論すれば、必ず誰かが後回しになります。
ファストパスは、資源が足りない状態を前提とした配分の仕組みです。前提そのものを問わなければ、同じ議論が形を変えて繰り返されます。
在宅にファストパスは来るか
最後に、訪問看護への波及を考えます。
結論から言えば、外来と同じ形では来ないと考えます。訪問看護には待合室がなく、順番を待つ人が可視化されないからです。
ただ、別の形はありえます。訪問の時間帯です。朝いちばんや夕方など、希望が集中する時間帯を優先的に確保する権利を、保険外として設定することは技術的には可能です。すでに自費の訪問看護という枠組みがあります。
それが望ましいかどうかは、当媒体として立場を示します。反対します。
理由は、訪問の時間を決める判断が臨床判断だからです。インスリンの注射、内服の介助、排便のケア。訪問の時刻は、その人の生活と身体の状態から決まります。支払いの意思が時刻を動かせるようになれば、臨床判断が価格に従属します。
外来の待ち時間と、訪問の時刻は性質が違います。前者は待つ場所の問題ですが、後者はケアの内容そのものです。
立場
整理します。
病院のファストパスは、制度上認められた選定療養の枠内にあります。違法ではありません。批判するなら、制度を正確に理解したうえで行うべきです。
そのうえで、当媒体は次の点を問題と考えます。順番を決める基準に支払いの意思が加わることが、運用次第で緊急度による判断を押しのける可能性があること。そして、列ができている原因を問わないまま、配分の技術だけが議論されていることです。
訪問看護は、この議論の外にいるわけではありません。限度額を超えた訪問で12.1%の事業所が持ち出しをしている現実は、支払い能力によってケアの量が変わる構造がすでにあることを示しています。
他所の話として見るのではなく、自分たちの制度にも同じ問いがあると考えたほうがよいと思います。
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執筆者
医療・看護・介護の多職種チーム
訪問看護・在宅医療の現場に携わる多職種チーム
HokanPress編集部は、訪問看護・在宅医療の現場に実際に携わる多職種チームで構成されています。看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、医療ソーシャルワーカー、管理栄養士、介護支援専門員(ケアマネジャー)が所属。それぞれの専門分野で培った臨床経験と専門知識をもとに、医療・看護・介護従事者の実務に役立つ情報を発信しています。記事は必ず該当分野の有資格者が執筆または監修し、公的統計データや学会発表・厚生労働省の公表資料など、信頼性の高い情報源に基づいて作成しています。
保有資格: 看護師 / 理学療法士 / 作業療法士 / 言語聴覚士 / 医療ソーシャルワーカー / 管理栄養士 / 介護支援専門員
※本記事は公的統計データをもとに看護師資格保有者が執筆しています


