医療制度
高額療養費の負担増は、在宅の重症者を直撃する——2026年8月からの引き上げと、訪問看護への影響を分析|医療保険で訪問看護を使う人ほど上限に達しやすい
(更新: )·約12分で読めます
Summary
2026年8月、高額療養費制度が見直され、月々の医療費の自己負担の上限額が引き上げられます。医療費が高額になりがちな在宅の重症者にとって、そして、その人たちを支える訪問看護にとって、この見直しは無縁ではありません。医療保険で訪問看護を使う人ほど、上限に達しやすいからです。高額療養費の負担増が訪問看護に何をもたらすのかを分析し、今後起こりうることを想定し、いま訪問看護にできることを考えます。
2026年8月、高額療養費制度が見直される。月々の医療費の自己負担に上限を設けるこの制度の、上限額が引き上げられる。
医療費が高額になりがちな在宅の療養者にとって、そして、その人たちを支える訪問看護にとって、この見直しは決して無縁ではない。むしろ、医療保険で訪問看護を使う人の多くが、直接の影響を受ける立場にある。
高額療養費の負担増が、訪問看護に何をもたらすのか。制度の中身を確認したうえで、今後起こりうることを分析し、いま訪問看護にできることを考えたい。
そもそも、高額療養費制度とは何か
はじめに、制度の役割を押さえておく。高額療養費制度とは、1か月の医療費の自己負担が、所得に応じた上限額を超えたとき、その超えた分が払い戻される仕組みだ。重い病気で医療費がかさんでも、自己負担が際限なく膨らまないように守る、公的医療保険の要の一つである。
訪問看護との関係も、確認しておきたい。医療保険で訪問看護を利用する場合、訪問看護療養費の自己負担も、高額療養費の対象になる。あらかじめ限度額適用認定証を取得し、訪問看護ステーションの窓口で示せば、その月の支払いは上限額までで済む。マイナ保険証を使えば、認定証がなくても、上限を超える支払いが免除される。
つまり高額療養費は、在宅で療養する重症者の負担を、下から支える土台になっている。この土台の高さが、いま、変わろうとしている。
何が、どう変わるのか
見直しの経緯を、事実に沿って整理する。2024年12月、現役世代の保険料負担の軽減などを理由に、高額療養費の見直し方針が決まった。当初は2025年8月からの引き上げが予定されていたが、がん患者団体などの強い反対を受けて、2025年春に一度、凍結された。その後、患者団体も加わった専門委員会での議論を経て、内容を縮小したうえで、2026年度の予算に組み込まれ、実施が確定した。
中身は、こうだ。2026年8月から、第1段階として、すべての所得区分で自己負担の上限額が引き上げられる。2027年8月からは、第2段階として、所得区分が5つから13に細分化され、最終的な引き上げが行われる。引き上げの幅は、区分によって、およそ4%から38%とされている。
一方で、長く高額な医療費が続く人への配慮も設けられた。目玉の一つが、「年間上限」の新設だ。月ごとの上限には届かなくても、1年間の自己負担の合計が所得区分ごとの上限に達すれば、それ以降の窓口負担がなくなる。がんや難病、慢性疾患で、長く治療を続ける人に配慮した仕組みとされる。
この見直しの評価は、分かれている。医療保険を持続させ、現役世代の負担を軽くするために必要だとする立場がある。一方で、治療を続ける患者、とりわけ低所得者や長期療養者の負担が重くなることを、強く懸念する立場もある。当媒体は、いずれの立場にも与しない。ここで見ていくのは、この見直しが、訪問看護にどう関わるのか、という一点である。
訪問看護の利用者を、直撃しうる理由
なぜ、この見直しが訪問看護に深く関わるのか。理由は、医療保険で訪問看護を使う人の顔ぶれにある。
介護保険ではなく、医療保険で訪問看護を利用する人は、末期がんの患者、神経難病の患者、人工呼吸器の使用者、精神科の対象者など、医療ニーズが特に高い人が中心だ。こうした人は、訪問看護に加えて、通院や入院、在宅での診療、そして薬剤と、医療費が高額になりやすい。結果として、毎月の自己負担が高額療養費の上限に達している人が、少なくない。
上限額が上がれば、こうした人たちの1か月の自己負担は、その分、直接増える。訪問看護そのものの料金が上がるわけではない。しかし、医療費全体の上限が上がることで、在宅療養にかかる自己負担は、確実に重くなる。
見落としてはならないのが、その属性だ。医療保険で訪問看護を使う人には、高齢で、年金で暮らす、低所得の人が多く含まれる。負担増の影響を、最も受けやすい層でもある。守りの土台が上がることの痛みを、最も強く感じるのは、最も弱い立場の人たちなのだ。
今後、起こりうること
では、負担が増えると、現場で何が起こりうるのか。いくつかの可能性を、あらかじめ想定しておきたい。
一つ目は、利用の手控えだ。負担を少しでも減らそうと、利用者が訪問看護の回数を減らす。あるいは、利用そのものをためらう。必要なケアが行き届かなくなれば、状態の悪化や、再入院を招きかねない。目先の負担を抑えようとした結果、かえって大きな医療費がかかる。そうした皮肉な事態も、起こりうる。
二つ目は、在宅療養の断念だ。負担の重さから、家での療養をあきらめ、入院や施設を選ぶ人が出るかもしれない。「住み慣れた家で最期まで」という願いが、経済的な理由で遠のいてしまう。
三つ目は、家族への負担の転嫁だ。減らしたサービスの分を、家族が肩代わりする。以前の記事で論じた、介護する家族の共倒れのリスクが、いっそう高まる。
四つ目は、事業所への影響だ。利用の手控えが広がれば、訪問看護の利用が減り、事業所の経営にも響きうる。窓口での負担が増えることで、支払いが滞り、未収金が生じるといった事態も、想定しておく必要がある。
訪問看護に、できること
では、訪問看護の側に、打てる手はないのか。ある。むしろ、負担が増える局面でこそ、訪問看護師の役割は重みを増す。
第一に、負担を軽くする制度を、正しく案内することだ。高額療養費は、仕組みを知らなければ、十分に活かせない。限度額適用認定証を事前に取得し、窓口で示せば、その月の支払いは上限額までで済む。マイナ保険証なら、認定証がなくても上限が適用される。新しく設けられる年間上限や、直近1年で3か月以上該当した場合にさらに負担が軽くなる多数回該当の仕組みも含めて、利用者が使える制度を、漏れなく伝える。以前の費用の記事で述べたとおり、お金の見通しは、利用者が最も気にすることの一つだ。
第二に、費用を理由に、必要なケアをあきらめさせないことだ。利用者が負担を心配して回数を減らそうとしたとき、ただ受け入れるのではなく、本当に必要なケアは何かを一緒に考える。そして、軽減の制度や、ケアマネジャー、医療ソーシャルワーカーへの相談に、つなぐ。
第三に、経済的な理由で在宅療養が立ち行かなくなりそうなときは、生活保護をはじめとする、他の支援の窓口につなぐことだ。以前の記事で論じた「気づいて、つなぐ」役割が、負担増の時代には、より一層、生きてくる。
高額療養費の見直しは、公的医療保険を持続させるための、大きな政策判断の一つだ。その是非をめぐっては、さまざまな意見がある。ただ、一つだけ確かなことがある。この見直しが、医療保険で訪問看護を使う重症の在宅療養者に、現実の負担として及ぶという事実だ。制度が変わるとき、その影響を最も強く受けるのは、多くの場合、弱い立場にある人である。訪問看護は、その人たちに最も近い場所で、日々の暮らしを支えている。負担が増える時代にあって、必要なケアを、経済的な理由であきらめさせない。そのために、制度を正しく知り、正しく案内し、必要な支援へとつなぐ。訪問看護に問われる役割は、これから、いっそう重くなっていく。2026年8月、高額療養費制度が見直される。月々の医療費の自己負担に上限を設けるこの制度の、上限額が引き上げられる。
医療費が高額になりがちな在宅の療養者にとって、そして、その人たちを支える訪問看護にとって、この見直しは決して無縁ではない。むしろ、医療保険で訪問看護を使う人の多くが、直接の影響を受ける立場にある。
高額療養費の負担増が、訪問看護に何をもたらすのか。制度の中身を確認したうえで、今後起こりうることを分析し、いま訪問看護にできることを考えたい。
そもそも、高額療養費制度とは何か
はじめに、制度の役割を押さえておく。高額療養費制度とは、1か月の医療費の自己負担が、所得に応じた上限額を超えたとき、その超えた分が払い戻される仕組みだ。重い病気で医療費がかさんでも、自己負担が際限なく膨らまないように守る、公的医療保険の要の一つである。
訪問看護との関係も、確認しておきたい。医療保険で訪問看護を利用する場合、訪問看護療養費の自己負担も、高額療養費の対象になる。あらかじめ限度額適用認定証を取得し、訪問看護ステーションの窓口で示せば、その月の支払いは上限額までで済む。マイナ保険証を使えば、認定証がなくても、上限を超える支払いが免除される。
つまり高額療養費は、在宅で療養する重症者の負担を、下から支える土台になっている。この土台の高さが、いま、変わろうとしている。
何が、どう変わるのか
見直しの経緯を、事実に沿って整理する。2024年12月、現役世代の保険料負担の軽減などを理由に、高額療養費の見直し方針が決まった。当初は2025年8月からの引き上げが予定されていたが、がん患者団体などの強い反対を受けて、2025年春に一度、凍結された。その後、患者団体も加わった専門委員会での議論を経て、内容を縮小したうえで、2026年度の予算に組み込まれ、実施が確定した。
中身は、こうだ。2026年8月から、第1段階として、すべての所得区分で自己負担の上限額が引き上げられる。2027年8月からは、第2段階として、所得区分が5つから13に細分化され、最終的な引き上げが行われる。引き上げの幅は、区分によって、およそ4%から38%とされている。
一方で、長く高額な医療費が続く人への配慮も設けられた。目玉の一つが、「年間上限」の新設だ。月ごとの上限には届かなくても、1年間の自己負担の合計が所得区分ごとの上限に達すれば、それ以降の窓口負担がなくなる。がんや難病、慢性疾患で、長く治療を続ける人に配慮した仕組みとされる。
この見直しの評価は、分かれている。医療保険を持続させ、現役世代の負担を軽くするために必要だとする立場がある。一方で、治療を続ける患者、とりわけ低所得者や長期療養者の負担が重くなることを、強く懸念する立場もある。当媒体は、いずれの立場にも与しない。ここで見ていくのは、この見直しが、訪問看護にどう関わるのか、という一点である。
訪問看護の利用者を、直撃しうる理由
なぜ、この見直しが訪問看護に深く関わるのか。理由は、医療保険で訪問看護を使う人の顔ぶれにある。
介護保険ではなく、医療保険で訪問看護を利用する人は、末期がんの患者、神経難病の患者、人工呼吸器の使用者、精神科の対象者など、医療ニーズが特に高い人が中心だ。こうした人は、訪問看護に加えて、通院や入院、在宅での診療、そして薬剤と、医療費が高額になりやすい。結果として、毎月の自己負担が高額療養費の上限に達している人が、少なくない。
上限額が上がれば、こうした人たちの1か月の自己負担は、その分、直接増える。訪問看護そのものの料金が上がるわけではない。しかし、医療費全体の上限が上がることで、在宅療養にかかる自己負担は、確実に重くなる。
見落としてはならないのが、その属性だ。医療保険で訪問看護を使う人には、高齢で、年金で暮らす、低所得の人が多く含まれる。負担増の影響を、最も受けやすい層でもある。守りの土台が上がることの痛みを、最も強く感じるのは、最も弱い立場の人たちなのだ。
今後、起こりうること
では、負担が増えると、現場で何が起こりうるのか。いくつかの可能性を、あらかじめ想定しておきたい。
一つ目は、利用の手控えだ。負担を少しでも減らそうと、利用者が訪問看護の回数を減らす。あるいは、利用そのものをためらう。必要なケアが行き届かなくなれば、状態の悪化や、再入院を招きかねない。目先の負担を抑えようとした結果、かえって大きな医療費がかかる。そうした皮肉な事態も、起こりうる。
二つ目は、在宅療養の断念だ。負担の重さから、家での療養をあきらめ、入院や施設を選ぶ人が出るかもしれない。「住み慣れた家で最期まで」という願いが、経済的な理由で遠のいてしまう。
三つ目は、家族への負担の転嫁だ。減らしたサービスの分を、家族が肩代わりする。以前の記事で論じた、介護する家族の共倒れのリスクが、いっそう高まる。
四つ目は、事業所への影響だ。利用の手控えが広がれば、訪問看護の利用が減り、事業所の経営にも響きうる。窓口での負担が増えることで、支払いが滞り、未収金が生じるといった事態も、想定しておく必要がある。
訪問看護に、できること
では、訪問看護の側に、打てる手はないのか。ある。むしろ、負担が増える局面でこそ、訪問看護師の役割は重みを増す。
第一に、負担を軽くする制度を、正しく案内することだ。高額療養費は、仕組みを知らなければ、十分に活かせない。限度額適用認定証を事前に取得し、窓口で示せば、その月の支払いは上限額までで済む。マイナ保険証なら、認定証がなくても上限が適用される。新しく設けられる年間上限や、直近1年で3か月以上該当した場合にさらに負担が軽くなる多数回該当の仕組みも含めて、利用者が使える制度を、漏れなく伝える。以前の費用の記事で述べたとおり、お金の見通しは、利用者が最も気にすることの一つだ。
第二に、費用を理由に、必要なケアをあきらめさせないことだ。利用者が負担を心配して回数を減らそうとしたとき、ただ受け入れるのではなく、本当に必要なケアは何かを一緒に考える。そして、軽減の制度や、ケアマネジャー、医療ソーシャルワーカーへの相談に、つなぐ。
第三に、経済的な理由で在宅療養が立ち行かなくなりそうなときは、生活保護をはじめとする、他の支援の窓口につなぐことだ。以前の記事で論じた「気づいて、つなぐ」役割が、負担増の時代には、より一層、生きてくる。
高額療養費の見直しは、公的医療保険を持続させるための、大きな政策判断の一つだ。その是非をめぐっては、さまざまな意見がある。ただ、一つだけ確かなことがある。この見直しが、医療保険で訪問看護を使う重症の在宅療養者に、現実の負担として及ぶという事実だ。制度が変わるとき、その影響を最も強く受けるのは、多くの場合、弱い立場にある人である。訪問看護は、その人たちに最も近い場所で、日々の暮らしを支えている。負担が増える時代にあって、必要なケアを、経済的な理由であきらめさせない。そのために、制度を正しく知り、正しく案内し、必要な支援へとつなぐ。訪問看護に問われる役割は、これから、いっそう重くなっていく。
執筆者
宮木
訪問看護ステーション経営者・救急看護認定看護師
大学病院 救命救急センター 5年 / 手術室 2年 / 大手訪問看護ステーション 5年 / 訪問看護ステーション設立・代表
小学生の頃から訪問看護師を志し、大学病院の救命救急センター・手術室で急性期医療の現場経験を積む。救急看護認定看護師の資格を取得後、大手訪問看護ステーションでの勤務を経て独立。現場と経営の両視点から、医療従事者に実践的な情報を届けます。
保有資格: 看護師免許 / 救急看護認定看護師 / BLSプロバイダー / ICLSプロバイダー
※本記事は公的統計データをもとに看護師資格保有者が執筆しています