山形県の県境の地域にある3つの町村には、訪問看護がありませんでした。自宅で療養する人がいても、通ってくれる看護師がいない地域です。
2017年、その地域の町立医療機関の一角に、訪問看護ステーションのサテライト(出張所)が開設されました。運営するのは県の看護協会です。看護師は、地域の医療機関から出向してきた2人。開設当初は赤字でしたが、1年半後には黒字になり、それまで年に1件もなかった在宅での看取りが、年3件になりました。
全国訪問看護事業協会が2025年3月にまとめた『訪問看護事業所存続のための工夫や取り組みの事例集』に、この取り組みが紹介されています。事例集に書かれている内容をもとに、空白の地域に訪問看護が根づくまでをたどります。
最初に動いたのは自治体でした。訪問看護がない3つの町村の地域に事業所を立ち上げてほしいと、看護協会に要請したのです。
要請を受けた看護協会は、自らが運営する訪問看護ステーションの「サテライト」を、その地域に置く形をとりました。場所は、地域にある町立の医療機関の中です。
事業所全体では、看護師が常勤換算で5人、理学療法士などが常勤で2人、事務職員が1人の体制です。サテライトは、地域の医療機関から出向した看護師2人と、管理者で運営しています。
訪問看護のない地域が訪問看護のないままでいる理由は、多くの場合、人です。人口の少ない地域では、看護師を新たに雇おうとしても、なかなか応募が集まりません。
この事例では、地域の医療機関の看護師を、定期的にサテライトへ出向させる仕組みをつくりました。病院の看護師が、出向という形で訪問看護の現場で働きます。
仕組みを動かすために、いくつかの手当てがされています。
一つは、派遣する側と受け入れる側の役割を書面にしたことです。看護協会は「サテライト派遣事業ガイドライン」をつくり、派遣元の医療機関と派遣先のサテライトが、それぞれ何を担うのかをはっきりさせました。
もう一つは、給与です。看護協会は3つの町村と協定を結び、看護協会の規程にもとづく給与の差額を、町村が支給する仕組みにしました。
そして、出向してくる看護師への教育です。病院の看護と訪問看護は、同じ看護でも仕事の中身が違います。出向看護師には、新任の訪問看護師向けの教育プログラムや、訪問看護の養成講習会を受けてもらいました。
サテライトを開いても、利用者がいなければ事業は続きません。新規の利用者を見つけにくいことも、開設当初の課題でした。
ここで効いたのが、サテライトが町立の医療機関の中にあることです。医療機関が訪問診療をしている患者を、サテライトに紹介してもらうようにしました。あわせて、町内のケアマネジャーや医療機関に、訪問看護で何ができるのかを説明しました。
在宅での看取りの体制づくりにも取り組んでいます。医療機関に協力を頼み、意見交換会を開きました。地域の医療関係者やケアマネジャー、さらに住民も対象に、訪問看護の使い方についての講演会も開いています。
事例集によると、主治医と看護師が必要なときにすぐ情報を共有できるようになり、入退院の支援も円滑になりました。在宅での看取りは、年0件から3件に増えています。
人口の少ない地域で、開設直後から採算をとるのは難しいことです。この事例では、事業費の負担を軽くするために二つの手を組み合わせています。
一つは、助成金です。県の看護協会の事業助成金などを使いました。事例集には、訪問看護の担い手を生み出す事業、訪問看護の空白地を支援する事業、訪問看護を広く知ってもらう事業の3つが挙げられています。
もう一つは、町村との協定です。3つの町村が、看護協会の責任によらない赤字を補填することになっていました。
こうした支えのもとで、サテライトは開設から1年半で黒字になりました。
事例集は、うまくいった点だけでなく、残った課題も書いています。
出向してくる看護師のやる気を保つこと。出向の仕組みそのものを維持し、続けること。サテライトを安定して運営すること。そして、新型コロナウイルスの流行のあと、医療機関での看取りが増え、在宅での看取りが減っていることです。
今後の課題としては、サテライトを続けていくことと、安定した訪問看護のために地域の関係者が協力し合う体制をつくることが挙げられています。
この事例で目を引くのは、ひとつの事業所に全部を背負わせていない点です。
看護師は地域の医療機関が出し、給与の差額と開設当初の赤字は町村が持ち、運営と教育は看護協会が担う。利用者は町の病院の訪問診療からつながる。それぞれが自分の持ち場で少しずつ負担を引き受けたことで、1つの事業所だけでは成り立ちにくい地域に、訪問看護が置かれました。
訪問看護の空白地域は、全国にまだあります。そこでは「採算のとれる事業所が自然に生まれるのを待つ」だけでは、いつまでも空白が埋まりません。自治体、病院、看護協会がそれぞれ何を出せるのかを持ち寄ることが、一つの答えになっています。
※本稿は、全国訪問看護事業協会『訪問看護事業所存続のための工夫や取り組みの事例集』(令和6年度 老人保健健康増進等事業、2025年3月)の事例Eに書かれている内容をもとにまとめました。事例集には地域や事業所の名称は記載されていません。