訪問看護の処遇改善加算の算定率は、67.6%だった。
厚生労働省が2026年8月末の社会保障審議会介護給付費分科会に報告した数字である。2026年度の介護報酬改定で処遇改善加算が新しく対象に加えられたサービスについて、同年6月時点の取得状況をまとめたものだ。
同時に報告された他のサービスは、介護予防支援が76.9%、居宅介護支援が76.0%、訪問リハビリテーションが59.8%だった。
訪問看護は、4つのうち下から2番目にあたる。3割を超える事業所が、初めて設けられた加算を取っていない。
確認しておく。2026年度の臨時改定で、訪問看護には処遇改善等加算が設定された。加算率は1.8%である。
当メディアで試算したとおり、1事業所あたりの月商に対して1.8%を乗じると、看護職員一人あたり月1万円程度が上限になる。訪問介護の最大28.7%と比べて小さい数字だ。
それでも、介護分野の処遇改善の対象から長く外れていた訪問看護に、初めて加算が設けられたという意味がある。日本看護協会、日本訪問看護財団、全国訪問看護事業協会の三団体は、2026年7月に老健局長へ要望書を提出し、すべての訪問看護師の処遇改善を求めている。
その加算を、3割超が取っていない。
算定率が100%にならない理由は、加算の仕組みから整理できる。
処遇改善加算の算定には、体制届の提出と計画書の提出が要る。期限が決まっており、間に合わなければその年度は算定できない。
要件もある。処遇改善加算はキャリアパス要件と職場環境等要件で構成され、区分によって満たすべき内容が変わる。賃金体系の整備、研修の実施、昇給の仕組み。これらを書面にして整備する必要がある。
そして、介護保険の収入に対する加算であることだ。訪問看護は医療保険と介護保険が混在する。医療保険の利用者が中心の事業所では、介護保険分の総単位数が小さく、1.8%を乗じても金額が限られる。届出と計画書と実績報告の手間に対して、見合わないという判断があり得る。
分科会でも、複雑化する算定要件の簡素化を求める意見が出ている。
ここからは推測になるが、根拠はある。
日本看護協会の実態調査では、情報共有にICTを使っていない訪問看護事業所が28.3%あり、看護職員3人未満の事業所では45.1%だった。規模が小さいほど、事務的な処理の基盤が薄い。
当メディアで起業した管理者の困難を分析した査読論文を扱った際、「起業・運営に関わる必須かつ詳密な事務管理」が困難のカテゴリとして抽出されていた。看護の経験はあっても、届出や計画書の作成は別の仕事である。
補助金についても同じことが起きている。当メディアで医療機関等における賃上げ・物価上昇支援事業を扱った際、訪問看護ステーションへの支給額が1施設あたり22万8,000円でありながら、実施主体が都道府県で窓口も期限もばらばらであることを指摘した。情報に到達できたかどうかで、受け取れるかが決まる構造である。
処遇改善加算も、制度を知り、期限内に届出を出し、要件を整備した事業所が取れる。看護職員が平均5.4人、管理者が請求も労務も届出も抱えている事業所で、これが確実に行われるとは限らない。
算定していない3割の内訳は公表されていない。ただ、規模の小さい事業所に偏っている可能性は高いと考える。
加算を算定しないということは、賃上げの原資が入らないということである。
当メディアで扱ったとおり、日本看護協会の調査では病院勤務の看護師の基本給は12年間で5,868円しか上がっていない。増えたのは手当だった。訪問看護の給与は、もともと訪問件数とオンコールの手当で積み上がる構造にある。
加算を取る事業所と取らない事業所の間で、賃金の差が開く。看護師が職場を選ぶとき、その差は見える。訪問看護ステーションの求人倍率は4.54倍で、全施設種別のなかで最も高い。採用の競争が激しい環境で、賃上げの原資を持たない事業所は不利になる。
そして、取らない事業所ほど小規模である可能性が高いなら、小規模事業所の採用がさらに難しくなる。当メディアで扱った日本看護協会の実態調査では、看護職員3.5人以上4人未満の層で44.7%が赤字だった。赤字の事業所ほど加算が必要だが、加算を取る余力がない。
もう一つ、別の角度がある。
算定率が低いことは、事業所の問題としてだけでなく、制度の設計の問題としても読める。
訪問リハビリテーションの59.8%は、訪問看護よりさらに低い。4サービスのうち、居宅介護支援と介護予防支援が76%台で、訪問看護と訪問リハビリテーションが低い。この並びには意味があるかもしれない。居宅介護支援と介護予防支援は介護保険のみのサービスだが、訪問看護と訪問リハビリテーションは医療保険と介護保険の両方に関わる。
医療保険の割合が高い事業所ほど、介護保険の加算を取る動機が弱い。この仮説が正しければ、算定率の差は事業所の努力ではなく、サービスの構造によるものだということになる。
2027年度の介護報酬改定に向けた議論は、10月から12月にかけて個別のサービスごとの検討に入る。処遇改善は中心的な論点の一つだ。9月16日の意見交換会で、訪問看護の団体は賃金改善分を本体報酬に組み込むことを要望した。
加算としてではなく、本体報酬として配る。この要望は、算定率67.6%という数字によって裏づけられる。加算は取れた事業所にしか届かないが、本体報酬ならすべての事業所に入る。
実務として確認すべきことを挙げる。
自事業所が処遇改善加算を算定しているか。管理者に聞けば分かる話だが、職員が知らない場合がある。給与明細に処遇改善の手当が表示されているか。
算定している場合、区分はどれか。加算の区分によって率が変わる。上位の区分を取れる要件を満たしているか、満たしていないならどの要件が足りないか。
算定していない場合、理由は何か。期限に間に合わなかったのか、要件を満たせなかったのか、介護保険分が少なくて見合わないと判断したのか。理由によって、次にできることが違う。
当メディアで補助金を扱った際にも書いたが、誰がいつ制度の情報を確認するかを決めていない事業所は、次も同じことを繰り返す。
初めて設けられた加算の初月の数字である。今後、算定率は上がる可能性がある。届出が遅れた事業所が追いついてくるためだ。
ただ、初月で3割超が取っていないという事実は残る。処遇改善を求める議論が続くなかで、その原資が全事業所に届いていない状態から始まった。
加算率を上げる議論と、算定率を上げる議論は別のものだ。1.8%を2.5%にしても、取っていない事業所には何も入らない。