この仕事をしていて、いちばん言葉にしにくいことを、今日は書こうと思います。利用者さんやご家族から受ける、暴力やハラスメントのことです。
訪問看護は、利用者さんの家という密室で、基本的に一人でケアを行います。そこで何が起きても、外からは見えません。そして残念ながら、その見えない場所で、傷ついている看護師が確かにいます。
きれいごとでは済まない実態と、それでも看護師を守るために動き始めた仕組みについて、お伝えさせてください。
全国訪問看護事業協会が実施した全国調査があります。訪問看護師3,245人が回答したこの調査で、明らかになった数字は衝撃的でした。
暴言などの精神的暴力を経験した訪問看護師は52.7%。セクシュアルハラスメントは48.4%。身体的暴力は45.1%。いずれも半数前後です。過去1年間に限っても、28.8%から36.1%の訪問看護師が、何らかの暴力被害を受けていました。
新聞報道でも、訪問看護の現場の6割でカスハラがあると伝えられています。血糖値を測ろうと手を取った瞬間に怒鳴られ、殴りかかられ、はだしのまま外へ逃げた看護師の体験も報じられました。2025年4月には、大阪市西成区で20代の訪問看護師が利用者に包丁で切りつけられる事件も起きています。
決して、ごく一部の特殊な話ではありません。私たちの仕事のすぐ隣にある現実です。
ハラスメントは、どの職場でも起こりえます。それでも訪問看護には、被害が生まれやすく、そして表に出にくい条件が重なっています。
第一に、密室であることです。利用者さんの自宅に、一人で入ります。目撃者はいません。病院のように、すぐ隣に同僚がいる環境ではないのです。
第二に、身体への接触が多い対人サービスであり、働き手に女性が多いことです。ケアの性質上、体に触れる場面は避けられません。
第三に、サービスを簡単に中止できないことです。訪問看護は利用者さんの健康と生活に直結します。「嫌なことをされたから行かない」と、簡単には言えない。その責任感が、我慢を生みます。
そして第四に、本人が申告しなければ発覚しないことです。「自分の対応が悪かったのかもしれない」「これくらいで騒ぐのは大げさかもしれない」。そう思って飲み込んでしまう看護師が、少なくありません。
背景には、利用者さんの疾患や障害、置かれた環境が関わっていることもあります。認知症や精神疾患の症状として現れる場合もあり、単純に責められない難しさも確かにあります。それでも、だからといって、看護師が傷ついてよい理由にはなりません。
ここで、はっきりお伝えしたいことがあります。ハラスメントを我慢することは、美徳ではありません。
一部の暴力によって、訪問看護師が離職を考えなければならない現状があります。調査を担った専門家も、多くの利用者・家族は善良な方々であるとしたうえで、組織として暴力対策を行うことの大切さを指摘しています。
我慢して一人で抱え込めば、心と体をすり減らし、やがてこの仕事を続けられなくなります。それは本人にとっての損失であると同時に、地域の在宅医療にとっての損失です。以前の記事で人材不足を繰り返し扱ってきましたが、ハラスメントは離職の隠れた要因でもあるのです。
被害に遭ったら、まず事業所に報告する。刃物など身の危険を感じる場合は、ためらわず警察へ。性被害については性暴力被害者ワンストップ支援センターという相談先もあります。疾患が背景にある場合は、主治医に連絡して対応を仰ぎます。一人で判断せず、組織と地域の仕組みにつなぐこと。それが、自分と、次に訪問する仲間を守ります。
救いは、この問題がようやく社会の課題として認識され、仕組みが動き始めていることです。
国の動きから見ていきます。厚生労働省は訪問看護事業所向けにカスタマーハラスメント対策の啓発ポスターを作成し、患者や家族からの暴力・ハラスメント対策を学べる研修教材も公開しました。管理者と現場スタッフの双方の視点で、1コンテンツ20分ほどで学べるものです。防犯機器の整備、たとえば位置検索や緊急呼び出し機能のついた防犯ブザーなどには、地域医療介護総合確保基金による補助が活用できる場合があります。
制度の面では、複数名訪問という手立てがあります。暴力行為などのリスクがある利用者さんには、二人で訪問する。報酬上も複数名の加算が用意されています。ただし、ここに大きな壁があります。加算の算定には利用者側の同意が必要で、同意が得られなければ費用は事業所の持ち出しになるのです。
この壁を埋めるのが、自治体の補助事業です。兵庫県は平成29年度から、暴力行為などで二人以上の訪問が必要なのに同意が得られず加算を算定できない場合に、加算相当額の一部を補助する事業を続けています。福岡県も同様の補助を実施し、管理者向け研修の受講と基本方針の策定を要件としています。埼玉県など、複数人訪問の費用補助を行う自治体は広がりつつあります。
業界団体も動いています。日本看護協会は訪問看護師を守るカスタマーハラスメント対策の特設ページを開設し、体制を自己点検できる診断ツールや、密室でのトラブル対応を想定した研修を提供しています。全国訪問看護事業協会と日本訪問看護財団は2025年、合同で緊急の状況調査を実施し、行政を含めた地域全体での解決を提言しました。
仕組みを活かすには、事業所側の備えが欠かせません。管理者の方に、確認していただきたいことがあります。
ハラスメントに関する基本方針を定め、利用者さんとご家族にも契約時に伝えているか。被害を報告しやすい雰囲気と窓口があるか。報告を受けたとき、本人を責めずに組織として対応する体制があるか。リスクのある利用者さんの情報を、スタッフ間で共有できているか。複数名訪問や担当変更、場合によっては契約の見直しといった選択肢を、実際に使える状態にしているか。地域の補助事業を把握しているか。
以前の記事でヒヤリハットについて書いたとき、事故を個人の注意ではなく仕組みで防ぐとお伝えしました。ハラスメントも同じです。個人の我慢や対応力に頼るのではなく、組織の仕組みで守る。その転換が求められています。
最後に、大切なことを一つ。ハラスメント対策は、利用者さんと敵対するためのものではありません。
訪問看護は、利用者さんとの信頼関係の上に成り立つ仕事です。ほとんどの利用者さんとご家族は、私たちを温かく迎えてくださいます。だからこそ、その信頼関係を壊す一部の行為に、きちんと線を引く。線を引くことで、安心してケアを続けられ、結果として利用者さん全体への看護の質が守られます。
密室で一人、というこの仕事の条件は変えられません。それでも、報告できる組織、支える制度、頼れる相談先があれば、一人で立つ現場は、一人ぼっちの現場ではなくなります。傷ついたとき、どうか声を上げてください。我慢の上に成り立つケアは、長くは続きません。看護師が安全に、尊厳をもって働けること。それが、利用者さんに届くケアの質そのものなのだと、私は思っています。