訪問看護ステーションの経営者は、実際いくら受け取っているのか。開業を考える看護師にとって、いちばん知りたくて、いちばん聞きにくい話題だと思います。
検索すると、多くの記事が400万円から1,000万円という相場を挙げています。この数字自体は間違いではありません。ただし前提が省かれています。黒字で運営できている事業所の話だということです。
最新の調査では、訪問看護の38.2%が赤字でした。4割近い経営者は、そもそも相場の土俵に立てていません。今回は公的なデータをもとに、経営者の年収がどう決まるのかを構造から整理してお届けします。
出発点として、雇われている立場との違いを押さえます。
看護師として働けば、給与は労働の対価として支払われます。事業所が赤字でも、給与の支払いは労働基準法上の義務です。以前の記事でお伝えしたとおり、看護師全体の平均年収は524万7,200円でした。
経営者は違います。受け取れる額は、事業の収入から支出を差し引いた利益の中から決まります。売上が立たなければ、報酬はゼロにもなり得ます。スタッフの給与が先で、経営者の取り分は最後です。年収の話は、事業の収益構造の話そのものなのです。
では、平均的なステーションの数字を並べてみます。
介護事業経営実態調査によれば、訪問看護ステーションの月間平均売上はおよそ300万円、看護職員は常勤換算で平均5.0人、訪問1回あたりの売上は約8,490円、月の訪問件数は平均362回でした。年商にすると3,600万円ほどになります。
支出の中心は人件費です。人件費率は74.6%と非常に高く、訪問看護は人が人に提供する事業である以上、避けられない構造です。
そして収支差率、つまり利益率です。同じ調査で訪問看護の収支差率は5%前後、規模別では月100回以下の訪問で4.2%、月101回から200回で5.0%と報告されています。
年商3,600万円で収支差率5%なら、年間の利益は180万円です。ここから経営者の報酬を出すことになります。
ただし注意が必要です。この収支差は、経営者が自分の役員報酬を計上した後の数字である場合が多いのです。つまり月30万円の役員報酬を取ったうえで年180万円が残っているなら、経営者の実質的な取り分は年540万円ほどになります。逆に報酬をほとんど取らずに5%を確保しているなら、実態はもっと厳しいことになります。
ここで、最も重要なデータに触れます。
令和7年度介護事業経営概況調査のサービス別内訳では、訪問看護の38.2%が赤字でした。平均収支差率がプラスであっても、4割近い事業所は利益を出せていないという事実です。
赤字であれば、経営者の報酬は削るしかありません。開業して数年、自分の報酬を月20万円台に抑えたまま、スタッフの給与を優先している経営者は珍しくありません。以前の記事でお伝えしたとおり、1年目の廃業の多くは赤字ではなく資金切れで起こります。役員報酬を下げることは、その資金を延命させる最後の手段でもあります。
400万円から1,000万円という相場は、この4割を除いた話です。開業を考えるなら、下振れのシナリオを先に見ておくべきです。
では、どこで差がつくのか。データから見える分岐点は三つあります。
第一に、規模です。年商3,600万円で利益率5%なら年180万円ですが、年商1億円で同じ5%なら500万円になります。複数の事業所を運営すれば、1,000万円を超える例も出てきます。看護師とリハビリ職を計画的に増やし、利用者200名前後、年商1億円超という規模まで育てた事業所の姿も紹介されています。年収1,000万円は、単一の小規模ステーションでは届きにくい水準だといえます。
第二に、稼働率です。訪問看護は固定費の大半が人件費であり、同じ人数で訪問件数を増やせば利益率は跳ね上がります。以前の記事でお伝えした稼働率の改善が、そのまま経営者の取り分に反映されます。逆に人を増やしても件数が伸びなければ、人件費だけが増えて赤字に沈みます。
第三に、経営者自身が現場に出るかどうかです。管理者を兼ねて訪問に立てば、その分の人件費が浮きます。ただし当メディアでお伝えしたとおり、管理と現場の板挟みは深刻な問題を生みます。目先の利益と、組織の持続性のどちらを取るかという判断になります。
もう一つ、看護師出身の経営者がつまずきやすい税務上の制約があります。
法人の役員報酬は、原則として毎月同額を支給する定期同額給与でなければ、経費として認められません。そして金額を変更できるのは、事業年度が始まってから3か月以内に限られます。それ以降に増額すると、増額分は損金に算入できず、法人税と所得税の両方が課される事態になりかねません。
つまり「今年は利益が出そうだから報酬を増やそう」という調整が、期の途中ではできないのです。期首の時点で1年間の利益を見通し、報酬を決めなければなりません。
高く設定しすぎれば、資金繰りを圧迫します。低く抑えすぎれば、融資の審査で不利になり、社会保険の給付や将来の退職金の計算基礎も下がります。法人税と、個人の所得税・住民税・社会保険料は表裏の関係にあり、どちらか一方だけを見ても最適な水準は出ません。
以前の記事でお伝えしたとおり、数字で経営する姿勢がここでも問われます。決算の数字を読み、翌期の見通しを立て、税理士と相談して報酬を決める。年に一度のこの作業が、経営者自身の生活を左右します。
数字だけを並べると、厳しい話に見えるかもしれません。
ただ、経営者の年収には、雇われている立場にはない特徴があります。上限が決まっていないことです。看護師として働く限り、年収は事業所の給与テーブルの中に収まります。経営者は、事業が伸びればその分だけ受け取れます。
そして、お金以外の対価もあります。地域にどんな看護を届けるかを自分で決められること。スタッフの働き方を自分で設計できること。当メディアで繰り返しお伝えしてきた、辞めない職場をつくることも、経営者の裁量です。
訪問看護の経営者の年収は、400万円から1,000万円と語られます。実態は、4割が赤字という現実の上に成り立つ、幅の広い数字です。年商3,600万円の平均的な事業所で、利益は年180万円ほど。そこから自分の報酬を決め、期首に固定し、1年間動かせない。決して楽な立場ではありません。それでも稼働率を上げ、定着する組織を作り、規模を育てれば、年収は確実に上がっていきます。相場の数字を眺めるより、自事業所の月間売上と人件費率と収支差率を出してみること。経営者の年収は、その三つの数字の先にあります。