訪問看護の収支差率は、令和6年度で10.3%と、介護サービスのなかでも高い水準にある。数字だけを見れば、経営は容易に思えるかもしれない。
だが、現実には、廃止や休止に追い込まれる事業所が、後を絶たない。収益性が高いことと、経営が続くことは、別の話なのだ。その分かれ目にあるのが、「数字で経営できているか」という一点だ。
看護師出身の経営者ほど、数字を苦手とし、遠ざけがちだ。しかし、稼働率や人件費率といった数字を把握し、管理することなしに、健全な経営は成り立たない。今回は、訪問看護を黒字で続けるための、数字による経営を論じたい。
まず、向き合うべき前提がある。訪問看護の経営者の多くは、看護師だ。以前の記事でも述べたとおり、看護のプロが、経営の訓練を受けないまま、経営者になる。
そのなかで、しばしば見られるのが、「看護に数字は必要ない」という思い込みだ。数字を、冷たいもの、看護になじまないものとして、遠ざけてしまう。
だが、数字を避けることは、経営を目隠しで運転するようなものだ。人件費率、訪問件数、加算の算定率、稼働率。これらの数字を把握し、スタッフとも共有できること。それが、健全な経営の、最低限の土台になる。数字は、看護と対立しない。むしろ、良い看護を続けるための、羅針盤だ。
訪問看護の経営で、最も重要な数字の一つが、稼働率だ。
稼働率とは、簡単に言えば、看護師が、その勤務時間のなかで、どれだけ訪問に充てられているか、という割合を指す。訪問看護の収入は、訪問した件数で決まる。だから、一人の看護師が、一日に、そして一月に、何件訪問できているかが、収益を直接左右する。
目安として、看護師一人あたり、常勤換算で月に70件から80件の訪問が、一つの水準とされる。自事業所が、この数字を満たせているか。満たせていないなら、なぜ満たせないのか。そこを、感覚ではなく、数字で把握する。
稼働率を下げる要因は、いくつもある。移動時間の長さ、訪問のキャンセル、記録や事務にかかる時間、そして、そもそも利用者が少ないこと。要因の一つひとつを、数字で見て、手を打っていく。
稼働率を蝕む、代表的な三つの穴を挙げておきたい。
一つ目が、移動時間だ。訪問先が広く散らばっていれば、移動だけで時間が消えていく。訪問のルートを工夫し、近いエリアの利用者をまとめて回る。対応する地域を絞る。以前の記事で述べた、都心と地方で移動の負担が違うという話も、ここに関わってくる。
二つ目が、キャンセルだ。利用者の急な体調不良や入院で、訪問がキャンセルになることがある。空いた枠を埋められなければ、その時間は、一円も収入を生まない。キャンセルの発生を記録し、傾向を把握して、代わりの訪問を組めるようにしておく。
三つ目が、記録と事務の時間だ。訪問以外の作業に時間を取られれば、その分、訪問に充てられる時間が減る。以前の記事で述べたICTの活用が、ここで効いてくる。記録を効率化し、そこで生まれた時間を、訪問と看護に戻していく。
収入の次に見るべきが、コスト、とりわけ人件費率だ。
訪問看護は、人が人にサービスを提供する事業だ。だから、コストの大半を、人件費が占める。以前の記事で見たとおり、人件費率は、74%から78%と高い。この比率が、収支差、つまり利益を、大きく左右する。
人件費率が高すぎれば、利益は残らない。逆に低すぎれば、賃金が低く、人が定着しない。適正な水準を保つ鍵は、稼働率とのバランスにある。同じ人件費でも、稼働率が高ければ、一人あたりが生み出す収入が増え、人件費率は下がる。逆もまた然りだ。人件費の管理とは、突き詰めれば、稼働率の管理でもある。
もう一つ、見落とされがちな数字が、加算の算定率だ。
以前の記事で、訪問看護には多くの加算があり、それを取りこぼすことは経営上の損失だと述べた。緊急時の対応、特別管理、ターミナルケア、そして機能強化型。算定できるはずの加算を、きちんと算定できているか。届出の区分は、正しいか。
加算の算定率を数字で把握し、取りこぼしがないかを、定期的に点検する。まったく同じ訪問をしていても、加算を正しく算定できる事業所と、できない事業所とでは、収入が変わってくる。ここも、数字で管理すべき、重要な領域だ。
そして、最も大切なことがある。これらの数字を、経営者が一人で抱え込まず、スタッフと共有することだ。
稼働率や、キャンセルの状況を、チームで見える化する。すると、スタッフ自身が、「今日は一件空いたから、あの利用者さんを前倒しで訪問しよう」と、自律的に動けるようになる。数字は、管理して締めつけるためのものではない。チームで共有し、みんなで経営を良くしていくための、共通の言葉になる。
ただし、数字だけで、人を評価してはならない。件数を追うあまり、ケアの質や、スタッフの働きやすさが損なわれてしまえば、本末転倒だ。数字は、良い看護を、持続可能な形で届けるための、手段にすぎない。目的は、あくまで、利用者への質の高いケアと、そこで働く人の幸せにある。
収支差率が高いという数字の裏で、多くの訪問看護ステーションが、廃止や休止へと追い込まれている。その差を分けるのは、収益性そのものよりも、「数字で経営できているか」だ。稼働率を見て、キャンセルを減らし、人件費率を管理し、加算の取りこぼしを防ぐ。そして、その数字を、スタッフと共有する。決して派手な戦略ではない。だが、この地道な数字の管理こそが、事業を黒字で続け、良い看護を地域に届け続けるための、土台になる。「看護に数字はいらない」のではない。「良い看護を続けるために、数字がいる」のだ。看護師出身の経営者にとって、数字を味方につけることは、看護の理想を守るための、避けて通れない一歩なのである。