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タブレット1台の紛失が、事業所の信頼を壊す——訪問看護の個人情報管理という第3のリスク|利用者情報は「要配慮個人情報」、漏えいは1件でも報告義務。車上荒らしの判例が示す現実

宮木 · 2026年8月17日
訪問看護は個人情報を持って外を歩く事業です。タブレット、スマートフォン、紙の記録。利用者の病歴を含むそれらの情報は、法律上最も厳格に扱うべき「要配慮個人情報」にあたります。2022年施行の改正個人情報保護法により、漏えいすれば件数を問わず国への報告と本人への通知が義務になりました。車上荒らしでPCを盗まれた病院が過失責任を問われた判例もあります。労務・車両に続く第3の経営リスクである情報管理を、宮木が解説します。

オンコールの労務管理で990万円の支払い命令。スタッフの交通事故で事業所が負う賠償責任。これまで2回にわたり、訪問看護が見落としがちな経営リスクを論じてきた。今回はその第3のピースである。個人情報の管理だ。

訪問看護は、個人情報を持って外を歩く事業である。タブレット、スマートフォン、紙の訪問記録。利用者の氏名と病歴が詰まったそれらを携えて、スタッフは毎日、車や自転車で地域を回る。病院のように情報が建物の中にとどまる業態ではない。持ち出しが業務の前提なのだ。

その前提の重さを、法律と判例から確認していきたい。

訪問看護の情報は「要配慮個人情報」である

はじめに押さえるべきは、扱っている情報の格だ。

個人情報保護法は、病歴や診療の記録など、不当な差別や偏見につながりうる情報を「要配慮個人情報」として、最も厳格な区分に置いている。訪問看護の記録は、氏名と病名、心身の状態、家族の状況までを含む。つまり事業所が日々扱う情報のほぼすべてが、この最上位の区分にあたる。

ここから重大な帰結が生じる。2022年4月施行の改正個人情報保護法により、個人データの漏えい等で個人の権利利益を害するおそれが大きい場合、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務化された。そして要配慮個人情報の漏えいは、件数を問わず報告の対象になる。1,000人分の流出でなくてよい。利用者1人分の記録が入ったタブレット1台の紛失でも、報告義務が生じうるのだ。

法が事業所と個人に課すもの

義務の構造も確認しておく。個人情報保護法は事業者に対し、個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じること、そして従業者に個人データを扱わせる際に必要かつ適切な監督を行うことを求めている。漏えいが起きれば、事業所はこの義務への違反を問われうる。

個人の責任も軽くない。従業者やその立場にあった者が、業務で扱った個人情報データベースを自己や第三者の不正な利益を図る目的で提供・盗用した場合、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金という刑事罰の対象になる。退職者が利用者名簿を持ち出して転職先で使う。あってはならないが、想定すべき事態である。

判例が示す現実 ── 車上荒らしと、事業所の過失

抽象論ではない。実際の裁判を見てみよう。

ある病院の医師が、患者の個人情報をパソコンに複製し、院内の規定に従わずに外へ持ち出した。そのパソコンを自動車に置いたまま離れたところ、車上荒らしに遭い、情報ごと盗まれた。裁判所は、患者の個人情報を適切に管理しなかった病院の過失を認め、慰謝料の支払いを命じた。解説した弁護士は、持ち出した医師本人が訴えられていれば、病院と連帯して賠償責任を負った可能性が高いとも指摘している。

個人情報の漏えいをめぐる慰謝料は、従来1人あたり5,000円程度からとされる。少額に見えるかもしれない。だが利用者100人分なら50万円、そこに調査費用、通知の実務、行政対応、そして何より地域の信頼の喪失が加わる。紹介元のケアマネジャーや医療機関が「あそこは情報管理が甘い」と見なせば、以前の記事で述べた紹介経路は静かに細っていく。

この判例の状況を、訪問看護に置き換えてほしい。車に記録やタブレットを残して訪問先に入る。日常のどこにでもある光景だ。前回の車両管理の記事で車上荒らしを論じたが、盗まれるのは車だけではない。中にある情報こそが、より深い傷になる。

典型的な事故のパターン

現場で起こりやすい漏えいの型を挙げる。

車内に置いた書類や端末の盗難。訪問先や飲食店への記録の置き忘れ。ファックスやメールの誤送信。利用者の写真——褥瘡の経過写真など——を私物のスマートフォンで撮り、そのまま残してしまうこと。個人のLINEなどで利用者情報をやり取りすること。SNSへの投稿に情報が写り込むこと。そしてランサムウェアなどのサイバー攻撃により、電子カルテのデータが暗号化され使えなくなること。

どれも特別な悪意から起こるのではない。忙しさと、便利さと、少しの油断から起こる。だからこそ個人の注意ではなく、仕組みで防ぐ必要がある。ヒヤリハットの記事で述べた原則が、ここでもそのまま当てはまる。

起きてしまったときの対応

万一のときの流れも、あらかじめ決めておくべきだ。

第一に、被害の拡大を止める。端末なら遠隔ロックや回線停止、誤送信なら相手への連絡と削除依頼を直ちに行う。第二に、事実関係を調査する。何が、誰の分、どこまで漏れたのかを特定する。第三に、個人情報保護委員会への報告と本人への通知である。速報と確報の期限が定められており、対応は時間との勝負になる。第四に、原因を究明し再発防止策をまとめる。

最悪の選択は、隠すことだ。報告義務を怠れば法令違反が重なり、後に発覚したときの信頼の失墜は取り返しがつかない。事故対応のフローを紙一枚にまとめ、管理者と全スタッフで共有しておきたい。車両事故のときと同じ発想である。

予防の実務 ── 五つの原則

日常の備えを五つに整理する。

第一に、持ち出しを最小にすること。紙の記録の持ち歩きを減らし、必要な情報だけを携行する。実は紙こそ最大のリスクだ。紛失しても遠隔で消せず、誰が見たかも分からない。適切に設定されたクラウド型の電子カルテは、端末に情報を残さない分、紙より安全側に働く。ICT化を恐れて紙にとどまる判断は、セキュリティの観点ではむしろ逆行である。

第二に、端末を守ること。パスコードと画面ロック、紛失時の遠隔ロック・消去の設定、端末管理の仕組みの導入。業務用端末と私物の線引きを規程で明確にし、私物のLINEでの利用者情報のやり取りは禁止する。代替となる連絡手段を事業所が用意することが前提だ。

第三に、車内に残さないこと。短時間でも端末と記録を車に置いて離れない。前回の車両管理規程に、この一条を必ず加えてほしい。

第四に、人を育てること。年1回の研修と、入職時の誓約。事故事例を共有し、ヒヤリとした報告を責めずに拾う文化を作る。医療情報システムの安全管理に関する国のガイドラインも、教材として使える。

第五に、委託先を確認すること。電子カルテやクラウドサービスの事業者が、どんな安全管理をしているか。契約時に確認し、記録を残す。委託しても、事業所の監督責任は消えない。

信頼の上に成り立つ事業だからこそ

訪問看護は、利用者が自宅という最も私的な空間を開いてくれることで成り立つ。玄関を開けてもらえるのは、この人たちは自分の情報を守ってくれるという信頼があるからだ。

情報管理は、その信頼への責任である。労務、車両、そして情報。三つのリスクに共通するのは、問題が起きるまで見えず、起きた瞬間に事業の土台を揺らすことだ。規程を作り、端末を整え、車に残さず、人を育てる。地味な備えの積み重ねが、利用者の尊厳と、スタッフと、事業所を同時に守る。タブレット1台の重さを、組織全体で知っておくこと。そこから情報管理は始まる。

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