「良い看護を提供していれば、利用者はいずれ集まってくる」。
訪問看護の経営において、これほど危険な誤解はない。断言する。訪問看護における営業は、「したほうがよい」ものではない。「しなければ、事業が続かない」ものだ。
そして、この「営業」という言葉に、抵抗を感じる看護職は少なくない。「看護は営業とは違う」「頭を下げて仕事をもらうのは、どこかいやらしい」と。その気持ちは、理解できる。だが、その抵抗こそが、多くの訪問看護ステーションを、利用者不足による廃業へと追い込んでいる。本稿では、なぜ営業が不可欠なのかを、データと構造の両面から論じたい。感覚論ではなく、事実の話である。
まず、最も根本的な構造を押さえる必要がある。訪問看護の利用者は、自分でステーションを探して、直接申し込むことが、ほとんどない、ということだ。
考えてみてほしい。要介護状態の高齢者や、その家族が、インターネットで訪問看護ステーションを検索し、比較して、自分で契約する。そういう入り方をする利用者は、多数派ではない。では、どうやって利用が始まるのか。
介護保険で利用する場合、多くは、ケアマネジャーが作成するケアプランに、訪問看護が組み込まれることで始まる。医療保険で利用する場合、多くは、病院を退院する際に、退院支援の担当者が、在宅療養の体制を整える中で、訪問看護につなぐ。
つまり、訪問看護の利用者と、事業所との間には、必ずと言っていいほど、「紹介元」が存在する。利用者に直接たどり着く道が、そもそも存在しない。この構造こそが、営業を不可欠にする決定的な理由だ。利用者に届く唯一の道が、紹介元を経由する道である以上、紹介元に「知ってもらう」ことでしか、利用者は来ないのである。
どれだけ質の高い看護を提供できるステーションでも、その存在と実力を、紹介元が知らなければ、紹介のしようがない。「良い看護をしていれば集まる」という発想が危険なのは、この「知ってもらう」という一段を、丸ごと飛ばしているからだ。
これは、抽象的な理屈ではない。データが、はっきりと裏づけている。
全国訪問看護事業協会の調査では、訪問看護ステーションが廃止・休止に至る理由として、「人材の確保」と並んで、「利用者が少ない」ことが、上位に挙げられている。看護師を集められないこと、そして、利用者を集められないこと。この二つが、訪問看護を廃業に追い込む、二大要因なのだ。
訪問看護ステーションの廃業率は、およそ5%台とされ、日本の中小企業全体の廃業率を上回る。特に、開業して間もない時期の退場が多い。ある年には、新規に開業した事業所数の、およそ4割に相当する数の事業所が、廃止または休止に至っていた。その背景の一つに、利用者を確保できなかった、という現実がある。
そして、事業所を取り巻く環境は、年々厳しくなっている。訪問看護ステーションの数は、令和6年度の指定ベースで1万9,314か所に達し、増加を続けている。この増加を牽引しているのは、営利法人だ。平成20年度に1,211か所だった営利法人の事業所は、令和7年度には1万467か所にまで増えた。
事業所が増えれば、当然、一つの地域で、限られた利用者をめぐる競争は激しくなる。同じ地域に、いくつものステーションがある。その中で、ケアマネジャーが「どこに紹介するか」を選ぶ。何もしなければ、あなたのステーションは、その選択肢にすら入らない。営業をしないという選択は、この競争の中で、静かに埋もれていくことを意味する。
ここで、多くの看護職が抱える、営業への心理的な抵抗に、正面から向き合いたい。
「営業」と聞くと、押し売りや、頭を下げて無理に仕事をもらう姿を思い浮かべ、看護の仕事とは相容れない、と感じる方がいる。だが、それは、訪問看護の営業を、根本的に誤解している。
訪問看護における営業とは、押し売りではない。「うちのステーションは、こういうことができます」という情報を、正確に、紹介元に伝えることだ。それ以上でも、それ以下でもない。
ケアマネジャーや、病院の退院支援の担当者は、目の前の利用者に、最も適したサービスを届けたいと考えている。そのためには、どのステーションが、何を得意とし、どこまで対応できるのかを、知っている必要がある。緩和ケアに強いのか。精神科の利用者を受けられるのか。小児に対応できるのか。人工呼吸器の管理はできるのか。24時間、緊急時に駆けつけられるのか。
こうした情報を、紹介元は、喉から手が出るほど欲しがっている。なぜなら、それがわからなければ、安心して利用者を託せないからだ。つまり、営業とは、紹介元が適切な判断を下すための、判断材料を提供する行為にほかならない。それは、紹介元への貢献であり、その先にいる利用者への貢献でもある。
逆に言えば、営業をしないということは、謙虚なのではない。自分たちにできることを伝えないことで、紹介元を困らせ、本来出会えたはずの利用者との縁を、自ら断っているのだ。情報を伝えなければ、ケアマネジャーは、紹介したくても、紹介できない。
では、具体的に、誰に営業すべきなのか。主な相手は、三つある。
第一に、居宅介護支援事業所のケアマネジャーだ。介護保険を使う利用者の入口は、ケアプランにある。そのケアプランを作るケアマネジャーは、最も重要な営業先である。ただし、ケアマネジャーは、多数の利用者を抱え、多忙をきわめている。だからこそ、要点を押さえた、簡潔で誠実な伝え方が求められる。
第二に、病院の地域医療連携室や、退院支援室だ。ここは、退院後に訪問看護を必要とする患者と出会う場所であり、医療保険での利用につながる、訪問看護指示書の発行にも関わる、重要な入口である。退院する患者の在宅生活を、誰に託すか。その判断が、ここで下される。
第三に、地域包括支援センターだ。ここが直接扱うのは、主に要支援の高齢者だが、地域の相談窓口として、ケアマネジャーや病院の連携室ともつながっている。こことの関係を築くことは、地域全体の中で、自らのステーションの存在を根づかせることにつながる。
そして、これらの相手に伝えるべきことの核心は、一つだ。「自分たちの強み」を、具体的に示すことである。「何でもできます」は、裏を返せば「何が得意なのかわからない」ということであり、紹介元の記憶には残らない。「私たちは、これができます」という、はっきりした specialty を示すこと。そのためには、自らのステーションが、実際にどんな疾患や状態の利用者を、どれだけ担当しているのかを、日々の記録から把握しておくことが役に立つ。感覚ではなく、実績のデータで、自らの強みを語る。それが、選ばれる営業だ。
もう一つ、見落としてはならない視点がある。営業とは、新規の依頼を取ることだけを指すのではない、ということだ。
訪問看護の経営を支えるのは、新しい利用者を獲得することと、同じくらい、いま利用している人に、続けてもらうことである。そして、この二つは、深くつながっている。
紹介元に一人の利用者を託されたとき、その利用者に、質の高いケアを提供する。状態の変化を、丁寧に紹介元へ報告する。急変時に、きちんと対応する。すると、そのケアマネジャーは、こう思う。「このステーションに任せて、よかった」と。その信頼が、次の紹介を生む。逆に、一度でも雑な対応をすれば、次の紹介は、来なくなる。
つまり、日々のケアの質そのものが、最も強力で、最も持続的な営業なのだ。挨拶回りという「入口の営業」と、質の高いケアという「信頼の営業」。この二つは、車の両輪である。一度の挨拶回りで作った縁を、日々の仕事で育てていく。その繰り返しが、地域の中で、選ばれ続けるステーションを作る。
訪問看護は、良い看護を提供する事業であると同時に、その良い看護を、必要としている人に「届ける」事業でもある。そして、届けるための経路が、紹介元にある以上、営業は、看護と切り離すことのできない、経営の一部だ。
「営業が苦手だから」と、それを避け続ければ、どうなるか。どれだけ看護の腕が優れていても、その腕を振るうべき利用者が、やって来ない。利用者が来なければ、事業は立ち行かず、いずれ廃業に至る。そして、そのステーションがあれば支えられたはずの、地域の療養者たちは、支えを失う。営業をしないことのつけは、最終的に、利用者が払うことになる。
挨拶回りとは、頭を下げて、仕事を恵んでもらいに行くことではない。地域に向かって、「私たちは、ここにいます。こういうことが、できます」と、伝えに行くことだ。それは、自らの経営を守る行為であると同時に、まだ出会っていない利用者のために、道を開く行為でもある。
営業を、看護とは別の、後ろめたい何かとして遠ざけるのではなく、看護を届けるための、正当な一部として捉え直すこと。そこからが、選ばれるステーションの、本当の出発点である。