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オンコール待機に、残業代990万円の支払い命令——訪問看護の労務管理が抱える最大のリスク|手当を払っていれば足りるとは限らない、三つの判断要素

宮木 · 2026年8月11日
訪問看護ステーションの看護師がオンコール待機の時間を労働時間だと主張した裁判で、裁判所は残業代約990万円と付加金約783万円の支払いを命じました。オンコール手当を支給していれば足りる、という理解は危うい。待機中の拘束の度合いによっては、割増賃金の支払い義務が生じます。移動時間や記録の時間も同様です。訪問看護の労務管理が抱える最大のリスクを、判例と厚生労働省の判断要素から分析します。

訪問看護ステーションに勤務していた看護師が、オンコールの待機時間は労働時間にあたると主張して、割増賃金を求めた裁判がある。横浜地方裁判所は令和3年2月18日、待機時間の労働時間性を認め、残業代として約990万円、さらに付加金として約783万円の支払いを命じた。付加金とは、支払うべき賃金を支払わなかった使用者に対し、裁判所が悪質性などを考慮して課す制裁的な性質を持つものだ。

多くの経営者は、オンコール手当を支給していれば足りると考えている。だが、この理解は危うい。待機中の拘束の度合いによっては、手当とは別に、割増賃金の支払い義務が生じうる。

訪問看護の労務管理が抱える最大のリスクを、判例と行政の判断要素から分析したい。人材の確保が最重要課題であるいま、労務の不備は、金銭的な損失にとどまらず、事業の存続そのものを脅かす。

そもそも、労働時間とは何か

出発点となる定義を確認する。労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指す。明示的な指示があった場合はもちろん、黙示的であっても指示があったとみなされる時間は、労働時間にあたる。

賃金が発生するかどうかは、この一点で決まる。事業所で事務作業をしている時間も、訪問に向かう時間も、会社の指揮命令のもとで行われている以上、労働時間だ。

問題は、自宅でのオンコール待機がここに含まれるのかという点にある。

原則と、覆される場合

一般論としては、自宅などでの待機は使用者の指揮監督下にあるとは言えず、原則として労働時間には該当しない。多くの社会保険労務士も、この見解を示している。

ただし「原則として」という留保が重要だ。実態によっては、労働時間と判断される。冒頭の裁判は、まさにその例だった。

厚生労働省が示す判断の要素は、三つある。第一に、呼び出しの頻度がどの程度か。第二に、呼び出された場合にどの程度迅速に到着することが義務づけられているか。第三に、呼び出しに備えて待機中の活動がどの程度制限されているか。これらを総合して、個別具体的に判断される。

判例は、統一されていない

ここで、経営者が知っておくべき厄介な事実がある。裁判所の判断は、必ずしも一貫していない。

先の訪問看護の事案では、待機中に実際に呼び出される頻度は16.4回に1回だった。それでも労働時間性は認められた。一方、病院の形成外科に勤務する後期研修医の事案では、呼び出しの頻度が5.6回に1回と、はるかに高かったにもかかわらず、待機時間の労働時間性は否定されている。

奈良県立病院の産婦人科医の事案では、宿日直勤務について、場所的な拘束を受けていたことや、呼び出しの際に速やかに応じ業務を遂行することが義務づけられていた点から、指揮命令下にあると認定された。

事案ごとの個別事情が重視されるため、「頻度が何回以下なら安全」といった明確な線引きは存在しない。裁判例の蓄積もまだ十分ではない。経営者としては、判例に安心を求めるのではなく、自事業所の実態そのものを点検するほかない。

何が、リスクを高めるのか

三つの判断要素に照らすと、リスクを高める要因が見えてくる。

呼び出しの頻度が高いほど、労働時間と判断されやすい。特定の職員に当番が偏っていれば、その職員の負担は累積する。

参集までの時間を厳しく義務づけているほど、拘束は強いとみなされる。「何分以内に訪問先へ」という規定を設けているなら、注意が必要だ。

待機中の行動制限が強いほど、自由は失われる。飲酒の禁止、外出の制限、事業所から一定の距離内にいることの義務づけ。いずれも制限の度合いを高める事情になる。

なお、施設内で待機し、その時間の自由な利用が保障されていない場合は、手待ち時間として明確に労働時間として扱われる。ここに争いの余地はない。

見落とされがちな、移動時間と記録の時間

労務のリスクは、オンコールだけではない。訪問看護には、他の業種にない特有の論点がある。

まず移動時間だ。事業所から訪問先へ、訪問先から次の訪問先へ、訪問先から事業所への移動は、業務上必要な移動であり、労働時間に含まれる。当然、賃金が発生する。

一方、通勤時間は労働時間に含まれない。自宅から利用者宅へ直行する場合や、利用者宅から自宅へ直帰する場合も、自由に使える時間と判断されるため、労働時間には含まれないとされる。以前の記事で触れた直行直帰の運用は、この線引きを踏まえて設計する必要がある。

訪問と訪問の間の待ち時間も注意が要る。次の利用者を訪問するまでの手待ち時間について、訪問していないから賃金は発生しないという扱いは認められない。使用者による待機命令とみなされるからだ。

記録の作成も同じだ。記録や報告書の作成は制度上義務づけられた業務であり、労働時間に該当する。時間外に行った場合も労働とみなされる。以前の記事で述べたとおり、記録の時間は稼働率を下げる要因でもあり、労務の観点からも管理すべき対象になる。

事業所で制服に着替えることが義務づけられているなら、その着替えの時間も労働時間と評価されうる。

経営者が、いま打つべき手

以上を踏まえ、実務として取るべき対応を整理する。

第一に、自事業所のオンコールの実態を数字で把握することだ。当番が月に何回回っているか。実際の呼び出しは何件あり、そのうち何件が出動につながっているか。特定の職員に偏っていないか。判断の要素が頻度である以上、把握なしに評価はできない。

第二に、待機中の制限を必要最小限にとどめることだ。参集時間の厳格な義務づけや、過度な行動の制限は、労働時間性を高める方向に働く。安全な運営に必要な範囲を超えていないか、規程を見直したい。

第三に、実際に対応した時間を、確実に記録し、賃金を支払うことだ。電話対応の時間、緊急訪問に出動した時間は、疑いなく労働時間である。深夜であれば深夜割増も生じる。ここを曖昧にすれば、争いの火種になる。

第四に、勤怠管理の仕組みを整えることだ。タイムカードを事務所に置く方式では、直行直帰やオンコール対応の時間を正確に管理できない。以前の記事で述べたICTの活用が、ここでも効いてくる。

第五に、就業規則と給与規程を点検することだ。オンコール手当の性格を明確にし、固定残業代として設計するなら、その対象時間数を明示しておく。判断に迷う部分は、社会保険労務士に確認するのが確実だ。

そして根本的には、当番の負担そのものを減らすことである。以前の記事で見たとおり、オンコールは訪問看護の離職理由として繰り返し挙がる。担当を分散させ、頻度を抑え、待機の負担に見合う手当を設ける。労務リスクの軽減と、人材の定着は、同じ方向を向いている。

オンコールは、訪問看護が24時間の対応を担うための、欠かせない仕組みだ。だが、その運用を曖昧なまま放置すれば、990万円規模の請求が現実になりうる。手当を払っているから大丈夫だという理解は、危うい。問われるのは、待機中に職員がどれだけ拘束されているかという実態である。実態を数字で把握し、制限を必要最小限に整え、対応した時間には確実に賃金を支払う。地味な作業だが、それを怠った事業所が、実際に多額の支払いを命じられている。労務管理は、コストではない。事業を守り、そこで働く人を守るための、最も基本的な備えである。

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