訪問看護ステーションを開設して、その年度のうちに廃止した事業所が、全国で87か所ありました。
全国訪問看護事業協会が公表した令和8年度の訪問看護ステーション数調査の数字です。前年の調査では69か所でした。18か所増えています。
都道府県別に見ると、京都府が19か所で最も多く、大阪府が15か所、愛知県が7か所と続きます。
京都府には、もう一つ目を引く点があります。この年度に京都府で廃止された事業所は19か所で、そのすべてが開設した年度のうちの廃止でした。長く続いた事業所が閉じたのではなく、開けたばかりの事業所だけが閉じています。
訪問看護ステーションの開業で、立ち上げの失敗はどこで起きるのか。この記事では、一次資料と法令から確認できることだけで整理します。
まず全体の数字です。
令和8年度調査で、新規に開設された訪問看護ステーションは2,428か所でした。同じ期間に廃止されたのは960か所、休止は328か所です。
開設が廃止の2.5倍あるため、総数は増え続けています。ただし、廃止と休止を合わせると1,288か所。新規開設の半分を超える数の事業所が、同じ期間に活動を止めています。
新規開設から廃止を差し引くと、1,468か所の増加になります。一方で、指定数の増加は1,254か所でした。両者には約200か所の差があります。
この差を、数字だけから説明することはできません。指定を受けたまま活動していない事業所、休止の扱い、調査時点の違いなど、要因は複数考えられます。当メディアでは、指定を受けているのに稼働していない事業所が560か所あることを別の記事で扱いました。廃止届を出さずに活動を止めた事業所は、廃止の数字には現れません。
立ち上げの失敗を廃止数だけで見ると、実態より小さく見える可能性があります。
廃止の理由を、この調査は事業所ごとには示していません。
ただし、厚生労働省の資料には廃止理由の集計があります。当メディアで扱ったとおり、第1位は従業員の確保が困難で22.7%、第2位は管理職が退職したで17.6%でした。
どちらも人の問題です。そして訪問看護ステーションには、人が足りなくなったときに事業を続けられなくなる仕組みが、制度の側にあります。
訪問看護ステーションの人員基準は、指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準の第60条に定められています。
看護職員、つまり保健師、看護師または准看護師を、常勤換算方法で2.5以上置くこと。そのうち1人は常勤であることが求められます。
管理者については第61条です。専らその職務に従事する常勤の管理者を置くこと。管理者は保健師または看護師でなければなりません。准看護師は管理者になれません。
開業の時点で、この基準を満たす人数をそろえます。多くの事業所は、基準ぎりぎりか、それに近い人数で始まります。
日本看護協会の実態調査では、看護職員の常勤換算数の平均は6.1人、中央値は5人でした。これは開設から年数が経った事業所も含めた数字です。立ち上げ直後の事業所は、これより少ない人数で動いていることが多いはずです。
2.5人や3人で始めた事業所では、1人の退職がそのまま基準割れにつながります。常勤の看護職員が辞めれば、常勤1人の要件も失われます。管理者が辞めれば、第61条の要件を満たす人を見つけるまで、事業所は管理者不在になります。
同じ実態調査では、2024年度の収支差率が赤字だった事業所の割合が、看護職員3人未満で41.2%、3.5人以上4人未満で44.7%でした。小さい規模の事業所ほど、赤字の割合が高くなっています。
人が少ないから収支が厳しく、収支が厳しいから人を増やせず、人が辞めれば基準を割る。立ち上げ直後の事業所は、この循環の中で運営しています。
人員基準を割ったときの扱いも、法律に書かれています。
介護保険法第77条は、都道府県知事が指定居宅サービス事業者の指定を取り消し、または期間を定めて効力の全部もしくは一部を停止できる場合を定めています。その事由の一つが、事業所の従業者の人員について、基準を満たすことができなくなったときです。
訪問看護は医療保険の訪問看護も担います。健康保険法第95条は、指定訪問看護事業者の指定を取り消すことができる場合を定めており、ここでも看護師その他の従業者について基準を満たすことができなくなったときが事由に挙げられています。
つまり、人員の基準を割ることは、指定の根拠そのものを失うことにつながります。運営上の問題では済まない、ということです。
実際には、基準を割った時点ですぐに取消しになるわけではありません。届出、休止、採用による回復など、取りうる対応があります。ただ、採用で回復できなければ、事業を続ける法的な前提がなくなります。開設した年度のうちに廃止するという選択の背景には、この構造があると考えられます。
立ち上げの失敗は、全国一律に起きているわけではありません。
開設年度内の廃止が京都府で19か所、大阪府で15か所と、特定の地域に集中しています。当メディアで47都道府県の廃止率を整理した記事では、廃止率に地域差があることを示しました。休止率についても、三重県の10.7%と神奈川県の1.2%で約9倍の開きがあります。
地域差の理由は、この調査からは分かりません。新規開設が多い地域ほど廃止も多くなるという単純な関係だけでなく、地域の人材の状況、競合の密度、利用者の分布など、複数の要因が関わっているはずです。
開業を検討しているなら、自分が開業しようとしている都道府県の数字を確認しておく価値があります。新規開設がどれだけあり、廃止と休止がどれだけあるか。開設年度内の廃止が多い地域かどうか。
最後に、ここまでの数字から言えることを整理します。
立ち上げの失敗は、多くの場合、人員の問題として現れます。そして人員の基準は法令で決まっており、割れば指定の根拠を失います。
だから、開業前に確認すべき順番は、人から始まります。
常勤換算2.5人に対して、何人で始めるか。そのうち常勤は何人か。1人が辞めても基準を割らない人数を確保できているか。管理者が辞めた場合に、第61条の要件を満たす人を誰にするか。
当メディアで開業のロードマップを扱った際、看護師の採用は開業の9か月以上前から始めることが勧められていると書きました。指定申請の時点で、従業者の勤務形態一覧表を添付する必要があります。人がそろわなければ申請できず、人が辞めれば指定を保てません。
開業の手順そのものは、そちらの記事で時系列に整理しています。
開設した年度のうちに廃止した87か所は、制度の要件を満たして指定を受けた事業所です。指定を受けることと、事業を続けることの間には、別の条件があります。