訪問看護には、静かに、しかし確実に進行している危機がある。
需要は、爆発的に増えている。それなのに、それを担う看護師が、圧倒的に足りない。しかも、いま現場にいる訪問看護師は、高齢化している。需要の急増、担い手の不足、そして高齢化。この三つが、同時に進んでいる。
これは、精神論で乗り切れる話ではない。数字が、はっきりと危機を示している。本稿では、その数字を直視したい。突きつけられるのは、「10年後、誰が訪問看護を担うのか」という、重い問いである。
まず、需要の側から見る。
訪問看護のサービスを受けた利用者の数は、急激に増えている。厚生労働省の調査によれば、2011年に約23万人だった利用者は、2021年には約59万人に達した。わずか10年で、およそ3倍である。
背景にあるのは、言うまでもなく、高齢化と在宅医療の推進だ。住み慣れた自宅で療養し、最期を迎えたいという人が増え、それを支える訪問看護の需要が、それに比例して膨らんでいる。
そして、この需要の増加は、まだ途中である。団塊の世代が75歳以上となる2025年を経て、2040年には、その団塊の世代が90歳以上に、さらにその子ども世代も65歳以上になる。少子高齢・多死の時代は、これからピークを迎える。訪問看護に求められる役割は、今後さらに大きくなっていく。需要のグラフは、まだ上を向いている。
一方で、その需要を担う看護師の数は、どうか。ここに、深刻なギャップがある。
厚生労働省の調査によれば、2020年時点で、訪問看護ステーションに就業している看護師は、約6万人だった。日本には、看護師が全体で128万人ほどいる。そのうち、訪問看護に従事しているのは、約6万人。つまり、看護師全体の、5%にも満たないのである。
これほど需要が伸びているにもかかわらず、看護師の20人に1人しか、訪問看護に携わっていない。この需給のギャップは、危機的と言うほかない。
目標との差も、大きい。訪問看護に関する3つの団体が策定した「訪問看護アクションプラン2025」では、2025年までに、訪問看護師を15万人に増やすことが目標として掲げられていた。また、厚生労働省の試算では、2025年に必要となる訪問看護の職員数は、13万人とされている。いずれの数字に照らしても、現状の約6万人とは、大きな隔たりがある。必要な数を満たすには、今の2倍以上の担い手を、新たに確保しなければならない計算になる。これは、容易な目標ではない。
需要と担い手の数のギャップだけでも深刻だが、問題はもう一段深い。いま訪問看護を担っている、その担い手そのものが、高齢化しているのだ。
厚生労働省のデータによれば、訪問看護師は、40代の割合が7割を占めるとされている。別の調査でも、訪問看護師の平均年齢は45歳を超えていた。これは、病院に勤める看護師と比べても、高い水準である。訪問看護の現場は、40代以上のベテランによって、支えられている。
裏を返せば、20代や30代の若手、そして新卒の看護師が、訪問看護には少ない、ということだ。
この意味するところは、重い。ただでさえ足りない担い手が、高齢化している。ということは、これから10年、15年のうちに、いま現場を支えているベテランたちが、順次、引退の時期を迎えていく。新しい担い手が十分に入ってこなければ、担い手の数は、増えるどころか、減っていきかねない。需要は増え続けるのに、である。これは、二重の危機だ。
では、なぜ、若手や新卒の看護師は、訪問看護に入ってこないのか。ここには、訪問看護という仕事の構造が関わっている。
訪問看護は、看護師が一人で利用者の自宅を訪ね、その場で判断を下す場面が多い仕事だ。すぐそばに、指示を仰げる医師や、相談できる先輩がいるわけではない。だからこそ、長らく、「まずは病院である程度の経験を積んでから、訪問看護へ」というのが、業界の常識とされてきた。この常識は、若手や新卒にとって、訪問看護の敷居を高くしてきた面がある。
加えて、教育体制の問題がある。訪問看護ステーションには、数人規模の小さな事業所が数多い。規模が小さいと、新人を一から育てるための教育の仕組みを整えるのが難しい。新卒の看護師を受け入れる体制ができているのは、基盤のしっかりした、比較的規模の大きなステーションに限られる、というのが実情だ。
つまり、若手が入りにくく、たとえ入っても、育てにくい。この構造が、担い手の高齢化に、さらに拍車をかけている。
需要は増え続け、担い手は足りず、しかも高齢化して引退が近い。この三つが重なったとき、何が起きるか。
近い将来、「訪問看護を頼みたくても、来てくれる看護師がいない」という地域が、現実に生まれかねない。在宅で療養したい、家で最期を迎えたい——そう願っても、それを支える担い手が、その地域にいない。需要と担い手のギャップは、最終的には、そうした形で、利用者に跳ね返ってくる。
これは、一つひとつの事業所の努力だけで解決できる問題ではない。看護師の養成のあり方や、処遇、教育体制の整備まで含めた、構造的な課題である。
しかし、だからといって、事業所レベルでできることがない、というわけではない。むしろ、経営者に問われていることは、はっきりしている。第一に、新卒や若手を受け入れ、育てる体制をつくること。第二に、そのために、大規模化や多機能化によって、教育の基盤を持つこと。第三に、ICTの活用などによって業務を効率化し、限られた人手でも回していける仕組みを整えること。
長らく続いてきた、「経験のある看護師を、事業所同士で奪い合う」という発想には、限界がある。奪い合っても、担い手の総数は増えない。問われているのは、「未経験の看護師を、自らの手で育てる」という発想への、転換である。
訪問看護は、これからの日本の在宅医療を支える、要の一つだ。その要を担う人が、決定的に足りていない。
需要が3倍になったこの10年で、担い手の確保は、それに追いつかなかった。次の10年、2040年のピークに向けて、この差は、開いていくのか。それとも、埋めていけるのか。それは、いまこの業界が、担い手をどう育てるかにかかっている。
経営者に問われているのは、目の前の人手を、どうしのぐか、だけではない。次の世代の訪問看護師を、誰が育てるのか。その責任を、この業界がどう引き受けていくのか。10年後の在宅医療を守れるかどうかは、その一点に、かかっている。