2026年1月、厚生労働省が訪問看護に対する全国一斉の調査を始めた。
対象は、ホスピス型の有料老人ホームの入居者や、精神障害者を対象とする訪問看護ステーションだ。健康保険法に基づき、八つの地方厚生局と支局が、47都道府県でそれぞれ少なくとも1か所ずつ実施する。不適切な事業者には、報酬の返還を指導する方針が示されている。
なぜ、ここまでの事態に至ったのか。そして、まっとうに運営してきた事業所はこの動きから何を背負うことになるのか。業界の構造から分析したい。目を背けたくなる話だが、向き合わなければ、訪問看護全体の信頼が損なわれる。
まず、明らかになった事実を確認する。
2025年2月、パーキンソン病専門の有料老人ホームを運営するサンウェルズが、約28億円を超える診療報酬の不正請求を認めた。同年3月には、ホスピス型住宅の最大手として知られる「医心館」でも、同様の疑惑が浮上している。運営するアンビスホールディングスが設置した特別調査委員会の報告書では、2025年8月、約6,300万円の実態のない請求が判明したと報告された。2026年2月には、厚生労働省本省が乗り出す形で、健康保険法に基づく合同調査が実施された。通常は地方厚生局が担う調査に本省が加わる、異例の対応である。
さらに衝撃的なのが、医師への調査結果だ。現場の医師493名を対象とした調査では、約4割が、虚偽の病名を記載するよう求められたり、過剰な訪問回数を指示されたりといった、不適切な要求を受けたと回答している。
そして忘れてはならないのが、発端だ。一連の問題が表に出たきっかけは、現場で働く看護師たちの証言だった。内部の文書や、元社員の証言をもとにした報道が、実態を次々と明るみに出した。声を上げたのは、現場の人間だったのである。
問題の根には、ホスピス型住宅という事業の形がある。
仕組みを整理する。末期がんや難病といった医療依存度の高い人を、一つの建物に集めて住まわせる。そこに訪問看護ステーションを併設し、入居者に訪問看護を提供する。同じ建物の中だから、移動の時間はほぼゼロだ。以前の記事で論じたとおり、訪問看護の収益は訪問件数で決まる。移動がなければ、1日に何度でも訪問を重ねられる。
加えて、医療保険で訪問看護を利用する重症者には、介護保険のような区分支給限度基準額がない。訪問を積み重ねるほど、収益が伸びる構造になっていた。
「在宅医療の推進」「看取りの場の拡大」という大義が、この拡大を後押しした。良いことをしているという前提がある以上、厳しく追及しにくい。チェック機能が働きにくい環境が、そこに生まれていた。
制度の隙間を突いた、と言えばそれまでだ。だが、犠牲になったのは、その建物で最期の時間を過ごす入居者と、指示を求められた医師、そして現場で違和感を抱えながら働いていた看護師たちである。
こうした事態に対して、国は二つの方向から手を打っている。
一つが、指導と監査の強化だ。厚生労働省は、1件当たりの請求額が高額な訪問看護ステーションなどを、個別指導の対象として明示した。悪質なステーションには、抜き打ちの監査を行う方針も示されている。そして2026年1月からの全国一斉調査へと至った。
もう一つが、報酬設計そのものの見直しである。すでに令和6年度の改定で、最初の警告が発せられていた。月2回目以降の訪問看護管理療養費が二つに区分され、同一建物の居住者が占める割合が7割以上の場合や、重症者への対応実績が一定の水準に満たない場合には、3,000円から2,500円へと減額されたのだ。同じ建物ばかりを訪問し、重症者を診ていないステーションの報酬は下げる。明確なメッセージだった。
そして令和8年度の改定で、踏み込みはさらに深くなった。同一建物に住む利用者への訪問看護が、人数と月あたりの訪問日数に応じて、細かく区分された。以前の記事で述べたとおり、単一建物の居住者が50人以上で月25日以上訪問する場合、管理療養費は2,000円まで下がる。加えて、同一の敷地内にある建物も「同一建物」とみなす規定が、新たに設けられた。建物を分けて回避する手法を、封じたわけだ。
高齢者向け住まいに併設・隣接するステーションが頻回に訪問する場合を、1日あたりで包括的に評価する包括型訪問看護療養費も新設された。訪問看護の時間が90分以上の場合で14,010円といった形になる。回数を積み上げるほど収益が増える構造そのものを、組み替えたのである。
ここからが、本稿で最も伝えたい部分だ。
適正化の網は、不正を行った事業者だけにかかるわけではない。同一建物への訪問を減算する規定は、高齢者住宅に真摯に向き合ってきた事業所にも、等しく適用される。施設に入居する重症者を、必要があって頻回に訪問してきたステーションも、単価の引き下げを受ける。
一部の事業者が制度を悪用した結果、業界全体が疑いの目で見られ、まっとうな事業所まで収益を削られる。理不尽だが、公定価格で運営する事業では、避けがたい現実だ。以前の記事で見た整骨院の業界でも、まったく同じことが起きている。不適切な請求が広がれば、適正化は業界全体に及ぶ。
さらに、調査の対象には精神科に特化したステーションも含まれる。精神科の訪問看護は、地域で暮らす精神障害のある人を支える、社会的に重要な機能を担ってきた。その分野が疑いの対象になること自体、現場にとっては重い。
では、事業者は何をすべきか。答えは、はっきりしている。訪問の必要性を、記録で証明できる状態にしておくことだ。
なぜ、その利用者に、その頻度の訪問が必要なのか。医学的な根拠は何か。以前の記事で述べたとおり、2026年度の改定では訪問の開始と終了の時刻を記録することが算定の前提として明確化され、記録の不備は返戻の対象になった。制度は、説明できない訪問を、支払わない方向へ確実に動いている。
同一建物の利用者が多いこと自体は、決して悪ではない。高齢者住宅で最期まで過ごしたい人を支えることには、確かな社会的意義がある。問われているのは、その訪問が、利用者の必要から出発しているのか、それとも事業者の収益から出発しているのか、という一点だ。
訪問看護は、利用者の家という、外から見えにくい場所で提供される。だからこそ、この仕事は、専門職の良心の上に成り立っている。その信頼を、一部の事業者が損なった。全国一斉調査という異例の事態は、その帰結にほかならない。制度は、これから確実に厳しくなる。だが、本当に守るべきものは、報酬でも、事業の規模でもない。訪問看護という仕事に対する、社会からの信頼である。声を上げたのが現場の看護師たちだったという事実は、その良心がまだ確かに生きていることを示している。自らのステーションの請求が、利用者の必要から出発していると胸を張れるか。いま、すべての事業者が、その問いに向き合うときだ。