訪問看護ステーションの新規開設は年2,437件と過去最高を記録した。参入の熱は高い。だが以前の記事で述べたとおり、同じ年に701件が廃止されてもいる。
開業を志す看護師や経営者から相談を受けるたびに、私は同じことを伝えている。開業の成否は申請書を出す前にほぼ決まっている、と。手続きの順序を誤れば開業日は何か月も遅れ、資金計画が甘ければ初年度に資金が尽きる。
今回は法人設立から指定申請までの全手順と、つまずきやすい急所を整理したい。とりわけ資金については、相場として語られる「1,000万円」が本当に足りるのかを、正面から検証する。
はじめに構造を押さえる。訪問看護ステーションは、都道府県知事(政令指定都市・中核市ではその市長)から「指定」を受けて初めて、介護保険や医療保険の報酬を受け取れる。介護保険の指定を受ければ、医療保険の訪問看護はみなし指定となるのが基本だ。
指定を受けるには厚生労働省令に基づく基準を満たす必要があり、その柱は三つある。人員基準、設備基準、そして運営基準だ。どれか一つでも欠ければ申請は受理されない。
もう一つの大前提が法人格である。個人事業では指定を受けられない。株式会社(設立費用25万円程度)、合同会社(10万円程度)、NPO法人などから選ぶ。登記する事業目的に訪問看護事業を明記しておくことも忘れてはならない。
三つの基準のうち、開業希望者が最初にぶつかる壁が人員基準だ。
保健師・看護師・准看護師を常勤換算で2.5人以上配置しなければならない。自分自身が看護師として現場に立つなら、あと2人の雇用で基準を満たせる。加えて管理者として、常勤かつ専従の保健師または看護師を置く必要がある。准看護師は管理者になれない。以前の記事で論じたとおり、管理者は事業所の命運を握る職位だ。誰が担うかは開業計画の核心である。
ここで強調したいのは順序だ。人員基準は指定申請の時点で満たしていなければならない。つまり採用は申請の前に終えておく必要がある。看護師の採用に何か月かかるかは、以前の人材確保の記事で述べたとおり読めない。開業準備で最も時間のかかる工程が採用であり、すべてのスケジュールは採用から逆算して組むべきである。
流れを時系列で示す。在宅型事業では着手から指定まで、順調に進んで120日程度とされる。
第一段階が構想と事前協議だ。開業する地域と保険の種別を決め、市町村の介護保険担当や都道府県の担当者と面談する。開設の意向、場所、理念、運営方針を説明し、申請手続きの情報を得る。全国訪問看護事業協会もこの事前協議を開設準備の重要な一歩に位置づけている。自治体ごとに申請の締切や運用が異なるため、ここでの確認が後の手戻りを防ぐ。
第二段階が法人設立と物件だ。法人を登記し、並行して事務所の物件を探す。設備基準として事務室のほか、感染予防のための手洗い設備などが求められる。個人情報を保管する鍵付き書庫を指定権者が求めるのが一般的だ。物件は契約の前に、図面を持って自治体へ事前相談すると確実である。
第三段階が採用と整備である。看護職員と管理者の雇用契約を結び、備品と記録の仕組みを整える。以前の記事で述べた電子カルテやICTは、開業時から入れておくほうが後の移行コストがない。
第四段階が指定申請だ。申請書類一式を提出し、補正に対応し、指定通知書の交付を受ける。申請の受付は毎月締切がある自治体が多く、指定日は原則として月の初日になる。締切を一日でも過ぎれば開業は一か月遅れる。事前協議で確認した期限から、逆算に逆算を重ねてほしい。
開業資金の相場としてよく語られるのが1,000万円前後という数字だ。500万〜1,000万円とする解説もあれば、800万〜1,500万円とする専門家もいる。私はこの「1,000万円」を、そのまま信じないでほしいと思っている。
検証してみよう。必要資金は次の式で決まる。開業前費用に、月次固定費と黒字化までの月数を掛けたものを足し、その間の入金を引いた額である。
開業前費用は、法人設立・敷金・備品・車両、そして見落とされがちな開業前の人件費(指定前の準備期間もスタッフを雇用するため100万〜150万円)を合わせて350万〜450万円ほどになる。
月次固定費は、最小構成でも重い。看護師2人と管理者兼経営者の人件費に法定福利費を載せると月120万〜135万円。家賃・車両・電子カルテ・通信光熱を加えると、郊外の最小構成でも月130万円、標準的には月145万〜160万円が毎月出ていく。
一方で入金は遅い。報酬は請求から約2か月遅れで振り込まれるため、開業後2か月間は売上があっても現金は入らない。利用者はゼロから積み上げるので、損益分岐(月200件前後)に届くまで、順調でも6〜8か月かかる。
この前提で累積の資金不足を計算すると、順調なケースでピークは900万円前後。つまり1,000万円で収まるのは、郊外の低家賃で自分が管理者兼プレイヤーとして働き、採用が早く決まり、開業前から紹介ルートを持ち、利用者が標準以上の速さで増えた場合だけだ。黒字化が1年にずれれば必要額は1,300万円を超え、都心なら家賃と給与水準でさらに150万〜300万円上乗せになる。
だから目安はこう持ってほしい。最低ラインが1,000万円、安全ラインは1,200万〜1,500万円。都市部での開業や自分が現場に出ない計画なら、1,500万円以上を見ておくべきだ。1年目の廃業の多くは赤字ではなく資金切れで起こる。
調達の柱は日本政策金融公庫である。新規開業資金は最大7,200万円(うち運転資金4,800万円)まで、無担保・無保証人で利用できる可能性があり、金利も低い。雇用や設備の助成金も支えになるが、会社設立前や雇用前の申請が条件のものが多い。動き出す前にハローワークや労働局へ相談しておくことだ。自己資金が心もとないなら、開業を焦らず調達枠を厚くしてからでも遅くない。
申請書類には表れないが、開業前に整えるべきものがある。
損害賠償責任保険への加入。訪問先での事故や賠償に備えるものであり、指定申請で加入を確認される場合もある。
車両の管理体制。以前の記事で述べたとおり、マイカーの業務使用には規程と保険の確認が要り、台数によってはアルコールチェックの義務が生じる。
労務の設計。オンコールの手当と運用、移動時間の扱い、就業規則。990万円の支払い命令の教訓は、開業初日から適用される。
こうした備えを開業後に回すと必ず後手になる。小さな事業所ほど、最初の設計がすべてだ。
指定通知書を受け取った日がゴールに見えるかもしれない。実際にはそこがスタートラインである。
開業しても利用者は自動的には来ない。以前の記事で述べたとおり、利用者の大半はケアマネジャーや病院の退院支援室からの紹介で決まる。指定を待つ間から挨拶回りを始め、開業日には地域に顔が知られている状態を作っておきたい。営業の先行が、黒字化までの月数を縮め、そのまま必要資金を減らす。
そして初月から、数字で経営する習慣をつけることだ。稼働率、キャンセル、加算の算定率、資金残高。以前の記事で述べた指標を月次で見る。立地の特性(都心の競合か、地方の需要密度か)に合わせた戦略も、開業前に描いておく。
手続きは、調べれば誰でもたどれる。差がつくのは、採用を先に終える段取りと、悲観シナリオで組んだ資金と、開業前から動く営業である。開業の成否は申請書を出す前に決まっている。その言葉の意味を、準備の一つひとつで確かめながら進んでほしい。制度も資金も、正しく備えた人の味方をする。地域で長く続くステーションは、開業のずっと手前から始まっているのだ。