看護師を一人採用するのに、80万円から125万円。訪問看護の経営者にとって、人材紹介会社に支払う手数料は、それほど重い負担になっている。
人手が足りず、人員の基準を守るために、紹介会社を頼らざるをえない。けれど、その手数料が、報酬で運営する事業所の経営を、静かに、しかし確実に削っていく。この問題に、国も、ようやく適正化の動きを見せ始めた。
今回は、訪問看護の採用を巡る、人材紹介手数料の問題と、経営者が取るべき打開策を論じたい。採用難のいまだからこそ、この負担と、正面から向き合う必要がある。
まず、金額の実態を確認する。看護師を人材紹介会社を通じて採用する場合、手数料は、その人の理論年収の20%から25%前後が、一つの目安とされる。
具体的な数字にしてみよう。年収400万円の看護師なら、手数料は80万〜100万円。年収500万円なら、100万〜125万円。一人採用するごとに、これだけの費用がかかる計算だ。介護職を採用する場合も、おおむね同程度の料率になる。
数人を採用すれば、あっという間に数百万円に達する。利益の薄い、小規模な訪問看護ステーションにとって、決して軽視できない金額だ。
一般の企業であれば、採用にかかったコストは、商品やサービスの価格に、ある程度は転嫁できる。しかし、訪問看護は、そうはいかない。
訪問看護の収入は、公定価格である報酬で決まっています。手数料がいくら高くても、それをサービスの価格に上乗せすることは、できません。つまり、紹介手数料は、価格転嫁のきかない、純粋な固定の負担として、利益を直接圧迫します。以前の記事で見たとおり、訪問看護の利益率は、もともと薄い。そこに、一人あたり100万円規模の負担が、重くのしかかります。
規模の面でも、事態は深刻だ。厚生労働省の報告をもとに集計すると、医師、看護、介護の三分野だけで、人材紹介の手数料の総額は、年におよそ1,139億円に達する。10年前と比べて、およそ2.4倍だ。人材紹介への支払いは、業界全体で、大きく膨れ上がっている。
この問題には、手数料の高さのほかにも、注意すべき点がある。二つ挙げておきたい。
一つ目が、早期離職と、返金を巡る問題だ。紹介で採用した人が、早い時期に辞めてしまうことがある。返金の条項があっても、全額が戻るとは限らない。しかも、辞められれば、求人を出し直し、面接をやり直すことになる。その間、既存のスタッフに負担がかかり、現場は混乱する。実質的な損失は、請求書に記された金額より、はるかに大きいのだ。
二つ目が、定着につながりにくい、という構造的な問題だ。かつては、いわゆる「お祝い金」を渡して、転職を繰り返し勧める、といった行為も問題になった。頻繁な転職を促すビジネスの仕組みは、事業所が人材を定着させたいという願いとは、根本的に相容れない。紹介会社に頼るだけでは、採っては辞められ、また採る、という悪循環に、陥りかねません。
こうした問題に対して、国や業界も、本格的に動き始めている。
医療界は、2010年代の初めから、高額な手数料や、お祝い金による転職の勧誘を問題として取り上げ、厚生労働省に是正を求めてきた。2026年3月には、日本医師会などが、有料職業紹介事業の適正化に向けた提言を、まとめている。
自治体も、声を上げている。2025年11月には、埼玉県や東京都、神奈川県をはじめとする首都圏の九つの都県市が、連名で、厚生労働省に対し、手数料の上限規制を求める要望を行った。
2026年に入っても、厚生労働省は、手数料や早期離職の実態の把握を、続けている。医療・介護・保育の分野を対象にしたアンケート調査も、その一環だ。優良な事業者を見極めるための「適正な有料職業紹介事業者の認定制度」といった仕組みも、整えられつつある。手数料に上限を設けるべきだ、という声は、着実に強まっている。
では、訪問看護の経営者は、どうすべきか。大切なのは、「紹介会社を使うか、使わないか」という、二択で考えないことだ。
紹介会社は、確実性と即応性という点で、深刻な人手不足のなかで、一定の役割を果たしている。全否定する必要はない。ただし、紹介料を払う前に、まず、自らの事業所で整えられる条件を、先に整えておく。そうした姿勢が、これからの採用の基本になる。三つの観点を挙げたい。
第一に、直接採用の経路を育てることだ。自事業所のホームページやSNSでの発信。そして、いま働く職員からの紹介、いわゆるリファラル採用。加えて、ハローワークや、都道府県のナースセンターといった、無料で使える職業紹介の仕組みも活用する。手数料をかけずに人を採る道は、確かに存在する。
第二に、紹介会社を使う場合は、しっかり見極めることだ。適正な事業者かどうかを確認し、複数の会社から見積もりを取って、料率を比べる。返金の条件も、契約書で必ず確かめる。言い値のまま契約しない。
第三に、そして最も本質的なのが、定着だ。採用にどれだけコストをかけても、すぐに辞められては、意味がない。逆に、辞めない職場をつくれば、そもそも採用する必要が減る。以前の記事で述べた、育成の仕組みづくりや、賃金・処遇の改善、働きやすい環境の整備。それらは、採用のコストを下げる、最も確実な投資でもあるのだ。
人材紹介会社への手数料は、採用難のなかで、多くの訪問看護ステーションが、やむをえず負っている負担だ。だが、一人あたり100万円規模のその費用は、薄い利益を、確実に削っていく。国が適正化に動くのを、ただ待っているだけでは、経営は守れない。事業所自身が、紹介会社に依存する前に、直接採用の経路を育て、そして何より、人が辞めない職場をつくる。採用のコストは、突き詰めれば、定着の問題に行き着く。人を大切にする経営こそが、結局は、採用のコストをも抑えていく。その当たり前の原則に、いま、立ち返るときだと思う。