訪問看護ステーションは、増え続けています。高齢化が進み、在宅で療養する人が増える中で、訪問看護の需要は高まる一方です。新規に開業するステーションの数も、過去最高を更新しています。
ところが、その一方で、廃業する事業所もまた、過去最高の水準になっています。一般社団法人全国訪問看護事業協会の調査によると、2024年度に廃止となった訪問看護ステーションは886か所。前年度の701か所から、およそ26%も増えました。休止したステーションも、355か所にのぼります。
需要が高まっているはずの訪問看護で、なぜ、これほど多くの事業所が廃業に追い込まれるのでしょうか。今回は、その原因を、一つずつ整理してお届けします。
まず、訪問看護の廃業が、どのくらいの水準なのかを押さえておきましょう。
訪問看護ステーションの廃業率は、およそ5%台とされています。これは、決して低い数字ではありません。中小企業庁の中小企業白書によれば、2020年における日本の中小企業全体の廃業率は3.3%でした。日本全体の事業と比べても、訪問看護ステーションの廃業率は高いことがわかります。
そして、もう一つ重要な特徴があります。それは、開業して間もない事業所の廃業が多い、という点です。たとえば2021年には、新規に開業した訪問看護ステーションが1,806か所あった一方で、廃止が490か所、休止が242か所ありました。廃止と休止を合わせた数は、その年の新規開業数の、およそ4割に相当します。もちろん、この年に開業した事業所がそのまま4割潰れた、という意味ではありませんが、それだけ多くの事業所が、市場から退出しているのです。
需要は高いのに、開業して間もなく潰れる事業所が多い。この一見矛盾した現実の背景を、ここから探っていきます。
訪問看護の廃業を語るうえで、まず押さえておかなければならないのが、人員基準です。
訪問看護ステーションを運営するには、看護職員を、常勤換算で2.5人以上(うち1名は常勤)配置しなければなりません。これは、法律で定められた基準です。この基準を満たせなくなれば、事業を続けることはできません。
そして、多くの小規模なステーションは、この基準ギリギリの人数で運営しています。だからこそ、看護師が一人辞めるだけで、基準を満たせなくなる、という危機に直面するのです。
とりわけ、開業して間もない時期は、脆いものです。開業したばかりの事業所は、経営を安定させるため、採算が見えるラインになるまで、次の看護師の採用を控えることがあります。ところが、その採算ラインに届く前に、既にいる看護師が辞めてしまうと、たちまち人員基準を割り込んでしまう。採用が間に合えばよいのですが、間に合わなければ、廃業を選ばざるをえません。訪問看護の廃業の多くは、突き詰めれば、この「人員基準を維持できるかどうか」という、一点に集約されるのです。
その人員基準を維持するうえで、避けて通れないのが、看護師の採用と定着の問題です。
看護師は、活躍できる場が数多くあります。病院、クリニック、施設、そして訪問看護。引く手あまたの人材です。そのため、訪問看護ステーションが看護師を確保するには、給与の水準を上げ、相応の採用コストをかける必要があります。
ところが、小規模なステーションには、その原資が乏しいことが多いのです。採用コストや人件費の上昇が、経営を圧迫します。そして、ここに悪循環が生まれます。コストを捻出できない事業所では、十分な待遇を用意できず、看護師の採用も定着も難しくなる。人が定着しないから離職が進み、離職を埋める採用もできず、残ったスタッフの負担が増える。その負担がまた、次の離職を生む——。
訪問看護に特有の、オンコールや24時間対応の負担も、この離職を後押しする要因になります。全国訪問看護事業協会の調査でも、廃止・休止の理由として最も多く挙げられるものの一つが、「人材の確保」でした。看護師をめぐるこの問題は、訪問看護の廃業の、中核にある原因だと言えます。
人材と並んで、廃業の大きな原因となるのが、「利用者が集まらない」ことです。これも、全国訪問看護事業協会の調査で、廃止・休止の主な理由として挙げられています。
当然のことですが、訪問看護は、利用者がいなければ成り立ちません。そして、利用者を得るためには、地域のケアマネジャーや、病院、診療所といった医療機関との関係を築くこと——いわば「営業」が欠かせません。訪問看護は、ケアマネジャーからの紹介や、退院時の連携によって、利用者につながるケースが多いからです。
ここに、一つの落とし穴があります。看護師として、どれほど優れた技術を持っていても、こうした地域連携や営業が苦手であれば、利用者は集まらないのです。訪問看護ステーションは、看護師が独立して開業することが多いため、この「利用者をどう獲得するか」という壁に、開業してから初めて直面することも少なくありません。
さらに、事業所が数多く開業している地域では、限られた利用者を、事業所同士で分け合う形になります。そうした地域では、後から参入した小規模な事業所ほど、利用者の獲得に苦戦しがちです。
最後に、二つの、見落とされがちな原因を挙げておきます。
一つは、資金繰りです。介護報酬や診療報酬は、サービスを提供してから実際に入金されるまで、およそ2か月のタイムラグがあります。つまり、開業してしばらくの間は、収入がまだ入ってこないうちに、人件費や家賃、車の維持費といった支出が、先に出ていくのです。この期間を乗り切るための運転資金が十分でないと、事業が黒字化する前に、資金が尽きてしまいます。開業資金や運転資金の見積もりが甘かったために、力尽きてしまう事業所は、少なくありません。
もう一つは、経営のノウハウの不足です。繰り返しになりますが、訪問看護ステーションは、看護師が独立して開くケースが多い事業です。看護の専門家であることと、事業を経営できることは、まったく別の能力です。労務管理、財務、営業、そして日々の請求業務。こうした経営の知識を持たないまま開業すると、判断を誤りやすく、それが廃業につながることがあります。
ここまで、四つの原因を見てきました。最後に、これらを整理して、全体像を描いておきます。
実は、これらの原因は、ばらばらに存在しているわけではありません。その根には、共通して「事業所が小規模であること」があります。
小規模であるがゆえに、看護師一人の離職が、たちまち人員基準を揺るがします。小規模であるがゆえに、待遇改善や採用にかける原資が乏しく、人の確保が難しい。小規模であるがゆえに、営業に手が回らず、利用者を集める余力もない。そして、小規模であるがゆえに、資金繰りの余裕も薄い。一つの原因が、ほかの原因を呼び込み、連鎖していくのです。
ここから見えてくるのは、大切なことです。訪問看護の廃業は、「需要が足りない」から起きているのではありません。需要は、確かにあります。廃業は、その需要に応え続けるための「体力」——人材、資金、経営力——が足りないことから、起きているのです。
訪問看護ステーションが増え続ける一方で、これだけの廃業が起きているという事実は、この事業が「始めやすいけれど、続けにくい」ものであることを、静かに物語っています。参入のハードルは比較的低く、志を持って開業する人は後を絶ちません。けれど、事業を続けていくことは、それとはまったく別の難しさを伴います。
そして、忘れてはならないのは、一つの事業所が廃業するとき、その陰には、そのステーションを頼っていた利用者と、その家族がいる、ということです。事業所が一つ消えることは、その地域で在宅療養を支える手が、一つ減ることを意味します。廃業の原因を知ることは、単なる経営の話にとどまらず、地域の在宅医療をどう守るのかを考えることにも、つながっているのだと思います。