訪問看護を「畳む」前に、「渡す」という選択——廃業が過去最多の裏で動くM&A・事業承継|訪問看護を含む譲渡で2億6,000万円の事例も、買い手が最初に見るのは「属人化」

Summary
訪問看護ステーションの廃止は過去最高の水準にある。だが、事業を「畳む」以外の道もある。「渡す」——M&Aによる事業承継だ。後継者不在の解決、人材確保力のある大手への傘下入り、譲渡益の獲得。廃業とは異なる出口である。訪問看護を含む譲渡で2億6,000万円という事例も動く一方、買い手が最初に見るのは「その事業所が属人化していないか」だ。承継という選択肢を、経営の視点から整理する。
訪問看護ステーションの廃止は、過去最高の水準にある。全国訪問看護事業協会の調査では、2024年度に廃止となったステーションは886か所にのぼった。事業を続けられなくなり、看板を下ろす。それが、いま少なからず起きている現実だ。
だが、事業をやめるとき、選べる道は一つではない。「畳む」——廃業して事業を終わらせる。これと並んで、もう一つの道がある。「渡す」——M&Aによって、事業を第三者に引き継ぐことだ。
廃業と事業承継は、どちらも「経営から退く」という点では同じだが、その中身はまったく異なる。廃業では、利用者へのサービスも、職員の雇用も、そこで途切れる。承継では、それらが引き継がれ、続いていく。今回は、この「渡す」という選択肢を、経営の視点から整理したい。
なぜ、訪問看護でM&Aが増えているのか
訪問看護のM&Aは、近年、明確に増えている。背景には、この業界に特有の事情がある。
第一に、参入障壁の低さゆえの、事業所数の増加だ。訪問看護ステーションは比較的始めやすく、事業所数は増え続けてきた。しかし、その多くは看護師の数が少ない小規模事業所であり、単独での経営基盤は必ずしも強くない。だからこそ、ブランド力があり、採用でも有利な大手事業者の傘下に入る、という選択をとる事業所が増えている。
第二に、後継者不在の問題である。これは訪問看護に限った話ではないが、創業した経営者が高齢になり、事業を継ぐ者がいない。廃業すれば、利用者も職員も行き場を失う。それを避ける手段として、M&Aによる第三者への承継が選ばれる。
第三に、経営環境の厳しさだ。物価高、人件費の上昇、報酬改定。こうしたリスクを、小規模な事業所が単独で吸収し続けるのは難しい。将来の制度改定や報酬改定に伴うリスクを、組織として吸収できる体制に移る。それが、承継を選ぶ動機になる。
そして、買い手の側にも理由がある。買い手が訪問看護を譲り受けたい最大の理由は、看護師などの人材の確保だ。ゼロから採用するより、稼働している事業所ごと引き継ぐほうが早い。加えて、要介護度の高い高齢者が増える中で、訪問看護を事業の柱として加えたい、あるいは既存の介護事業と組み合わせたい、という狙いもある。売り手と買い手、双方の事情が噛み合う構造がある。
「畳む」と「渡す」は、何が違うのか
ここで、廃業と承継の違いを、経営者の立場から整理しておく。
廃業を選んだ場合、事業は終わる。利用者は、別の訪問看護ステーションを探さなければならない。職員は、職を失う。設備や車両は処分され、借入金が残っていれば、その返済は経営者に残る。そして、経営者がこれまで築いてきた事業の価値は、そこで消える。
一方、M&Aによる承継を選んだ場合、いくつかの違いが生まれる。まず、事業の価値に応じた対価——譲渡益を得られる。老後の資金や、次の事業の資金に充てられる。銀行からの借入がある場合、譲渡益をその返済に充てることもできる。
次に、職員の雇用と、利用者へのサービスが、原則として引き継がれる。経営から退いた後も、自分が育てた職員が働き続け、支えてきた利用者がケアを受け続ける。この見通しが立つことは、事業を手放す経営者にとって、大きな安心材料になる。


