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訪問看護を「畳む」前に、「渡す」という選択——廃業が過去最多の裏で動くM&A・事業承継|訪問看護を含む譲渡で2億6,000万円の事例も、買い手が最初に見るのは「属人化」

宮木 · 2026年7月25日
訪問看護ステーションの廃止は過去最高の水準にある。だが、事業を「畳む」以外の道もある。「渡す」——M&Aによる事業承継だ。後継者不在の解決、人材確保力のある大手への傘下入り、譲渡益の獲得。廃業とは異なる出口である。訪問看護を含む譲渡で2億6,000万円という事例も動く一方、買い手が最初に見るのは「その事業所が属人化していないか」だ。承継という選択肢を、経営の視点から整理する。

訪問看護ステーションの廃止は、過去最高の水準にある。全国訪問看護事業協会の調査では、2024年度に廃止となったステーションは886か所にのぼった。事業を続けられなくなり、看板を下ろす。それが、いま少なからず起きている現実だ。

だが、事業をやめるとき、選べる道は一つではない。「畳む」——廃業して事業を終わらせる。これと並んで、もう一つの道がある。「渡す」——M&Aによって、事業を第三者に引き継ぐことだ。

廃業と事業承継は、どちらも「経営から退く」という点では同じだが、その中身はまったく異なる。廃業では、利用者へのサービスも、職員の雇用も、そこで途切れる。承継では、それらが引き継がれ、続いていく。今回は、この「渡す」という選択肢を、経営の視点から整理したい。

なぜ、訪問看護でM&Aが増えているのか

訪問看護のM&Aは、近年、明確に増えている。背景には、この業界に特有の事情がある。

第一に、参入障壁の低さゆえの、事業所数の増加だ。訪問看護ステーションは比較的始めやすく、事業所数は増え続けてきた。しかし、その多くは看護師の数が少ない小規模事業所であり、単独での経営基盤は必ずしも強くない。だからこそ、ブランド力があり、採用でも有利な大手事業者の傘下に入る、という選択をとる事業所が増えている。

第二に、後継者不在の問題である。これは訪問看護に限った話ではないが、創業した経営者が高齢になり、事業を継ぐ者がいない。廃業すれば、利用者も職員も行き場を失う。それを避ける手段として、M&Aによる第三者への承継が選ばれる。

第三に、経営環境の厳しさだ。物価高、人件費の上昇、報酬改定。こうしたリスクを、小規模な事業所が単独で吸収し続けるのは難しい。将来の制度改定や報酬改定に伴うリスクを、組織として吸収できる体制に移る。それが、承継を選ぶ動機になる。

そして、買い手の側にも理由がある。買い手が訪問看護を譲り受けたい最大の理由は、看護師などの人材の確保だ。ゼロから採用するより、稼働している事業所ごと引き継ぐほうが早い。加えて、要介護度の高い高齢者が増える中で、訪問看護を事業の柱として加えたい、あるいは既存の介護事業と組み合わせたい、という狙いもある。売り手と買い手、双方の事情が噛み合う構造がある。

「畳む」と「渡す」は、何が違うのか

ここで、廃業と承継の違いを、経営者の立場から整理しておく。

廃業を選んだ場合、事業は終わる。利用者は、別の訪問看護ステーションを探さなければならない。職員は、職を失う。設備や車両は処分され、借入金が残っていれば、その返済は経営者に残る。そして、経営者がこれまで築いてきた事業の価値は、そこで消える。

一方、M&Aによる承継を選んだ場合、いくつかの違いが生まれる。まず、事業の価値に応じた対価——譲渡益を得られる。老後の資金や、次の事業の資金に充てられる。銀行からの借入がある場合、譲渡益をその返済に充てることもできる。

次に、職員の雇用と、利用者へのサービスが、原則として引き継がれる。経営から退いた後も、自分が育てた職員が働き続け、支えてきた利用者がケアを受け続ける。この見通しが立つことは、事業を手放す経営者にとって、大きな安心材料になる。

そして、人材確保という、訪問看護経営の最大の課題からの脱却がある。常勤の看護師の配置が義務づけられている訪問看護では、人材の確保が事業継続を左右する。採用力や教育体制、福利厚生の整った大手の傘下に入ることで、この課題への対応力が上がり、職員の離職率の低下につながることもある。

廃業が「価値をゼロにして終える」ことだとすれば、承継は「価値を対価に換えて、続ける」ことだ。この違いは、小さくない。

承継には、二つの型がある

訪問看護のM&Aで用いられる手法は、大きく二つに分けられる。

一つは、株式譲渡だ。事業を運営する会社の株式を、買い手に譲渡する。会社そのものが、経営者ごと買い手に移る形である。法人格が維持されるため、事業所の指定や契約関係を、原則としてそのまま引き継げるのが特徴だ。手続きが比較的シンプルになる一方、簿外債務なども含めて会社を丸ごと引き継ぐことになる。

もう一つは、事業譲渡である。会社は手元に残したまま、訪問看護事業という「事業」だけを買い手に譲渡する。複数の事業を営む会社が、訪問看護部門だけを切り出して譲渡する場合などに用いられる。譲渡する範囲を選べる一方で、指定の取り直しや、利用者・職員との契約の結び直しなど、手続きの負担は株式譲渡より大きくなる傾向がある。

どちらの型を選ぶかは、会社の構成や、譲渡したい範囲、税務上の扱いなどによって変わる。実際の事例を見ると、訪問看護のM&Aでは株式譲渡が多く用いられている。

実際に、いくらで動いているのか

では、訪問看護のM&Aは、実際にどの程度の価格で成立しているのか。公表されている事例から、相場観を掴んでおく。

あるM&A仲介会社が公表した事例では、訪問看護、訪問介護、デイサービスを手がける関西の事業者が、株式譲渡によって2億6,000万円で譲渡されている。年間の売上は約1億9,000万円、譲渡の理由は事業再編や従業員の退職などだった。

同じ資料には、住宅型有料老人ホーム、訪問介護、デイサービスを営む関西の事業者が、年間売上約1億9,000万円に対して4,000万円で譲渡された事例も載っている。売上規模が近くても、譲渡価額には大きな差が出ている。

大手による、訪問看護に特化した買収も動いている。福祉サービス大手の子会社が展開していた訪問看護ステーションの運営会社について、別の企業が株式譲渡契約を締結した事例が、2026年に入ってからも公表されている。訪問看護ステーションそのものが、M&Aの対象として明確に取引されているのだ。

ここで注意しておきたいのは、譲渡価額の決まり方だ。介護・医療のM&Aでは、一般に、純資産に、数年分の利益を上乗せする形で価額が算定されることが多い。つまり、利益を安定して出せている事業所ほど、高く評価される。そして、この「利益の安定性」を左右するのが、次に述べる論点である。

買い手が、最初に見るもの

M&Aで訪問看護事業所を譲り受けようとする買い手が、最初に確認することは何か。仲介会社の見解は、ほぼ一致している。「人材の安定性」であり、より具体的には、「その事業所が属人化していないか」だ。

介護や看護は、人で成り立つ事業である。だからこそ、買い手が重視するのは、現場が自走できているかどうかだ。経営者や、一部の管理者がいなくなっても、事業が回り続けるか。逆に言えば、「社長が現場に入らないと運営が回らない」「特定の管理者に業務が集中しており、その人が辞めれば運営に支障が出る」といった、属人化の強い状態は、買い手にとってリスクと見なされる。

これは、承継を考える経営者にとって、重要な示唆を含んでいる。事業を高く、そしてスムーズに引き継ぐためには、自分がいなくても回る組織を、あらかじめ作っておく必要がある、ということだ。業務の標準化、記録や手順の整備、複数の職員への権限の分散。これらは、日々の運営の質を高める取組であると同時に、いざ承継を考えたときの、事業の価値を守る備えでもある。

属人化の解消は、一朝一夕にはできない。だからこそ、承継を具体的に考える何年も前から、意識しておくべき論点である。

「黒字でも渡す」という相談が増えている

かつて、事業承継の相談といえば、「後継者がいないから、譲渡するしかない」という、追い込まれた末の相談が中心だった。だが、近年は様相が変わってきている。

M&A仲介会社によれば、まだ十分に経営できる状態、それも黒字の事業所からの相談が増えているという。応募が来ても人が定着しない、管理者の負担が限界に近い、単独での成長に限界を感じる、将来の制度改定のリスクを一社で抱えたくない——。こうした理由から、経営が回っているうちに、より大きな組織へ引き継ぐことを選ぶ経営者が出てきている。

これは、事業承継の位置づけが変わってきていることを示している。承継は、もはや「行き詰まった事業の最後の手段」だけではない。事業と、職員と、利用者を守るための、前向きな経営判断の一つになりつつある。

売却の時期についても、戦略がある。ある仲介会社は、報酬改定後の利益の見通しが確定してからのタイミングが有利だと指摘している。2026年6月の改定で訪問看護に処遇改善加算がついたことなど、利益改善につながる要素が織り込まれた後のほうが、事業は高く評価されうる、という見立てだ。

廃業か、承継か

訪問看護の廃止が過去最高という数字は、この業界の厳しさを示している。だが、その数字の裏で、廃業とは別の出口として、M&Aによる承継が確実に動いている。

もちろん、承継が万能なわけではない。買い手が見つからなければ成立しないし、条件が折り合わないこともある。属人化の強い事業所は、そもそも評価されにくい。承継は、思い立ってすぐにできるものではなく、事前の備えを要する選択肢だ。

それでも、経営者が知っておくべきことは、はっきりしている。事業をやめる決断をするとき、選択肢は「畳む」だけではない、ということだ。自分が築いた事業の価値を、対価に換え、職員と利用者を次の担い手に託す。そういう道が、現実に存在する。

いつか事業を手放す日は、多くの経営者に訪れる。そのとき、廃業しか選べない状態に自らを追い込まないために。自分がいなくても回る組織を作り、利益を安定させ、事業の価値を高めておく。それは、承継のためだけでなく、日々の経営そのもののためでもある。畳むにせよ、渡すにせよ、選べる状態にしておくこと。それが、経営者に問われている。

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