訪問看護ステーションの求人倍率は4.54倍です。
日本看護協会の中央ナースセンターが2024年度のデータをまとめた分析によるもので、施設種類別のなかで最も高い数字でした。病院は20床から199床で3.00倍、200床から499床で2.49倍、500床以上で1.93倍。ケアハウスやグループホーム、有料老人ホームが1.78倍、特別養護老人ホームは1.38倍です。
求人4件に対して、求職者は1人に届かない。看護師の採用難を語る記事で、この数字は頻繁に引用されます。転職を勧める文脈では「訪問看護は引く手あまた」の根拠として、採用支援の文脈では「だから紹介会社を使うべき」の根拠として。
ただ、同じ分析の別の数字を並べると、この倍率の意味は変わります。
分子はほぼ動いていない
求人倍率は、求人数を求職者数で割って算出します。倍率が上がるのは、分子が増えるか、分母が減るかのどちらかです。
ナースセンターへの求人者数は、2016年度から2020年度まで15万人台、2021年度以降は17万人台で推移しています。増えてはいますが、横ばいに近い。
一方の求職者数は、2009年度以降6万人から7万人台で動いていたものが、2021年度に13万人を超え、2024年度には6万人台まで戻りました。この数年で半分以下です。
分子はほぼ動かず、分母が半減した。倍率が上がった理由は、そこにあります。看護師全体の求人倍率も2024年度に2.51倍と10年ぶりの高水準になっていますが、構造は同じです。
2021年度に求職者が膨らんだのは、コロナ禍で職場を離れた看護師が多かったためと考えられます。その波が引いた結果、転職市場そのものが縮みました。訪問看護の4.54倍は、その縮小が最も強く現れた数字です。
つまり、訪問看護の求人が急増したわけではありません。探している人が減ったのです。
訪問看護だけが飛び抜ける三つの理由
分母の減少はすべての施設種別に共通します。それでも訪問看護が4.54倍と突出するのは、この業界に固有の事情があるためです。
第一に、事業所の数が多く、一つひとつが小さいことです。厚生労働省の分科会資料によると、2025年4月時点の訪問看護ステーションの指定数は19,314か所。1事業所あたりの看護職員は平均5.8人です。当メディアで新規開設と廃止の同時増加を扱ったとおり、毎年多くのステーションが生まれています。職員が1人辞めれば1件の求人が出る構造で、事業所数がそのまま求人件数に反映されます。
第二に、経験者の絶対数が少ないことです。就業している看護師のうち、訪問看護ステーションに勤務しているのは6.7%、約9万1千人。2年前より2万人増えましたが、病院勤務の65.7%と比べればごく一部です。訪問看護の経験者を採用しようとすれば、全国の事業所がこの9万人を取り合うことになります。
第三に、病棟からの転職に心理的な距離があることです。一人で訪問し、その場で判断し、夜に電話を持つ。関心があっても応募に至らない看護師は多いと考えられます。当メディアで既卒看護師の教育を扱った際、独り立ちまでの同行訪問の設計が事業所によってばらつくことを指摘しました。教育の道筋が外から見えない事業所には、未経験者は応募しづらくなります。
採用できないことが、廃止の一位になっている
事業所の側から見れば、4.54倍は採用難の指標であると同時に、もう一つの意味を持ちます。
分科会資料が示した訪問看護ステーションの廃止理由は、従業員の確保が困難が22.7%で最多、次いで管理職が退職したが17.6%、利用者が少なく経営維持が困難が14.9%、人員基準に満たなくなったが11.0%でした。
採用できないことが、事業所が閉じる理由の一位です。2024年度の廃止届は886件、休止届は355件。当メディアで倒産統計を扱った際、訪問看護は負債を抱える前に人が足りなくなって閉じると書きました。その入口に、採用の失敗があります。
看護職員が常勤換算2.5人を下回れば、指定を維持できません。平均5.8人の事業所で採用が半年止まり、その間に2人が辞めれば、基準に届かなくなる。4.54倍という数字は、そこまで来ている事業所が全国に相当数あることを示しています。
欠員が埋まらない期間には、残った職員に訪問が配分され、オンコールの当番が短い間隔で回ってきます。当メディアで離職の構造を論じたとおり、その負荷が次の退職を呼ぶ。採用難と離職は、別々の課題ではなく一つの循環です。
看護師が職場を移る理由は職場の外にある
同じ分析には、就業中の求職者が考える退職したい理由も示されています。
最も多いのは「看護職の他の職場への興味」でした。次いで子育て、転居、自分の健康、結婚、勤務時間が長い・超過勤務が多い、の順です。
一位が人間関係でも給与でもなく、他の職場への興味であることは、採用する側にとって示唆的です。現職への不満から逃れる転職ではなく、関心にもとづく移動が最も多い。そうであれば、求人票で訴えるべきは待遇の優位性だけではないことになります。
二位から五位は、子育て、転居、健康、結婚。仕事の中身よりも生活の変化が理由になっています。看護師が職場を移る動機の多くは、職場の外にあるという読み方ができます。
当メディアで訪問看護師の年収を扱った際、夜勤手当がなくなる分だけ年収は下がるが、夜に眠れる日が増えると整理しました。生活の変化を理由に動く人にとって、その交換条件は響く可能性があります。求人票に件数とオンコールの回数を具体的に書くことが、遠回りに見えて有効なのは、そのためです。
0.09倍という職場もある
倍率の低い側も見ておきます。
小学校・中学校・高等学校の養護教諭は0.09倍。都道府県・保健所が0.08倍、助産所が0.03倍、個人からの求人が0.01倍です。
養護教諭の0.09倍は、求人1件に10人以上が応募している計算になります。訪問看護の4.54倍とは50倍の開きです。
同じ看護師の免許を持ちながら、働く場所によって競争の激しさがこれほど違う。看護師不足という言葉で一括りにされる状況の内側に、まったく別の市場が並んでいることになります。
数字をどう使うか
4.54倍は、訪問看護が選ばれている証拠ではありません。事業所数が増え、経験者が少なく、転職市場に出てくる看護師が減った結果です。
転職を検討する看護師にとっては、選択肢が多いことを意味します。ただ、募集の多くは人手が足りずに回らなくなりかけている事業所から出ているとみたほうが実態に近い。面接では、1日の訪問件数の目安、オンコールの月あたりの回数、そして直近1年の退職者数を確認する価値があります。三つ目の答え方に、事業所の姿勢が現れます。
事業所にとっては、この倍率が下がるのを待つ理由がないことを意味します。求職者の減少は市場全体の構造であり、個々の事業所の努力で戻せるものではありません。できるのは、9万1千人の経験者を取り合う競争から降りて、未経験者を育てる道を作ることです。教育の設計が外から見えるかどうかが、採用の分かれ目になります。
なお、この4.54倍はナースセンターに登録された求人と求職から算出した数字です。民間の人材紹介や直接応募を含む市場全体を表すものではありません。引用されるときは、その前提も一緒に確認したいところです。