訪問看護の「行政の目」がつながった日——医療保険と介護保険、指導監査情報の相互連携が2026年4月に開始|運営指導実施率16.2%・返還11.5億円が映す現在地 | HokanPress訪問看護
訪問看護の「行政の目」がつながった日——医療保険と介護保険、指導監査情報の相互連携が2026年4月に開始|運営指導実施率16.2%・返還11.5億円が映す現在地
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Summary
2026年7月15日、厚生労働省が令和8年度全国介護保険担当課長会議の指導室資料を公表しました。全8ページの小さな資料の第1項に置かれたのは、訪問看護をめぐる医療保険と介護保険の「情報連携」。2026年4月1日から、二つの制度の指導監査結果が相互に流れ始めています。この静かな一手の中身と、令和6年度の運営指導実施率16.2%・返還11.5億円という数字が映す背景を、HokanPress編集部が整理してお届けします。
2026年7月15日、厚生労働省は「令和8年度 全国介護保険担当課長会議 総務課介護保険指導室資料」を公表しました。全8ページ。分量としては、決して大きな資料ではありません。
けれど、その第1項に置かれていたのは、「指定訪問看護事業者等の指導及び監査に係る情報連携について」という一文でした。数ある介護サービスの中で、なぜ「訪問看護」が資料の冒頭に来たのか。そして、そこで何が始まったのか。
派手な報酬改定でも、大きな制度変更でもありません。しかし、訪問看護という制度をまたいで働くサービスにとっては、静かに、しかし確実に足元を動かす内容でした。今回はこの資料の中身を、令和6年度の指導監査の実績データと合わせて、HokanPress編集部が整理してお届けします。
なぜ「訪問看護」が資料の第1項なのか
訪問看護は、医療保険制度と介護保険制度という、二つの公的保険制度をまたいで動く、代表的なサービスです。同じ利用者さんに対して、状態や制度上の位置づけによって、医療保険で訪問することもあれば、介護保険で訪問することもあります。だからこそ、双方の指定を受けている事業者が数多く存在します。
ところが、この二つの制度は、指導監督を担う行政機関が分かれています。医療保険に関する指導監督を行うのは、地方厚生(支)局。介護保険に関する指導監督を行うのは、都道府県・指定都市・中核市です。
つまり、一つの訪問看護ステーションが、二つの異なる行政ルートから見られている、という構造になっています。そして、これまでは片方の制度で気になる点が見つかっても、それがもう片方の制度の担当部局に、同じ速度で伝わるとは限りませんでした。地域や担当者によっては、非公式なやり取りで情報を共有していた場面もあったと考えられます。
厚生労働省が今回の資料の第1項にこのテーマを置いたことは、順序そのものが意図を語っている、と読むことができます。制度をまたぐ訪問看護だからこそ、二つの行政の目を「つなぐ」ことが、適時かつ効率的な指導監督のうえで重要になる——そういう問題意識が、資料の冒頭ににじんでいます。
2026年4月1日、二つの窓口が「手紙」を交わし始めた
具体的に何が変わったのか。鍵になるのは、令和8年(2026年)4月1日付で発出された、一通の事務連絡です。
厚生労働省老健局総務課介護保険指導室から、都道府県・指定都市・中核市の介護保険担当部局あてに出されたこの事務連絡は、保険局医療課医療指導監査室とも協議済みのうえで、次のような仕組みを明文化しました。
まず、医療保険側から介護保険側への流れです。地方厚生(支)局が実施した、医療保険に係る指定訪問看護事業者等への指導等の結果を、都道府県の国民健康保険担当部局または後期高齢者医療担当部局を通じて、都道府県の介護保険担当部局に、随時、情報提供する。情報を受け取った介護保険側は、その内容を十分に確認したうえで、必要に応じて、介護保険に係る訪問看護についての運営指導等を実施する、という建て付けです。
そして、逆方向も同時に定められました。介護保険側で運営指導等を行い、医療保険に係る指導等に資する情報を把握した際には、介護保険担当部局から国民健康保険担当部局等を通じて、各地方厚生(支)局へ情報提供する。指定都市・中核市が把握した情報は、都道府県の介護保険担当部局を経由して共有される、とされています。
ここで押さえておきたいのは、いくつかの前提です。第一に、この情報連携は「指導や監査の結果」を対象としています。抽象的な報告にとどまらず、指導事項や返還に関わる情報が、関係部局の間で動きうる、ということです。
第二に、これは「機械的な連鎖処分」を命じるものではありません。資料の文言も「必要に応じて」「迅速に検討」となっており、医療保険で指摘されたら自動的に介護保険でも違反になる、という単純な話ではありません。両制度は算定要件が異なりますから、そこは慎重に判断されます。
では、何が本質的に変わったのか。それは、行政が問題を「知る入口」が増えた、という点です。これまで片方の制度の中で完結していた情報が、制度をまたいで共有される経路が、正式に定められた。訪問看護という、二つの制度の上に立つサービスにとって、この意味は小さくありません。
数字で見る現在地——運営指導と監査の令和6年度
この情報連携という一手は、どのような状況の中で打たれたのか。ここで、令和6年度の指導監査の実績を、厚生労働省の公表データで確認しておきます。
まず、運営指導です。運営指導とは、かつて「実地指導」と呼ばれていたもので、都道府県等の担当者が事業所を訪れ、適正な運営が行われているかを確認する、支援的な性格の行政指導です。
令和6年度に運営指導を受けた事業所数は、全国で50,424件。自治体が所管する事業所数に対する実施率は16.2%で、前年度(16.1%)とほぼ横ばいでした。この数字を裏から読むと、その年度に運営指導を受けていない事業所が、およそ84%存在する、ということになります。「まだ来ていない」のは、優秀だからとは限らない——そう捉えておくのが実態に近いでしょう。
サービスの種類によって、実施率には差があります。介護保険施設サービスが26.4%と高い一方、居宅サービス(介護予防を含む)は15.3%、地域密着型サービスは17.1%となっています。在宅系のサービスは、施設系に比べて運営指導の実施率が低い傾向にあります。
では、訪問看護はどうでしょうか。指定訪問看護事業所については、自治体が所管する19,265事業所のうち、令和6年度に運営指導を受けたのは2,412事業所でした。単純に割れば、実施率はおよそ12.5%。全体平均の16.2%を下回っています。制度をまたいで訪問看護が動いていることを踏まえると、この「介護保険側の目が届いている割合」は、決して高いとは言えません。
集団指導についても触れておきます。事業者を集めて制度の理解を促す集団指導を実施した自治体は938で、全国1,620自治体に対する実施率は約57.9%。前年度(54.8%)より上昇したものの、一般市区町村の半数程度は、依然として未実施の状態です。
次に、監査です。監査は、法令違反や不正の疑いがある場合に行われる、処分を前提とした厳格な手続きで、運営指導とは性格が大きく異なります。令和6年度の監査実施件数は1,190件で、前年度(1,120件)から増加しました。
その結果としての指定取消等の行政処分は、合計158件。内訳は、指定取消が59件、指定の効力の一部停止が86件、全部停止が13件です。直近5年間の推移を見ると、令和2年度109件、令和3年度105件、令和4年度86件、令和5年度139件、そして令和6年度158件と、近年は増加傾向にあります。
サービスの種類別に見ると、指定取消等の処分が最も多かったのは指定訪問介護事業所で30件。次いで認知症対応型共同生活介護事業所が13件、特定施設入居者生活介護事業所が12件と続きます。指定訪問看護事業所については、令和6年度の指定取消は4件でした。件数としては訪問介護より少ないものの、処分がゼロではないことは、押さえておくべき事実です。
処分の理由も見ておきましょう。令和6年度に指定取消・効力停止となった158事業所のうち、処分事由として最も多かったのは「不正請求」で、約5割(51.9%)を占めています。次いで「法令違反」27.8%、「人格尊重義務違反」25.9%、「虚偽答弁」15.8%と続きます(一つの処分に複数の事由が該当する場合があります)。処分の背景の中心に、不正請求があることが、数字からも読み取れます。
そして、金額です。指定取消等に伴い、令和6年度に事業所へ返還を求めた額は、約11億5千万円でした。前年度(令和5年度)に返還を求めた額が約5億7千万円だったことと比べると、およそ2倍に膨らんでいます。しかも、この11億5千万円のうち、年度内に実際に返還されたのは約4億6千万円で、約7億円が未済となっています(返還額には、前年度以前に監査を実施し、令和6年度中に確定した金額も含まれます)。不正請求が発覚した場合の返還は、過去にさかのぼって求められるため、事業運営にとって重い負担になりうることが、この数字からもうかがえます。
もう二つの柱——研修の前倒しと、実施体制の下支え
今回の資料は、情報連携だけを扱っているわけではありません。「その他」として、あと二つの柱が示されています。この二つは、事業者から見えにくい「行政側の動き」ですが、間接的に指導監督のあり方に影響します。
一つ目は、指導監督を担う自治体職員向けの研修です。指導監督業務については、かねてより「自治体間で指導内容に差がある」ことが指摘されてきました。限られた人員の中で、効率的かつ効果的に指導を行うため、厚生労働省は担当職員向けの研修を実施しています。
令和8年度は、例年どおりWeb上での動画配信による研修に加えて、オンライン会議システムを使った演習研修(グループワーク)も引き続き行われます。注目したいのは、日程です。動画研修は令和8年9月頃から令和9年1月末までの予定とされており、前年度(令和7年度は10月1日開始)より早期の開催が予定されています。演習研修は令和9年1月の予定です。研修を前倒しし、他の自治体の職員との意見交換の機会も設ける——これは、自治体ごとにばらつきがあった「指導の目線」を、少しずつ揃えていこうとする動きだと読むことができます。
二つ目は、自治体における運営指導の実施体制の整備です。資料は、率直な課題を認めています。自治体が所管する事業所の数に比べて、指導を担う人員や体制が十分でなく、専任職員を確保できずノウハウが蓄積しにくいために、運営指導が十分に行われていない、あるいは実施されない状態が続く自治体も見受けられる、という指摘です。
この課題への対応として挙げられているのが、都道府県や近隣自治体との共同指導、そして「事務受託法人」(介護保険法第24条の2、第24条の3)を活用した指導の導入です。厚生労働省は、こうした体制づくりを後押しするため、調査研究を継続しています。令和6年度は事務受託法人の活用に関する事例集を、令和7年度は運営指導の実施率向上に向けた広域連携・ICT活用などの事例集を作成しました。そして令和8年度は、「介護保険施設等の運営指導における自治体間連携に関する調査研究事業」(実施主体・株式会社NTTデータ経営研究所)として、全国6か所程度のブロック会議やアンケート調査を経て、「運営指導実践マニュアル(仮称)」を策定する予定とされています。
つまり、行政側は、指導の「担い手」と「やり方」を、標準化・効率化していく方向に、着実に歩みを進めています。実施率16.2%という現状の裏には、自治体側の体制の限界があり、それを底上げしようとする動きが同時に進んでいる——この両面を、セットで見ておくことが大切です。
事業者にとって、これは何を意味するのか
ここまでを整理すると、今回の資料が示しているのは、「指導が急に厳しくなる」という話ではありません。むしろ、行政が問題を把握する経路が増え、自治体ごとのばらつきが少しずつ均されていく、という中長期的な方向性です。
では、訪問看護ステーションの運営者・管理者にとって、押さえておくべきことは何でしょうか。
第一に、記録と請求の整合です。訪問看護は医療保険と介護保険をまたぐ以上、片方の制度の指導で見つかった記録や請求の齟齬が、もう片方の担当部局に届きうる時代に入りました。医療保険での訪問と介護保険での訪問、それぞれの記録が、実際の訪問実績や指示書の内容と整合しているか。加算を算定しているなら、その根拠が記録として残っているか。「後から見られても説明できる」状態を、日々の運用の中に埋め込んでおくことが、これまで以上に意味を持ちます。
第二に、この動きの背景にある文脈です。近年、訪問看護をめぐっては、大規模な不正請求事案が社会的な注目を集めてきました。2025年に表面化したサンウェルズの事案では、28億円を超える不正請求が問題となり、業界全体で「適正化」への関心が高まる契機となりました。今回の情報連携は、こうした流れの延長線上にある、行政側の地道な仕組みづくりの一つ、と位置づけられます。
そして、これは規制強化という一面だけの話ではない、ということです。日々、適正に運営している大多数の事業所にとって、行政の目が制度をまたいでつながり、不正が見つかりやすくなることは、むしろ公平な競争条件が整っていく、という側面も持ちます。まじめにやっている事業所ほど、こうした仕組みの整備は、長い目で見れば追い風になりうるものです。
まとめ
8ページの資料は、静かなものでした。大きな見出しも、劇的な数字の変化もありません。
けれど、「二つの制度の情報がつながる」というただ一点が、訪問看護という、医療保険と介護保険の上に立つサービスの立ち位置を、少しずつ変えていきます。これまで別々に流れていた二本の川が、細い水路でつながった。その水路を通って、何が流れ、どう活かされるのかは、これから運用の中で見えてくるはずです。
事業者にできるのは、この変化に慌てて身構えることではありません。日々の記録と請求を、「見られる前提」で、あたりまえに整えておくこと。制度をまたいで働く訪問看護だからこそ、二つの目がつながることの重みを、冷静に受け止めておくこと。その積み重ねが、いちばん確かな備えになります。
令和6年度の自治体別の実施状況の詳細や、令和8年度に策定される運営指導実践マニュアルの内容など、この資料の「続き」も、追って明らかになっていきます。Hokanpressでも、その動きを丁寧に追いかけ、整理してお伝えしていきます。
執筆者
HokanPress編集部
医療・看護・介護の多職種チーム
訪問看護・在宅医療の現場に携わる多職種チーム
HokanPress編集部は、訪問看護・在宅医療の現場に実際に携わる多職種チームで構成されています。看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、医療ソーシャルワーカー、管理栄養士、介護支援専門員(ケアマネジャー)が所属。それぞれの専門分野で培った臨床経験と専門知識をもとに、医療・看護・介護従事者の実務に役立つ情報を発信しています。記事は必ず該当分野の有資格者が執筆または監修し、公的統計データや学会発表・厚生労働省の公表資料など、信頼性の高い情報源に基づいて作成しています。
保有資格: 看護師 / 理学療法士 / 作業療法士 / 言語聴覚士 / 医療ソーシャルワーカー / 管理栄養士 / 介護支援専門員
※本記事は公的統計データをもとに看護師資格保有者が執筆しています