看護
訪問看護ステーション開業の失敗事例5パターン|2023年度の廃業701件から学ぶ実態
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Summary
全国訪問看護事業協会の調査によれば、2023年度に廃止された訪問看護ステーションは701件、休止が291件。新規開業数2,437件に対して約4割が1年以内に消えていく現実がある。経営者として10年余り運営してきた立場から、典型的な失敗パターン5つと、開業前に必ず確認すべきチェックリストを整理する。
訪問看護ステーションの新規開業数は年々増加している。一般社団法人全国訪問看護事業協会の調査によれば、2023年度の新規開業数は2,437件に上った。一方で、同じ期間に廃止となった事業所は701件、休止が291件。両者を合わせれば992件が事業継続できなくなった計算となる。
廃業率は約5.6%で、中小企業庁の白書による全業種平均3.3%を大きく上回る水準だ。「需要が拡大している成長分野」と言われながら、実態は開業した約4割が1年以内に淘汰される厳しい競争環境にある。
私自身、訪問看護ステーション経営者として10年余り運営し、地域の同業者と意見交換する中で、廃業に至るパターンには明確な共通点があることを確認してきた。本記事では、典型的な失敗事例5パターンと、開業前に必ず確認すべきチェックリストを整理する。
訪問看護ステーション廃業率の実態
まず数字で実態を確認する。
2023年度の数字
一般社団法人全国訪問看護事業協会「令和6年度訪問看護ステーション数調査結果」より:
新規開業数: 2,437件
廃止数: 701件
休止数: 291件
2024年4月1日時点の届出数: 17,808件
廃業率の比較
訪問看護ステーション: 約5.6%(2023年度)
全業種平均(中小企業庁2024年): 約3.3%
医療福祉事業全体: 約2.24%(2020年雇用保険事業年報)
訪問看護ステーションは、医療福祉事業全体と比較しても廃業率が約2.5倍高い分野である。
地域差
東京都: 廃業率3.4%
大阪府: 廃業率5.4%
都市部のほうが廃業率が高い傾向にある。これは競合事業者の多さ、人件費の高さが要因と考えられる。
なぜ需要拡大期に廃業が多いのか
訪問看護の市場は確実に拡大している。にもかかわらず廃業が後を絶たない理由は、開業のハードルが比較的低いことにある。看護師2.5名(常勤換算)の配置基準と500万円程度の初期投資があれば開業可能な制度設計だ。
これにより参入が増える一方で、十分な経営知識・準備なしに開業するケースも多い。「需要があるから何とかなる」という発想が、最も危険な失敗の入り口となる。
失敗事例パターン1: 資金計画の甘さ
最も多い失敗パターンが、開業初期の資金枯渇である。
典型的な経過
開業準備の段階で「初期投資500万円程度」という記事を読み、自己資金300万円+融資300万円程度で開業を決断する。この時点で運転資金の概念が抜け落ちているケースが多い。
実際の経過は以下のようになる。
開業1か月目: 利用者5名前後、月収益40-50万円
人件費・固定費は約230万円/月発生
月次赤字: 約180万円
このペースで6か月続けば、累積赤字が1,000万円を超える。融資枠を使い切り、追加融資も受けられない状況に陥る。
特に見落とされがちな点
訪問看護の請求は、サービス提供から入金まで2か月のタイムラグがある。3月に提供したサービスの売上は、5月末に振り込まれる仕組みだ。
開業1か月目で利用者を獲得できても、実際の入金は3か月目になる。この期間の人件費・家賃をどう賄うかの計画が、開業計画書に明記されていないケースが多い。
必要な備え
訪問看護で開業する場合、最低限必要な資金規模は以下が現実的な水準となる。
初期投資: 500-700万円
運転資金: 1,000-1,500万円
合計: 1,500-2,200万円
このうち自己資金は最低でも開業資金全体の20%以上を確保することが推奨される。日本政策金融公庫の創業融資、各種保証協会付融資を組み合わせれば、自己資金300-400万円から開業可能だ。
失敗事例パターン2: 看護師の採用と定着の失敗
典型的な経過
開業時に管理者+看護師2名+リハ職1名でスタート。順調に利用者が増え、利用者30名規模まで拡大した時点で、管理者と現場スタッフの方針対立が表面化する。
管理者は売上拡大を求めて訪問件数を増やそうとする。現場スタッフは「利用者対応の質が落ちる」「自分の体力的負担が大きすぎる」と反発。最終的に複数の看護師が同時期に退職を申し出る。
人員基準の常勤換算2.5名を割り込み、新規利用者の受け入れができなくなる。既存利用者への対応も遅延し、ケアマネジャーからの新規紹介が止まる。約3か月で売上が半減し、廃業に至る。
失敗の構造
訪問看護の人員基準は、見落とされがちだが事業継続の生命線である。看護師2.5名(常勤換算)を下回ると、指定取消の対象となる。
採用市場では、訪問看護経験者の求人倍率は極めて高く、簡単には採用できない。1名の離職が、事業継続を脅かす構造となっている。
必要な対策
採用と定着は、開業準備の段階から戦略的に進める必要がある。
- 開業時のスタッフ確保(常勤換算3名以上が安全圏)
- 緊急時のサブスタッフ候補リストアップ
- 派遣・スポット勤務契約のバックアップ
- 適正な給与水準(地域相場+α)
- オンコール負担の軽減策
- キャリアパスの明示
- 心理的安全性の確保
- 教育・研修体制の整備
開業から3年以内の離職率を10%以下に抑えることが、健全経営の指標となる。
失敗事例パターン3: 連携先病院・ケアマネジャーとの関係構築の失敗
典型的な経過
「需要は確実にある」という見込みで開業したものの、開業3か月経っても利用者数が10名を超えない。営業活動に手応えが感じられず、焦りから訪問看護の質を下げてでも訪問件数を増やそうとする。これが現場スタッフの反発を招き、退職が連鎖する。
このケースの根本原因は、開業前に地域の連携先と関係構築ができていないことにある。
訪問看護の利用者獲得ルート
- ケアマネジャーからの紹介(約60%)
- 連携病院・退院支援室からの紹介(約30%)
- その他(地域包括支援センター、家族からの直接連絡等)(約10%)
つまり、ケアマネジャーと連携病院との関係構築が、利用者獲得の生命線となる。
必要な準備
- 居宅介護支援事業所の所在確認
- 主な連携先候補の選定(20-30事業所)
- 開業前の挨拶訪問
- 地域の急性期病院・慢性期病院の確認
- 退院支援室・地域連携室の担当者把握
- 開業案内資料の準備
この準備なく開業すると、利用者獲得に半年以上かかり、その間の運転資金が尽きる構造に陥る。
失敗事例パターン4: 法令遵守体制の不備
典型的な経過
開業時は記録業務や算定要件を理解していたが、利用者数が増え業務が忙しくなる中で、徐々に記録の質が低下する。算定要件の細かい変更も追えなくなり、結果として不適切な請求が発生する。
数年後、地方厚生局の実地指導が入り、過去のレセプトに不適切な算定が複数発見される。返還指導により数百万円から数千万円の返還を求められ、資金繰りが破綻する。
注意すべき法令・制度
訪問看護ステーション運営には、複数の法令・制度の遵守が必要となる。
健康保険法: 医療保険による訪問看護の算定要件
介護保険法: 介護保険による訪問看護の算定要件
労働基準法: スタッフの労働時間管理
個人情報保護法: 利用者情報の管理
医療法・保健師助産師看護師法: 看護業務の範囲
診療報酬・介護報酬の改定: 2年ごとに変更
特に診療報酬・介護報酬は2年ごとに改定があり、その度に算定要件が変わる。改定のキャッチアップを怠ると、不適切な請求につながりやすい。
必要な体制
- 記載項目の統一
- 訪問開始・終了時刻の明記
- 観察事項・実施事項の客観的記録
- 月次レセプト前の点検フロー
- 管理者+事務員による相互チェック
- 不明点の主治医への確認
- 顧問税理士・社会保険労務士
- レセプト代行サービス
- 訪問看護システム(ICT記録)
これらのコストは年間数十万円から数百万円かかるが、不適切請求による返還リスクと比べれば十分に回収可能な投資となる。
失敗事例パターン5: 経営者自身の業務過多
意外に多いのが、経営者自身が現場業務に追われて経営判断ができなくなるパターンである。
典型的な経過
看護師として20年のキャリアを持つベテランが、独立して訪問看護ステーションを開業する。看護スキルへの自信は十分だが、経営は未経験。
開業初期は人員不足のため、経営者自身が訪問業務に大量に入る。月の訪問件数が100件を超える状況が続き、経営判断・営業活動・スタッフ管理に時間が割けなくなる。
結果として、利用者獲得の停滞、スタッフ管理の不足、財務管理の遅れが同時発生し、開業1年で資金繰りに行き詰まる。
失敗の構造
訪問看護経営者は、「現場のプレイヤー」と「経営者」の2つの役割を兼務する難しさがある。多くの場合、看護師としての経験が長い経営者ほど、現場業務に時間を割きすぎる傾向がある。
訪問業務に没入していると、以下のような経営課題が見えなくなる。
- ケアマネジャー営業ができない
- 連携病院との関係維持ができない
- 1on1ミーティングが取れない
- スタッフの不満を察知できない
- 月次決算の確認ができない
- 資金繰り表の更新が遅れる
- 業界動向のキャッチアップ不足
- 制度改定への対応遅れ
必要な役割分担
開業から半年以内に、経営者自身の訪問件数を週10件以下に抑える計画を立てることが推奨される。
- 利用者獲得の営業活動
- スタッフ採用・面談
- 財務管理・経営会議
- 業界動向のキャッチアップ
- 制度改定への対応
- 緊急時のヘルプ
- 新規利用者の初回訪問
- 困難ケースのフォロー
- 月数件のサンプリング訪問
この役割分担ができないと、看護スキルがあっても事業継続が困難となる。
開業前に必ず確認すべきチェックリスト
ここまでの失敗パターンを踏まえ、開業前に必ず確認すべきチェックリストをまとめる。
資金面のチェック
- 自己資金が開業資金の20%以上あるか
- 運転資金1,000万円以上の確保見込みがあるか
- 日本政策金融公庫等の融資が承認されているか
- 入金タイムラグ(2か月)を考慮した資金繰り表があるか
- 開業6か月後の資金残高シミュレーションができているか
人員面のチェック
- 看護師常勤換算3名以上の確保見込みがあるか
- 管理者候補の経験・人柄に確信があるか
- 緊急時のサブスタッフ候補がリストアップされているか
- 給与水準が地域相場と整合しているか
- スタッフのキャリアパス制度を設計しているか
連携面のチェック
- 地域のケアマネジャー20事業所以上に挨拶しているか
- 連携病院3か所以上の退院支援室と接点があるか
- 開業案内資料が用意されているか
- 競合他社の状況を把握しているか
- 自ステーションの強み・差別化要素が明確か
制度面のチェック
- 医療保険・介護保険の算定要件を理解しているか
- 訪問看護記録の標準フォームが準備されているか
- レセプト業務のフローが確立されているか
- 顧問税理士・社労士が決まっているか
- 訪問看護システム(ICT)の導入計画があるか
経営者の役割
- 自身の訪問件数を週10件以下に抑える計画があるか
- 月次経営会議の枠組みが設計されているか
- 業界情報のキャッチアップ手段(メディア・セミナー等)が確保されているか
- 同業経営者との情報交換ネットワークがあるか
- 撤退判断基準を文書化しているか
このチェックリストの大半に「はい」と答えられない場合、開業は時期尚早と考えたほうがよい。
廃業率を下げるための業界動向
2026年改定の影響
2026年6月施行の診療報酬・介護報酬改定で、以下の変化が予定されている。
機能強化型訪問看護管理療養費の優遇強化
ベースアップ評価料の拡充
介護職員等処遇改善加算の新設(訪問看護に初適用)
訪問看護遠隔診療補助料(D to P with N)の新設
これらは、適正運営している中小ステーションにとって追い風となる。一方で、不適切運営や規模不足のステーションは淘汰が加速する見通しだ。
業界の集約化
訪問看護業界は、徐々に大規模法人による集約化が進んでいる。M&Aによる事業継承も増えており、事業価値の評価方法も成熟してきた。
中小ステーション経営者にとって、選択肢は以下のように広がっている。
- 大規模法人グループへの参画
- 単独運営の負担から解放
- 近隣ステーションとのオンコール連携
- 業務委託契約の活用
これらを冷静に検討することが、長期的な事業継続につながる。
まとめ
訪問看護ステーションの開業は、需要拡大の追い風がある一方で、廃業率5.6%という厳しい現実がある。資金計画の甘さ、人員確保の失敗、連携先との関係構築不足、法令遵守体制の不備、経営者の業務過多——これら5つのパターンが、廃業の典型的な構造となっている。
開業を検討される方は、本記事のチェックリストを使って自己診断していただきたい。準備不足を自覚した上で開業時期を後ろ倒しにする判断は、決して後退ではなく、長期的な成功への投資となる。
すでに運営している経営者の方も、改めて自ステーションの状態を点検する機会として活用していただきたい。早期に課題を発見して対処することが、廃業を回避する最大の予防策である。
訪問看護は、地域社会にとって不可欠なインフラだ。安易な開業ラッシュではなく、質の高い事業者が長く運営し続けられる業界となることを、現役経営者として心から願っている。
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執筆者
宮木
訪問看護ステーション経営者・救急看護認定看護師
大学病院 救命救急センター 5年 / 手術室 2年 / 大手訪問看護ステーション 5年 / 訪問看護ステーション設立・代表
小学生の頃から訪問看護師を志し、大学病院の救命救急センター・手術室で急性期医療の現場経験を積む。救急看護認定看護師の資格を取得後、大手訪問看護ステーションでの勤務を経て独立。現場と経営の両視点から、医療従事者に実践的な情報を届けます。
保有資格: 看護師免許 / 救急看護認定看護師 / BLSプロバイダー / ICLSプロバイダー
※本記事は公的統計データをもとに看護師資格保有者が執筆しています