厚生労働省が2026年6月29日の社会保障審議会・介護給付費分科会で公表した資料が、業界内で注目を集めています。
「令和7年度介護事業経営概況調査」によれば、訪問看護ステーションの令和6年度決算の収支差率(税引前・物価高騰対策関連補助金を含まない)は10.3%。全介護サービスの収支差率平均4.7%を大きく上回り、居宅・地域密着型・施設サービスを含めた介護保険サービス全体で最も高い水準となりました。
同時期に公表された厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」2024年結果では、訪問看護ステーション数は前年比9.9%増の1万8,042事業所と、過去最多を更新。前年から1,619カ所の増加でした。
「収支差率10.3%」と「事業所数1万8,042・過去最多」——2つの数字が業界に何を語っているのか、丁寧に読み解いていきます。
まず、収支差率10.3%という数字が何を示すのか整理します。
収支差率は、事業体の収益性を測る代表的な指標です。売上に対する利益の割合に近い概念で、事業の持続可能性を判断する基礎データとなります。全介護サービスの平均が4.7%、訪問介護6.7%、訪問リハビリテーション5.3%、通所介護4.4%といった水準の中で、訪問看護の10.3%は突出した高水準です。
一般企業の営業利益率と比較すると、飲食業3〜5%、小売業2〜3%、製造業5〜10%が目安。訪問看護の10.3%は、営利企業でも十分に評価される収益性です。
ただし、この数字を「訪問看護は儲かる業界」と単純に読むのは早計です。年度によって変動幅が大きく、令和5年度は6.2%だった水準が、令和6年度に10.3%まで上昇した経緯があります。単年度の数値だけで経営判断をせず、複数年の推移で見る必要があります。
事業所数1万8,042という数字も、業界の姿を示す重要な指標です。
15年前(2011年)に約6,000カ所だった業界規模が、約3倍に拡大した現在の姿です。前年比9.9%増の伸び率は、居宅サービス全体の中で群を抜いています。同期間の訪問介護事業所は前年比1.0%増(359事業所増)にとどまっており、両者の乖離が顕著です。
背景には、需要側と供給側の両方の要因があります。需要側では、85歳以上人口の急増、地域包括ケアの本格運用、病院の在宅シフト、看取り需要の拡大が続いています。供給側では、参入時のイニシャルコストの低さ、多様な事業主体の参入、投資ファンドの参入、フランチャイズ展開などが事業所数の急拡大を支えています。
「拡大する市場」と「収益性の高さ」が同時に成立している業界は、他の介護サービスには見られない構造です。
一方で、この2つの数字の裏側には、業界の構造的問題も潜んでいます。
第一に、収支差率10.3%の中身は事業所間で大きく分散しています。機能強化型を取得し高い加算算定を維持する事業所と、通常型で経営が綱渡り状態の事業所では、実際の収支差率が大きく異なります。「平均10.3%」は、業界内での格差の平均値でもあります。
第二に、事業所数の増加と同時に廃業・休止も増えています。全国訪問看護事業協会の調査によれば、廃止701件・休止291件はいずれも過去最多を記録。新規参入は活発ですが、継続の難しさが構造化しています。
第三に、収益性の高さは看護師の処遇改善に十分反映されていません。日本看護協会の調査では、看護師の基本給は2012年からの13年間で6,000円しか上昇していません。事業体としての収益性と、そこで働く看護師個人の処遇の間に、明らかな乖離があります。
第四に、業界の急拡大が不正請求問題の温床となった側面もあります。2025年のサンウェルズ約28億円超不正請求、医心館疑惑など、業界の信頼性を揺るがす事案が続きました。
こうした数字を経営者・管理者として活かす視点も整理しておきます。
まず、業界平均10.3%は「目標」であって「実態」ではありません。自ステーションの収支差率が10.3%を下回っていれば、業界平均に届いていないことになります。「儲かっている業界」の平均に届かない経営には、何らかの構造的な理由があるはずです。単価、稼働率、加算取得、人件費率——分解して原因を特定する必要があります。
一方、自ステーションが10.3%を上回っていても、油断はできません。年度による変動、業界の二極化、政策動向による報酬見直しなど、収益環境は継続的に変化します。特に2027年通常改定では、報酬構造の見直しが議論されており、現在の高収益性が続く保証はありません。
事業所数1万8,042という業界規模の中で、自ステーションがどこに位置するかを継続的に把握することが、経営判断の基礎となります。
厚労省が公表した「収支差率10.3%」と「事業所数1万8,042・過去最多」は、訪問看護業界が介護サービスで最も高収益な業界であることを示しています。同時に、業界の急拡大、事業所間の格差、廃業・休止の増加、看護師処遇との乖離、不正請求問題——複数の構造的問題が潜んでいることも示しています。
数字は業界の姿を語りますが、そのすべてを語るわけではありません。「業界平均は10.3%」という数字を、自ステーションの経営や業界全体の理解にどう活かすか——それは、数字を受け取った側の解釈と行動にかかっています。
なお、本記事のデータは厚生労働省「令和7年度介護事業経営概況調査」「介護サービス施設・事業所調査」(2024年結果)、全国訪問看護事業協会の調査、日本看護協会の発表に基づいています。最新の情報は各機関の公式発表でご確認ください。