BCP研修の資料を作ろうとして、手が止まる。訪問看護ステーションの管理者から、この話を何度も聞く。
理由ははっきりしている。BCPそのものが分厚いからだ。感染症編と自然災害編に分かれ、それぞれに体制、対応、平時の備え、復旧が書かれている。あれを全部研修で説明しようとすれば、資料は何十枚にもなり、聞く側も一度では覚えられない。
だから、資料から作ってはいけない。先に決めるべきは、その研修で職員に何ができるようになってほしいかである。
まず制度の位置づけを整理する。
介護保険の運営基準は、BCPの策定に加えて、その内容についての研修と訓練を定期的に実施することを求めている。感染症についても同様の規定がある。当メディアでBCPの義務化を扱った際に書いたとおり、策定していない事業所には減算が適用される。
ここで見落とされやすいのが、研修と訓練が別の行為として求められている点だ。
研修は、BCPの内容を職員に周知し、理解させること。座学が中心になる。訓練は、実際に手足を動かして手順を確かめること。安否確認の連絡を実際に回す、参集の可否を確認する、といった行為である。
どちらも定期的に実施し、記録を残す。運営指導で確認されるのは、計画そのものよりも、この記録であることが多い。当メディアで運営指導を扱った際に書いたが、実施したが記録がない状態は、実施していないことと同じに扱われる。
訪問看護ステーションの職員を集められる時間は長くない。全員が事務所に揃う機会自体が限られる。当メディアで直行直帰の記事を書いたとおり、そもそも顔を合わせない働き方が広がっている。
現実的な設計は、45分である。この45分に何を入れるか。
最初の10分は、BCPが何のためにあるかを伝える。災害時にサービスを止めないためであり、止めざるを得ない場合に何から止めるかを決めておくためだと説明する。全利用者に平時と同じ訪問はできない。その前提を共有しないまま手順だけ教えても、当日に判断できない。
次の15分で、自分の役割を確認させる。BCPには対策本部の構成と、誰が何を担当するかが書かれている。管理者が不在のときに誰が指揮を執るか。安否確認の担当は誰か。この部分だけを抜き出して、参加者全員に自分の名前がどこに書かれているかを確認させる。
続く15分で、優先順位を確認する。災害時に訪問を継続する利用者、間隔を空ける利用者、電話対応に切り替える利用者。この区分を事業所として決めているなら、その基準を示す。決めていないなら、その場で議論する。人工呼吸器や在宅酸素を使う利用者、独居で医療処置がある利用者から順に並ぶはずだ。
最後の5分で、連絡手段を確認する。電話が通じないときに何を使うか。連絡網は最新か。個人の携帯番号は共有されているか。
これで45分になる。資料はA4で数枚あれば足りる。BCPの本体を配って読ませるのではなく、その日に確認する部分だけを抜き出す。
訓練は、研修よりさらに短い時間で成立する。
最も簡単で効果があるのは、安否確認の連絡訓練だ。事前に予告せず、ある日の朝に「訓練です。安否と参集可否を返信してください」と一斉に送る。返信が何分で揃うか、誰から返信がないかを記録する。
これだけで、連絡網が生きているか、職員が手順を覚えているかが分かる。返信がない職員がいれば、連絡先が古いのか、手順を知らないのかを個別に確認する。訓練の目的は成功することではなく、穴を見つけることにある。
次の段階として、机上訓練がある。「震度6弱の地震が朝7時に発生した」という想定を示し、自分ならどう動くかを各自に書かせる。10分書かせて、10分で共有する。管理者が答えを持っている必要はない。動けない場面が出てくれば、それがBCPの改訂点になる。
参集訓練を実際に行う事業所もあるが、訪問看護は職員が各地から通う。実際に集まる訓練は負担が大きい。参集可否の確認までで足りる。
研修も訓練も、記録がなければ実施の証明にならない。残すべきは3点である。
一つ目、実施の事実。日時、場所、実施方法、所要時間。オンラインで実施したならその旨も書く。
二つ目、参加者。氏名と職種。参加できなかった職員がいれば、その職員にいつどのように内容を伝えたかも書く。全員参加が難しい訪問看護では、後日の個別伝達が現実的な運用になる。この補完まで記録して初めて、全職員への周知が成立する。
三つ目、内容と気づき。何を扱ったか。訓練であれば結果の数字、たとえば安否確認の返信が揃うまでに要した時間、返信のなかった人数。そして、そこから見つかった課題と、それをBCPのどこに反映するか。
三つ目が最も重要だ。実施したという事実だけの記録は、形式を満たしているにすぎない。課題を見つけ、計画を直した形跡があるかどうかで、その事業所がBCPを機能させているかが分かる。
厚生労働省は介護事業所向けのBCPガイドラインと様式、研修用の動画を公開している。全国訪問看護事業協会や都道府県の看護協会も、研修資料を提供していることがある。
こうした資料を使うのは合理的だ。ただし、そのまま流して終わらせると意味がない。汎用の資料は、どの事業所にも当てはまる一般論で書かれている。自分の事業所の対策本部の名前も、担当者も、利用者の優先順位も入っていない。
外部の資料を使う場合は、前半で一般論を流し、後半で自事業所の該当箇所を確認する構成にする。「では、うちの安否確認の担当は誰ですか」と問いかけるだけで、汎用の資料が自分たちの研修になる。
管理者が講師をする事業所が多い。ただ、これには弊害がある。
BCPを知っているのが管理者だけになる。当メディアで管理者の退職が廃止理由の第2位であることを書いたが、災害時に管理者が被災していれば、BCPを説明できる人が誰もいなくなる。
対策は単純で、講師を持ち回りにすることだ。今回は管理者、次回は主任、その次は別の看護師。担当になった職員は、説明するためにBCPを読む。それ自体が最も濃い研修になる。
年に2回実施するなら、1回は管理者以外が担当する。それだけで、BCPを理解している職員が事業所内に増えていく。
運営基準は定期的な実施を求めるが、回数を具体的に定めてはいない。感染症の研修については年2回以上とする考え方が示されており、BCPについても年1回以上、可能なら年2回が一つの目安になる。
多くの事業所にとって現実的なのは、年1回の研修と年1回の訓練だろう。45分の研修と、30分の机上訓練。合わせて年に1時間15分。この程度なら、業務のなかに組み込める。
BCPは、作った時点では紙である。研修と訓練を通して職員の頭に入り、実際に動ける状態になって初めて計画になる。当メディアで千葉豪雨の災害特例を扱った際、BCPの中に算定と請求の特例という項目が要ると書いた。研修の題材にも使える。指示書が切れたらどうするか、避難所の利用者を訪問して算定できるか。実務に直結する問いは、職員の関心も引く。
資料が完成していなくても、45分の枠を押さえて日程を決めれば、研修は動き出す。順序が逆になっている事業所が多い。