訪問看護ステーションの経営課題を並べた記事は多い。人材不足、定着、加算取得、DX、事業承継。どれも間違ってはいないが、書き手はたいていコンサルティング会社であり、根拠は自社が支援してきた事業所の経験である。
そこに、性質の違う資料が出た。日本健康医学会誌の2026年35巻1号に掲載された原著論文である。自ら訪問看護事業所を起業して管理者となった看護師10名に半構造化面接を行い、起業時の困難と対処、望まれる支援を質的帰納的に分析したものだ。
査読を経た研究であり、10人の語りから抽出されたカテゴリには、支援する側の立場が入っていない。起業した本人が何に困ったかが、そのまま並んでいる。当メディアで開業の経済性を扱った際、初期投資が数百万円規模で始められると書いた。始められることと、続けられることは別だという話である。
論文が抽出した困難は5カテゴリ。公開されている抄録で名称が確認できるのは、そのうち3つである。
余裕のある運営資金の確保。起業・運営に関わる必須かつ詳密な事務管理。事業所の考えと職員の思いがマッチした組織づくり。
金、事務、人。順序も含めて、開業した経営者が直面する順番そのものだと言っていい。以下、それぞれについて、研究が拾った個別の語りを見ていく。
資金について、対象者の一人はこう振り返っている。運営に必要な手持ち資金も職員の給与額も、まったく考えずに自分の感覚で決めていた、と。
別の対象者は、訪問看護やケアマネジャーの経験は積んできたが、法人を起こすことについては知識も経験もなかったと語る。さらに別の対象者は、法人が危機的な状況になったときにどう経営すればよいのか、知識が足りなかったと述べている。
看護の経験と、法人経営の知識は別物である。当たり前のようだが、訪問看護は看護師が指定を受けて開設できる事業であり、経営を学ぶ機会を経ずに経営者になる人が構造的に多い。医師が診療所を開くときには医師会や医療コンサルタントの支援網があるが、看護師の起業にはそれに相当する仕組みが薄い。
対処のカテゴリには「苦労しながらの資金工面」「収支の先行きを踏まえた利用者の獲得」が含まれている。工面という言葉が使われていることに注目したい。計画的な調達ではなく、足りなくなってから何とかする。それが実態として抽出されている。
二つ目のカテゴリの表現が正確だ。起業・運営に関わる必須かつ詳密な事務管理。
訪問看護の事務は、指定申請、労務、そしてレセプト請求である。当メディアで実施時間の記載や精神科訪問看護の同一建物区分を扱ってきたが、算定ルールは改定のたびに細かくなる。建物ごとの人数、月内の日数の境目、指示書の有効期間、加算の届出。一つ間違えれば返戻になり、届出漏れがあれば算定できない。
病棟の看護師長を経験していても、レセプトを触ったことがある人はまずいない。研究が望まれる支援として「介護・医療保険請求の実務研修」を挙げているのは、この空白を反映している。
開業前に必要なのは、経営理念より先にレセプトの実務である。冷たい言い方に聞こえるかもしれないが、請求できなければ理念を実現する原資が入らない。
三つ目が組織である。事業所の考えと職員の思いがマッチした組織づくり。
研究が拾った語りのなかで、最も示唆的なものを紹介する。ある管理者は、事業所に立ち寄る人のために弁当を用意していたところ、職員から自分たちが働いた金を使われていると受け取られた、という趣旨を語っている。
経営者にとっては営業活動であり、地域との関係を作る投資である。職員にとっては、自分たちの訪問で得た収入の使途である。同じ支出が、立場によってまったく違って見える。
訪問看護の職員は、自分が何件訪問したかを知っている。事業所の収入の構造も、おおよそ想像がつく。だからこそ、支出の説明が必要になる。当メディアで離職の構造を扱った際、辞める理由の共通項を孤独と整理したが、経営への不信もまた離職の入口になる。
もう一つ。共同経営者との関係だ。ともに運営したパートナーと事業方針や経営感覚が異なり、それが会社の継続の障壁になったという語りがある。
二人で始める訪問看護は珍しくない。病棟時代の同僚と、志を共有して起業する。その志が経営の局面で分かれたとき、株式の持分と決定権の設計をしていなければ、事業そのものが止まる。開業時に契約書を作ることを、多くの人は不要な儀式だと考える。
研究の語りには、外部との関係の困難も現れている。
一つは医師との関係だ。事業所の開設時に、看護師を軽視する医師の理解を得ながら仕事を進めるのが大変だったという証言がある。当メディアで訪問看護指示書と医師会の関係を論じたとおり、指示書がなければ訪問看護は一件も提供できない。制度上、訪問看護は医師の指示に依存している。その非対称が、開業時の交渉に現れる。
もう一つが、依頼の途絶である。自分が任命した管理者の姿勢が、他事業所やケアマネジャーから相談しにくいものであったために、新規の依頼が来なくなったという語りがある。
訪問看護の新規依頼は、ケアマネジャーと病院の退院支援部門から来る。当メディアでケアマネジャーとの関係を扱ったが、依頼が減る理由が明示されることはまずない。ただ静かに、電話が鳴らなくなる。理由を教えてもらえないまま、稼働率が落ちていく。
経営者が現場から離れるほど、この変化に気づくのが遅れる。任命した管理者を通じて外部からどう見えているかは、経営者が最も把握しにくい情報である。
研究は、起業する際に望まれる支援として7カテゴリを抽出した。確認できる範囲では、経営に関する知識習得の場、起業前の資金調達情報の提供、介護・医療保険請求の実務研修が含まれる。
三つとも、開業前に学べる場が乏しい領域である。看護管理者研修は各地で開かれているが、扱うのは組織管理と看護の質であり、資金調達やレセプトではない。制度の説明会は行政が開くが、事業計画の立て方までは教えない。
日本看護協会の調査によると、2024年度の訪問看護ステーションの求人倍率は4.54倍と、全施設種別のなかで最も高い。求人を4件出して応募が1人に満たない環境で、経営を学ぶ機会もないまま起業する。開業が容易であることと、経営が容易であることは、まったく別の話だと分かる。
最後に、この研究の証言を統計と重ねてみる。
厚生労働省の分科会資料が示した訪問看護ステーションの廃止理由は、従業員確保が困難22.7%、管理職が退職17.6%、利用者が少なく経営維持が困難14.9%、人員基準に満たなくなった11.0%だった。当メディアで倒産統計を扱った際に紹介した数字である。
研究が拾った困難は、この統計の手前にある。資金を感覚で決めた事業所が、利用者が少なく経営を維持できなくなる。職員との溝を放置した事業所が、従業員を確保できなくなる。任命した管理者を通じた外部の評価に気づかなかった事業所が、依頼を失う。
廃止届886件という数字の一つひとつに、この研究が拾ったような語りがあると考えたほうがいい。統計は結果だけを示すが、質的研究は過程を示す。
起業を考えている看護師には、この論文を読むことを勧める。10人が何に困り、何をして、何があれば助かったと言っているか。開業のセミナーで聞く成功談より、はるかに実用的である。