訪問看護ステーション数が、ついに約15,700か所を超え過去最多を更新した。2010年時点で約5,700か所だった事業所数が、わずか15年で約2.7倍に膨らんだ計算となる。在宅医療シフトの追い風、診療報酬改定での評価強化、社会的需要の急増——複数の要因が重なり、訪問看護は確実に成長分野として確立しつつある。
しかし、経営者として10年余り運営してきた私から見ると、この数字は単純に喜べる内容ではない。同じ期間に廃業率も上昇しており、新規開設の3分の1近くが1年以内に消えていく現実がある。需要拡大の表面の裏で、業界の二極化が確実に進んでいる。
本記事では、訪問看護ステーション急増の構造を整理し、これから生き残る事業者の条件を考察する。
まず公開データから事業所数の推移を確認する。
一般社団法人全国訪問看護事業協会の調査結果によれば、訪問看護ステーション数の推移は以下のとおりとなっている。
2010年: 約5,700か所 2015年: 約8,500か所 2020年: 約12,000か所 2024年4月時点: 約17,800か所 2026年現在: 約15,700か所超(報道ベース)
15年間で約3倍に成長した分野は、医療・介護業界全体を見渡しても珍しい。需要拡大期の特徴的な成長カーブを描いている。
ただし、新規開設だけが進んでいるわけではない。同協会の2024年度調査によれば以下の通り。
2023年度の新規開業数: 2,437件 2023年度の廃止数: 701件 2023年度の休止数: 291件 廃止・休止合計: 992件
新規開業の約4割が廃止または休止となる計算だ。「新規開業 2,437件、純増 1,445件」というのが実態となる。
中小企業庁「中小企業白書」によれば、2022年度の全業種平均の廃業率は3.3%。一方、訪問看護ステーションの廃業率は2023年度時点で5.6%(全国訪問看護事業協会データに基づく計算)。全業種平均を大きく上回る水準で、需要拡大分野でありながら経営難リスクが高い構造を示している。
訪問看護ステーション急増には、複数の構造的要因が重なっている。
日本の高齢化率は2024年時点で29%を超え、世界最高水準にある。さらに2025年からの「団塊世代後期高齢化」により、後期高齢者(75歳以上)が急増する局面に入った。
国は「地域包括ケアシステム」の構築を進め、入院から在宅への医療シフトを政策的に推進している。訪問看護はこの政策の中核を担う事業として位置づけられており、社会的需要が確実に拡大している。
訪問看護ステーションの開業要件は、看護師2.5名(常勤換算)の配置と最低500万円程度の初期投資。これは他の医療系事業と比較して、参入障壁が低い水準である。
加えて、訪問看護は医療保険・介護保険の両方の対象となるため、収益源が複数確保できる構造になっている。経営知識の少ない看護師個人でも参入しやすい設計が、急増を後押しした。
これまで非営利法人(医療法人、社会福祉法人等)が中心だった訪問看護業界に、近年は営利法人の参入が急増している。
株式会社化したベンチャー、訪問看護システムベンダーの直営、有料老人ホーム運営企業の参入など、ビジネスとして訪問看護を捉える事業者が増えた。これにより、新規開設の絶対数が押し上げられている。
2018年以降の診療報酬・介護報酬改定では、訪問看護への評価強化が継続的に行われてきた。
機能強化型訪問看護管理療養費の創設、24時間対応体制加算の拡充、特別管理加算の充実、看護体制強化加算の新設、ベースアップ評価料の導入など、収益機会の拡大が続いている。
2026年6月施行の改定でも、介護職員等処遇改善加算が訪問看護に初適用されるなど、評価強化の流れは継続している。
ステーション数増加の表面的なニュースの裏で、業界では明確な二極化が進行している。
一方の極: 機能強化型・大規模化
もう一方の極: 小規模・苦戦型
中間の事業者が徐々に減り、両極に分散していく構造が見える。
2026年6月施行の診療報酬改定では、この二極化を加速する方向性が明確化された。
機能強化型への評価:
機能強化型1と通常型では、月当たり5,790円の差。利用者100名のステーションで月57万9,000円、年間695万円の収益差が生まれる計算となる。
加えて、ベースアップ評価料の引き上げ、介護職員等処遇改善加算の新設(1.8%)、D to P with N(訪問看護遠隔診療補助料)の創設など、複数の収益機会が加わる。これらを取りに行ける事業者と、取りこぼす事業者の差が拡大する。
機能強化型を志向する事業者の中には、規模拡大のために M&A や事業統合に動くケースが増えている。
大規模法人グループによる中小ステーションの買収、地域内ステーション同士の統合、医療法人による訪問看護事業の取り込みなど、業界再編の動きが活発化している。
数の増加と並行して、質の問題も顕在化している。
2025年2月、東証プライム上場のサンウェルズが約28億円超の診療報酬不正請求を認めた。続いて医心館でも同様の疑惑が報じられ、ホスピス型住宅併設ステーションのビジネスモデル全体に疑問が投げかけられた。
日本在宅医療連合学会が医師493名を対象に実施した調査では、約4割の医師が「ホスピス型住宅から虚偽の病名や過剰な訪問回数を求められた経験がある」と回答。業界の構造的問題が明らかになった。
2026年1月、厚生労働省は健康保険法に基づく全国一斉調査を開始した。各都道府県の代表的なステーション、特にホスピス型住宅併設や精神科訪問看護を中心に、不適切請求の実態解明が進められている。
直接の調査対象ではないステーションも、業界全体の透明性が問われる時代に入った。これまでグレーゾーンで運営してきた事業者は、自己点検と是正が急務となっている。
数の問題と並行して、看護師の処遇改善も大きなテーマだ。
日本看護協会の調査によれば、看護師の基本給は2012年から2024年までの12年間で約6,000円の増加にとどまっている。これは月平均500円の上昇率で、物価上昇を考えれば実質的に賃金は下落している計算となる。
訪問看護師の処遇は、病棟看護師と比較しても優位とは言えない状況が続いている。優秀な人材を確保・定着させるためには、処遇改善が経営者の最重要課題となる。
ここまでの構造を踏まえ、これから生き残る事業者の条件を整理する。
通常型のままでは、収益基盤が脆弱で長期的な経営安定が難しい。機能強化型1〜4のいずれかを取得することが、第一の生存条件となる。
機能強化型の主な要件は以下の通り。
機能強化型3(最も取得しやすい):
機能強化型2(中堅レベル):
機能強化型1(最上位):
機能強化型3からの段階的な格上げを計画することが、現実的なステップとなる。
機能強化型の取得要件のすべてが、看護師数と経験年数に紐づいている。スタッフの定着なくして、機能強化型の取得はできない。
定着率を高める要素:
労働条件の改善:
キャリア支援:
職場環境:
これらへの投資は短期的にコスト増だが、3年後の経営差として確実に現れる。
機能強化型の要件の一部に、ICT活用が含まれる。また、2026年改定で新設される医療DX加算、D to P with N等の算定にも、ICT環境が前提となる。
優先順位の高い投資項目:
電子記録システム:
カルテ連携:
オンライン会議システム:
これらのICT投資は月数万円から十数万円かかるが、業務効率化と算定機会拡大で十分回収可能となる。
業界内での認知獲得が、利用者紹介の安定化につながる。
発信手段の例:
地域での発信:
専門領域での発信:
オンラインでの発信:
ステーションの「強み」「専門性」を発信することで、地域内での認知が高まり、連携先からの紹介が安定化する。
すべてのステーションが機能強化型を目指せるわけではない。地域性、規模、経営者の状況により、別の選択肢を検討する場合がある。
選択肢1: 単独運営の継続(ニッチ特化)
選択肢2: 連携・提携
選択肢3: M&A による事業継承
どの選択肢を取るかは経営者の判断だが、選択肢を持つこと自体が経営の安定につながる。
最後に、業界の将来予測を整理しておきたい。
現在の増加ペースが続けば、以下のような見通しが立つ(あくまで現状トレンドの延長線上の試算)。
2030年: 約25,000か所 2035年: 約32,000か所
ただし、業界の二極化が進めば、純増数は徐々に鈍化していく可能性が高い。実際の数字はこの予測より低くなる可能性もある。
訪問看護利用者数も拡大が続く。
2024年現在: 訪問看護利用者は月延べ約100万人(医療保険・介護保険合算) 2030年見通し: 月延べ約130万人前後 2035年見通し: 月延べ約160万人前後
利用者の拡大ペースは、団塊世代の後期高齢化により2030年前後にピークを迎える可能性がある。
ステーション数の増加が利用者数の増加を上回る期間が続けば、一事業所あたりの平均利用者数は徐々に減少する。
2024年: 平均利用者数 約56名/ステーション 2030年予測: 平均利用者数 約52名/ステーション
これは平均値であり、機能強化型はより多くの利用者を抱える一方、通常型は利用者確保に苦戦する構造となる。二極化はさらに進む可能性が高い。
訪問看護ステーション数が約15,700か所を超え過去最多を更新した。これは在宅医療シフトの追い風で、業界全体が成長分野であることを示す数字である。
ただし、表面の数字の裏で、業界の二極化が確実に進行している。機能強化型・大規模化の事業者と、小規模・苦戦型の事業者の差は今後さらに拡大する見通しだ。2026年6月施行の改定は、この二極化を加速する制度設計となっている。
経営者として、自ステーションをどの方向に持っていくかの判断が、これからの3〜5年で問われることになる。機能強化型を志向するか、ニッチ特化で生き残るか、連携・統合で規模拡大するか、あるいは事業承継で次の段階に進むか。
どの選択を取るにせよ、看護師の定着と質の高い看護の提供が、長期的な経営安定の基盤となることは間違いない。数の拡大の時代から、質の競争の時代へ。訪問看護業界は今、確実にその転換点に立っている。
経営者として、表面のニュースに惑わされず、自ステーションの数字と向き合い、3年後5年後を見据えた判断を積み重ねていきたい。HokanPressでは、引き続き訪問看護経営の本質的なテーマを発信していく。