公益社団法人日本看護協会のニュースリリースによると、新卒看護職員の離職率が2年ぶりに10%台から8%台へ改善した。さらに、約4割の病院が多様な働き方を導入していることも明らかになった。
看護師不足が深刻化する中で、この離職率改善は業界全体にとって明るいニュースである。同時に、人材確保が最大の経営課題である訪問看護ステーション経営者にとっては、「定着の本質」を学ぶ貴重な手がかりでもある。
私自身、訪問看護ステーション経営者として10年余り運営してきた中で、人材の確保と定着には常に頭を悩ませてきた。採用に苦労し、せっかく採用した看護師が早期に離職する痛みも、何度も経験した。
本記事では、新卒看護師の離職率改善の背景を整理し、訪問看護ステーション経営者として、そこから何を学ぶべきかを考察する。
まず、日本看護協会が発表した数字を確認する。
日本看護協会のニュースリリースによれば、新卒看護職員の離職率は以下のように改善した。
新卒看護師の離職率が改善したことは、看護師の定着に向けた取り組みが、一定の成果を上げ始めていることを示している。
離職率改善の背景には、複数の要因がある。
第一に、多様な働き方の導入。約4割の病院が、短時間勤務、夜勤専従、日勤専従、選択的シフトなど、多様な働き方を導入したことが、定着につながったと考えられる。
第二に、新人教育体制の充実。プリセプター制度、新人研修プログラム、メンタルサポート体制など、新人看護師を支える仕組みが整備されてきた。
第三に、働き方改革の進展。労働時間の管理、有給休暇の取得促進、ハラスメント対策など、労働環境の改善が進んだ。
これらの取り組みが複合的に作用して、離職率の改善につながったと推察される。
ただし、看護師業界全体の課題が解決したわけではない。
日本看護協会の別の発表によれば、看護師の基本給は2012年から2024年までの12年間で、わずか約6,000円の増加にとどまっている。業務に見合わない賃金の低さが、就業継続を困難にしている構造は依然として残っている。
新卒看護師の離職率改善は明るいニュースだが、看護師全体の処遇改善という大きな課題は、まだ道半ばである。
ここで、訪問看護ステーションにおける離職の現実を整理する。
訪問看護ステーションは、人材確保において特有の難しさを抱えている。
採用面の難しさ:
定着面の難しさ:
これらの要因が複合的に作用して、訪問看護師の離職リスクは病棟看護師より高い側面がある。
訪問看護師1名の離職は、経営に大きなインパクトを与える。
直接的なコスト:
間接的なコスト:
訪問看護師1名の採用・教育には、年収の20〜30%相当のコストがかかるとされる。離職率を下げることは、経営の安定に直結する。
離職率が高いステーションと低いステーションでは、経営状況に大きな差が生まれる。
離職率が高いステーション:
離職率が低いステーション:
経営者として、離職率は最重要のKPIの一つである。
新卒看護師の離職率改善の背景から、訪問看護ステーション経営者が学ぶべき教訓を整理する。
新卒看護師の離職率改善の最大の要因は、多様な働き方の導入だった。これは訪問看護ステーションにも応用できる。
訪問看護で導入できる多様な働き方:
一律の働き方を強制するのではなく、看護師一人ひとりのライフステージに応じた柔軟な働き方を用意することが、定着につながる。
私が運営するステーションでも、子育て中の看護師には短時間勤務とオンコール免除を、ベテラン看護師には日勤専従の選択肢を用意している。これにより、多様な人材が長く働き続けられる環境を作っている。
新卒看護師の離職率改善には、新人教育体制の充実も寄与した。訪問看護ステーションでも、新人教育は定着の鍵となる。
訪問看護での新人教育のポイント:
新人を「即戦力」として扱うのではなく、時間をかけて育てる姿勢が、結果として定着率を高める。
働き方改革の進展も、離職率改善に貢献した。訪問看護ステーションでも、労働環境の改善は最重要課題である。
訪問看護で改善すべき労働環境:
特にオンコール負担は、訪問看護師の離職の主因の一つである。オンコール体制の見直し、複数ステーションでの連携、ICT活用による効率化など、複合的な対策が必要となる。
新人看護師が安心して働ける環境作りが、離職率改善につながった。訪問看護ステーションでも、心理的安全性の確保は重要である。
心理的安全性を高める要素:
訪問看護は一人で判断する場面が多いからこそ、「困ったらすぐ相談していい」という心理的安全性が、看護師の安心と定着につながる。
看護師の処遇改善は、依然として大きな課題である。訪問看護ステーションでも、処遇改善への取り組みが定着の基盤となる。
訪問看護での処遇改善:
2026年6月施行の改定で、訪問看護にも介護職員等処遇改善加算が新設される。この機会を活用して、看護師の処遇を実質的に改善することが、定着につながる。
ここから、訪問看護ステーション経営者として実践すべき定着戦略を整理する。
定着は、採用段階から始まる。採用時のミスマッチが、早期離職の最大の原因である。
ミスマッチ防止のポイント:
「いいことばかり」を伝えて採用すると、入職後のギャップで早期離職につながる。誠実な情報提供が、長期的な定着の基盤となる。
入職後の最初の3か月が、定着の分かれ目となる。この期間のオンボーディング(受け入れ・定着支援)を充実させる。
オンボーディングの要素:
最初の3か月で「このステーションで働き続けたい」と思ってもらえるかが、定着の鍵となる。
看護師が「このステーションで成長できる」と感じられることが、長期的な定着につながる。
キャリアパスの要素:
「ずっと同じ仕事」ではなく、「成長できる環境」を示すことが、定着につながる。
経営者・管理者と看護師の定期的な対話が、定着の基盤となる。
対話の仕組み:
対話を通じて、看護師の不満・不安・希望を早期に把握し、対応することが、離職の予防につながる。
最終的に、処遇への継続投資が定着を支える。
処遇投資の項目:
「この待遇なら続けたい」と思える処遇を提供することが、定着の土台となる。
定着戦略を実践する経営者として、持つべき視点を整理する。
新しい人を採用するより、今いる人に長く働いてもらうほうが、はるかにコスト効率が良い。
採用コストと定着投資を比較すると、定着への投資のほうが、長期的にはるかに高いリターンを生む。経営者として、「採用」より「定着」に経営資源を振り向ける発想が重要である。
離職を「感覚」で捉えるのではなく、数字で管理する。
管理すべき数字:
これらを月次・年次で把握することで、定着への取り組みの効果を検証できる。
離職は、ある日突然起こるのではない。必ず予兆がある。
離職の予兆:
経営者・管理者として、これらの予兆を早期に察知し、対応することが、離職の予防につながる。
看護師が「辞めたい」と思った時に、それを経営者・管理者に相談できる関係を作ることが重要である。
相談できる関係があれば:
「辞めたい」を言い出せない雰囲気が、突然の離職を生む。日頃から、何でも相談できる関係を築くことが重要である。
それでも、人は辞める。ライフステージの変化、キャリアの方向転換、家庭の事情など、様々な理由で離職は発生する。
辞める人を責めるのではなく、円満に送り出す姿勢が重要である。
円満な退職のメリット:
「辞める人を大切にする」ことが、結果として「残る人を大切にする」ことにもつながる。
ここで、経営者の立場を離れて、看護師個人にもメッセージを送りたい。
訪問看護師として働く中で、「辞めたい」と感じる瞬間は、誰にでもある。それは弱さではなく、自然な感情である。
「辞めたい」と感じたら、まず信頼できる人に相談してほしい。一人で抱え込まず、経営者・管理者、同僚、家族、友人など、誰かに話すことで、解決の糸口が見つかることもある。
新卒看護師の離職率改善の背景にあった「多様な働き方」は、すべての看護師が持つべき選択肢である。
短時間勤務、日勤専従、週3〜4日勤務など、自分のライフステージに合った働き方を選ぶことは、看護師の正当な権利である。今の働き方が合わないと感じたら、働き方の変更を相談することも選択肢である。
それでも、今の職場が合わないと感じたら、環境を変える選択もある。
転職、異動、一時的な離職など、自分に合った環境を求めることは、決して逃げではない。看護師資格は消えない。何度でもやり直せる。
自分の心と体を大切にしながら、長く看護を続けられる環境を、ぜひ見つけてほしい。
新卒看護師の離職率が8%台に改善したことは、看護業界全体にとって明るいニュースである。多様な働き方の導入、新人教育体制の充実、労働環境の改善——これらの取り組みが、定着につながった。
訪問看護ステーション経営者として、この改善から学ぶべきことは多い。多様な働き方の導入、新人教育の充実、労働環境の改善、心理的安全性の確保、処遇改善への取り組み——これらすべてが、訪問看護師の定着につながる。
人材確保が最大の経営課題である訪問看護業界において、「定着」は経営の生命線である。採用に追われるのではなく、今いる看護師に長く働いてもらえる環境を作ることが、結果として経営の安定とサービスの質向上につながる。
2026年6月施行の処遇改善加算をはじめとする制度変更を活用しながら、訪問看護師が安心して長く働ける環境を作っていくことが、これからの訪問看護経営の鍵となる。