訪問看護師の仕事は、処置をすることだけではありません。私がいつも、何よりも大切にしていること。それは、「気づくこと」です。
家に上がり、その人の暮らしを見て、前回との、ほんの小さな違いに気づく。顔色が少し悪い。先週よりむくみが強い。声に、いつもの元気がない。そうした小さな気づきが、悪化を防ぎ、ときには入院を防ぎます。
今日は、レセプトの数字には表れにくい、けれど訪問看護の核心にある、この「観察」と「気づき」について、そしてそれを支える多職種のチームについて、現場からお話しさせてください。
病院であれば、モニターがあり、検査があり、数値が常に目の前にあります。けれど在宅では、そうはいきません。私が、自分の目と、手と、その人との会話から、状態を捉えていきます。
そして、家に上がるからこそ、見えてくるものがあります。台所に置かれた食事の様子、薬の減り方、部屋の片づき具合、そして家族の表情。バイタルの数字だけでは分からない、暮らしそのものが、その人の状態を静かに語っています。
大切なのは、前回との比較です。単発の数値が正常かどうかだけを見るのではありません。「前に伺ったときと比べて、どうか」。その変化を捉えることが、訪問看護の観察なのだと思います。血圧の数字が同じでも、表情や動きが違えば、そこには何かが起きている。その違和感を、見逃さないようにしています。
なぜ、そこまで小さな変化にこだわるのか。それは、その変化が、実は重大なサインの始まりであることが、少なくないからです。
たとえば、心不全を抱える方を思い浮かべてみます。数日のうちに体重が1キロから2キロ増える。少し動いただけで息が上がりやすくなる。足のむくみが出てくる。食欲が落ちる。一つひとつは、軽い変化に見えるかもしれません。けれど、これらは、心不全が悪くなり始めた、初期のサインであることがあるのです。
こうした兆候に早く気づき、対応できれば、重症化を食い止められます。逆に、気づくのが遅れれば、ある日、呼吸が苦しくなって救急車を呼び、入院ということになりかねません。
だから私は、体重や呼吸、むくみ、食欲、そして薬をきちんと飲めているか、ご本人やご家族が自分で体調を管理する力があるか、というところまで、総合的に見ています。むしろ「大丈夫そう」に見える日ほど、注意深く観察するように心がけているのです。
けれど、ここで大切なことがあります。気づいたことを、私は、一人で抱え込みません。それを、チームにつなぐ。これこそが、訪問看護のもう一つの、大きな仕事だからです。
変化に気づいたら、まず主治医に報告し、指示を仰ぎます。状態によっては、訪問の回数を一時的に増やすこともあります。薬のことなら薬剤師に相談し、生活全体のことならケアマネジャーとケアプランを見直します。リハビリを担う理学療法士や作業療法士、言語聴覚士とも情報を共有し、生活を支えるヘルパーには、見守りのポイントを伝えます。
訪問看護師は、こうしたさまざまな職種をつなぐ、調整役なのですね。利用者さんを真ん中に置いて、それぞれの専門職が、自分の力を持ち寄る。その情報が集まる要の場所に、私たちがいます。主治医が医学的な判断の責任を持ち、リハビリ職が体の機能の回復を支え、薬剤師が薬を最適に整え、ケアマネジャーが生活全体を設計し、介護職が日々の暮らしを支え、見守る。その協働の輪の、真ん中で調整をするのが、私たちの役割だと思っています。
そして、変化に気づくのは、私たち看護師だけではありません。
あるときのことです。リハビリを担当する理学療法士が、「いつもより息が上がりやすいですね」という、小さな変化に気づいてくれました。彼はそれを、すぐに私に共有してくれた。おかげで、主治医に報告し、心不全が悪くなり始めているのを、早い段階で見つけることができました。結果として、その方の入院を、防ぐことができたのです。
複数の職種の眼が、一人の利用者さんを見守っている。だからこそ、重大な変化を見落としにくくなります。これが、チームで支えることの、大きな力なのだと感じます。
利用者さんやご家族にとっても、これは安心につながります。「どのスタッフに聞いても、私の状態をちゃんとわかってくれている」。その一貫性が、大きな安心感を生みます。実際に、チームの情報共有のレベルと、利用者さんの満足度との間には、強い関係があることが、研究でも示されているそうです。
こうした早期の発見と、多職種の連携は、実は、医療費という面でも意味を持っています。
悪化に早く気づいて手を打ち、入院を防ぐことができれば、その分、入院にかかる大きな医療費が、かからずに済みます。誤解されやすいのですが、多くの職種が関わるからといって、訪問の回数がむやみに増えるわけではありません。ケアマネジャーの立てるケアプランに基づいて、必要な職種が、必要な頻度で関わるだけです。むしろ、連携による早期発見で入院を回避できれば、全体として費用は抑えられる傾向にある、といわれています。
もちろん、第一の目的は、その人が住み慣れた家で、穏やかに暮らし続けられることです。けれど、それが結果として、社会全体の負担も軽くしている。この仕事には、そういう、目には見えにくい静かな価値があるのだと、私は思っています。
とはいえ、多職種の連携が、いつもなめらかにいくわけではありません。ここには、正直に言えば、難しさもあります。
職種と職種の間で、情報が断絶してしまう。役割が重なったり、逆に、どの職種も担っていない部分が抜け落ちたりする。ケアの方針が食い違う。そして、いちばん近くで支えるご家族が、疲れ果ててしまう。こうしたことは、現実に起こります。
だからこそ、連携は、放っておいて回るものではなく、意識して育てるものなのだと思います。定期的にカンファレンスを開くこと、情報を共有する様式をそろえること。そして、以前この媒体でも取り上げられていた、ICTを使った情報共有の仕組みも、大きな助けになります。ご家族の負担が見えたときには、短期入所などで休んでいただくレスパイトを、早めに提案する。そうした一つひとつの手間を惜しまないことが、めぐりめぐって、利用者さんを守ることにつながるのだと感じています。
訪問看護師の観察や、多職種の連携は、レセプトの数字には、はっきりとは表れません。「入院を防いだ」という成果は、「起こらなかったこと」ですから、どうしても、目に見えにくいのです。
けれど、あの日、小さな変化に気づけたから、あの方は救急車を呼ばずに済みました。あの理学療法士が息切れに気づいてくれたから、入院することなく、家で穏やかに過ごし続けられました。そうした「起こらなかった悪化」の積み重ねが、確かにあるのです。
その人の家に上がり、暮らしごと、その変化を見つめる。気づいたことを、一人で抱え込まず、チームにつなぐ。決して派手ではありません。けれど、この観察と連携こそが、訪問看護が在宅療養を支える、いちばんの力なのだと、私は思っています。