訪問看護は、移動しなければ売上が立たない。1日5件回る看護師は、5回の訪問と5回の移動を繰り返している。移動そのものは報酬にならない。
その移動を何で行うかは、多くの事業所で開設時の慣習に従って決まっている。都市部なら自転車、郊外なら車。深く考えて選んだ事業所は少ない。
2026年に入り、移動をめぐる環境が二つ変わった。一つはガソリン価格だ。8月31日時点のレギュラーガソリン全国平均は170.0円だが、政府の定額引下げ制度で基準価格に抑えられている数字であり、補助がなければ200円を超える水準にある。もう一つは自転車の青切符である。4月1日から16歳以上の自転車利用者に反則金制度が適用され、信号無視や一時不停止で5,000円から12,000円を払うことになった。
この二つを機に、移動手段を経営の側から見直す。結論を先に書く。燃料費は思うほど重くない。重いのは固定費と事故だ。
まず、ガソリン価格の上昇が訪問看護の収支にどれだけ効くかを確かめる。
編集部の試算として、次の前提を置く。看護師1人が1日5件を訪問し、1件あたりの移動距離が片道5キロメートル。1日の走行は25キロメートル。月20日稼働で500キロメートル。軽自動車の実燃費を1リットル18キロメートルとすると、月の消費は約28リットルになる。
ガソリンが170円なら月4,700円。補助がなくなって202円になれば月5,600円。差は1台あたり月900円だ。看護師5人が5台の車を使う事業所で、月4,500円。年5万4,000円である。
令和7年度の介護事業経営概況調査では、訪問看護の1事業所あたり月商は347.6万円だった。年4,171万円に対し、燃料費の上昇分5万4,000円は0.13%にあたる。これは前提を変えても大きくは動かない。走行距離が2倍でも0.26%だ。
デイサービスは送迎車で1日に何十キロも走り、燃料費が倒産理由に挙がる。訪問看護は違う。当メディアで訪問看護の赤字構造を三つの型に分けて論じたが、燃料費はどの型にも当てはまらない。ガソリン価格を理由に移動手段を変える判断は、数字の上では成り立たない。
燃料費が軽いなら、車の経費で重いのは何か。固定費である。
車を1台持つと、燃料以外に何がかかるか。リースまたは減価償却、任意保険、車検と整備、駐車場、自動車税。編集部の目安として、軽自動車をリースで持てば月2万円から3万円、業務使用の任意保険で年10万円前後、都市部の月極駐車場で月1万円から3万円。合計すれば1台あたり月4万円から6万円になる。燃料費の10倍だ。
5台なら月20万円から30万円。月商347.6万円に対して6%から9%を占める。ここが本丸である。
さらに車には、看護師が乗っていない時間の問題がある。訪問看護師は訪問先で30分から90分を過ごす。その間、車は路上か駐車場に止まっている。当メディアで駐車問題を扱った際、2025年7月の警察庁通達で駐車許可制度が全国統一されたことを書いたが、許可を取っても駐車場所がなければコインパーキング代がかかる。1回300円を1日5回、月20日で3万円。これも燃料費より重い。
車は稼働率が低い資産だ。5台の車が1日8時間のうち走っている時間は、合計しても1台あたり1時間程度にすぎない。
自転車は固定費がほぼない。電動アシスト自転車を15万円前後で買えば、あとは年に数千円の整備と保険で済む。駐車場も要らない。都市部で自転車が選ばれるのは、この差による。
問題は2026年4月からの青切符だ。信号無視、一時不停止、右側通行、歩道の通行区分違反、夜間の無灯火。いずれも反則金の対象になった。訪問看護師は時間に追われる。次の訪問に遅れそうなとき、一時停止を省く誘惑は強い。
反則金は個人に科される。だが業務中の違反であれば、事業所として無関係ではいられない。反則金を誰が払うか、違反を繰り返す職員をどう扱うかを、就業規則か車両管理規程で決めておく必要がある。決めていない事業所が大半だろう。
もう一つ、自転車には「1メートル間隔」の追い抜きルールも加わった。自動車が自転車を追い抜く際の間隔と減速が義務化されたのは自転車側に有利な改正だが、車と自転車を混在して運用する事業所では、自社の車が自社の自転車を追い抜く場面でも適用される。
原付や小型バイクは、車と自転車の中間にある。
固定費は自転車より高く車より低い。原付一種なら車両20万円前後、保険と税金で年2万円程度。駐車は自転車に近い手軽さで、雨天でも走れる速度がある。坂の多い地域や、訪問先が半径5キロメートルに散らばる住宅地では、自転車より訪問件数を稼げる。
弱点は事故時の重症度だ。自転車より速く、車より無防備である。雨の日の転倒、右折時の巻き込み。訪問看護師が骨折すれば、その看護師の担当利用者は誰かが引き継ぐことになる。当メディアで人員基準を論じたとおり、5人の事業所で1人が長期離脱すれば常勤換算の維持に影響が出る。
バイクを選ぶなら、ヘルメットと雨具の支給、二輪の任意保険の加入を事業所として徹底することが前提になる。個人任せにした事業所ほど、事故が起きたときの対応で揉める。
三つの手段を比較するとき、最終的に重いのは事故である。
業務中の移動で事故が起きれば労災の対象になる。だが労災が出るかどうかより、事業所が抱える問題は別にある。看護師が数週間から数か月、訪問に出られない。その間の訪問は残りの職員で分担する。残業が増え、当メディアで扱った離職の構造がそのまま動き出す。
事故の相手がいれば、事業所の責任も問われる。職員が業務で使う車両で人身事故を起こせば、車両の所有者が誰であれ、事業所は使用者としての責任を負う可能性がある。マイカーを業務に使わせている事業所は、職員の任意保険が業務使用を対象にしているかを確認しているだろうか。していない事業所は、保険が出ない事故を抱えるリスクを負っている。
事故の経済的な損失は、燃料費の年間上昇分5万4,000円とは桁が違う。移動手段の選択は、燃料費の比較ではなく、事故の頻度と重症度をどこまで下げられるかで考えるべきだ。
では、どう選ぶか。事業所の立地と訪問密度で整理する。
訪問先が半径3キロメートル以内に集中し、平坦で、駐車場所が乏しい都市部。自転車が最も経済的で、事故の重症度も低い。ただし青切符への対応として、遅れを許容するスケジュールを組むことが条件になる。時間に追われる運用は、自転車の事故と違反を増やす。
訪問先が半径5キロメートルから10キロメートルに散らばる住宅地や地方都市。車が現実的だ。固定費は重いが、雨天と冬季に訪問を止めない安定性がある。台数を人数より少なくし、直行直帰と組み合わせて稼働率を上げることで固定費を薄められる。
その中間、坂が多く、訪問先がやや散らばる地域。バイクが選択肢に入る。ただし事故対策を事業所として担保できる場合に限る。
一つの事業所で三つを混在させる運用もある。天候と訪問先に応じて手段を選ぶ柔軟さは利点だが、車両管理規程、保険、反則金の扱いを手段ごとに定めておかなければ、事故が起きたときに誰も責任の所在を説明できなくなる。
ガソリン価格が話題になるたび、訪問看護の経営者も燃料費を気にする。だが試算が示すとおり、訪問看護の収支において燃料費は誤差の範囲にある。
見るべきは、車を何台持ち、その車が1日に何時間動き、事故のときに誰が何を負うかである。移動手段の選択は、燃料代の節約ではなく、固定費の圧縮と事故リスクの管理という二つの経営判断に置き換えられる。
自転車に青切符が付いた2026年は、その判断を見直す機会になる。車両管理規程を一度も改定していない事業所は、この機に開いてみるとよい。