「身元保証人はいらっしゃいますか」
入院の手続きで、そう尋ねられる場面に何度も立ち会ってきました。答えられる方ばかりではありません。配偶者を亡くし、子どもはおらず、きょうだいとも長く連絡を取っていない。そういう利用者さんは、決して珍しくないのです。
そのとき、私は何ができるのか。緊急連絡先の欄に自分の名前を書いてもいいのか。医療の同意を求められたら、どうするのか。答えを持たないまま、その場に立っていたことがあります。
今日は身寄りのない利用者さんをめぐる制度と現場について、整理してお伝えします。
まず、現実を示す数字があります。
総務省の関東管区行政評価局が行った調査によれば、埼玉県、東京都、神奈川県における病院や施設の9割以上が、入院や入所を希望する人に身元保証人等を求めていました。そして身元保証人を手配できない場合に入院を断る病院が5.9%、入所を断る施設が20.6%存在したと報告されています。
施設の場合、5か所に1か所です。
法令の建前は、これとは違います。病院は医師法第19条第1項により、医師の不在や病気などで事実上診療が不可能な場合を除いて、患者からの診療の求めを拒めません。介護保険施設も厚生労働省の省令により、正当な理由なく入所を断ることができないとされています。そして身元保証人を手配できないことは、正当な理由には該当しません。
厚生労働省も通知で、身元保証人がいないことのみを理由に入院や入所を拒んではならないと明示しています。都道府県に対して、そうした拒否が起きないよう指導や監督を求めてもいる。
それでも、現場の実態は指針と乖離したままです。
なぜ病院や施設は、それほど身元保証人を求めるのか。
役割を分解してみると、いくつかの機能が束ねられていることが分かります。入院や入所にかかる費用の支払いを保証すること。急変時の緊急連絡先になること。本人の判断能力が低下したときに医療やケアの方針を一緒に考えること。そして亡くなった後の遺体の引き取りや遺品の整理といった死後の対応。
総務省の事例集では、病院や施設が身元保証人に求める機能や役割が7項目に整理されています。
つまり身元保証人という一つの言葉に、性質のまったく違う責任が詰め込まれている。だから引き受け手が見つからないと、すべてが止まってしまう。
では、成年後見制度を使えば解決するのか。ここに、多くの方が誤解している点があります。
成年後見人がついても、埋まらない機能があるのです。指摘されているのは、費用を連帯保証することができないこと、常時対応可能な緊急連絡先になることが難しいこと、そして医療行為について代行で意思決定を行うことができないことです。
最後の点は、特に重要だと思います。手術を受けるかどうか、延命の処置をどうするか。そうした医療の同意について、成年後見人に決める権限はありません。法律がそう定めているのではなく、そもそも権限が与えられていないのです。
だから身寄りのない方が意識を失って搬送されたとき、誰も同意できないという事態が生じます。国も課題として認識しており、医療行為の同意をめぐる調査研究や、身元保証事業者の役割の整理が進められています。
もうひとつ、押さえておきたい変化があります。
身寄りがないという言葉が指す範囲が、広がっているのです。戸籍上の親族が誰もいない方だけを指すのではありません。親族が遠方に住んでいて疎遠である場合。親族自身が高齢や病気で支援する力を持たない場合。老老介護や認認介護の延長線上にあるケースも含まれます。
実質的に身寄りがない状態にある高齢者は、潜在的に膨大な数にのぼると指摘されています。当メディアで独居高齢者について書いたとおり、2050年には65歳以上の一人暮らしが約1,084万人に達すると推計されています。
家族がいるかどうかではなく、頼れる人がいるかどうか。訪問の現場で確かめるべきは、そちらのほうです。息子さんが遠方にいると聞いていても、実際には何年も連絡が取れていないことがあります。
では、訪問看護は何ができるのか。境界線を整理しておきます。
まず、できないことから。訪問看護師が身元保証人になることは、原則として適切ではありません。費用の保証を個人で引き受けることになりますし、事業者と利用者という契約関係の中で、そこまでの責任を負う立場にはない。事業所として断る方針を明確にしておいたほうが、担当者を守ることにもなります。
医療の同意についても、私たちに権限はありません。求められたときに答えられるよう、その旨を伝える準備をしておく必要があります。
では、できることは何か。三つあると思っています。
ひとつは、状況を正確に把握して伝えることです。頼れる親族がいるのかいないのか。日ごろ関わっている人は誰か。本人がどんな意向を持っているか。入院が必要になったとき、その情報を病院に届けられるのは、日常を知っている私たちです。当メディアで退院支援について書いたとおり、病院は限られた時間で在宅の状況を把握しなければなりません。
ふたつめは、制度につなぐことです。成年後見制度、社会福祉協議会が行う日常生活自立支援事業、地域包括支援センター。身寄りのない方を支える仕組みは、完璧ではないにせよ存在します。近年は高齢者等終身サポート事業者と呼ばれる民間サービスも増えており、国が実態を調査しています。ただし契約内容や費用に幅がありますから、慎重に検討する必要があります。
みっつめは、意向を聴いて残しておくことです。当メディアで人生会議について書きましたが、身寄りのない方こそ、元気なうちに話しておく意味があります。何かあったとき誰に連絡してほしいか。どんな医療を望むか。それを記録に残し、関わる支援者で共有しておく。家族がいないからこそ、支援者が本人の声を預かることになります。
明るい材料もあります。
2026年1月、厚生労働大臣が東京都の文京区社会福祉協議会を視察しました。社会福祉法の制度の見直しに向けた動きの一環です。文京区社協が行っている事業では、単身高齢者に向けた日常生活の支援、入院時の支援、そして死後の事務対応までを扱っています。
こうした先駆的な取り組みを踏まえて、制度の整備が進もうとしている。日本医療ソーシャルワーカー協会も、身寄りのない状態で意思決定が困難な人に生じる社会的課題について、厚生労働省へ要望書を提出しています。
現場が声を上げ、実践を積み重ね、制度が追いかける。当メディアで処遇改善加算の対象拡大について書いたときと同じ構図が、ここにもあります。
身元保証人がいないというだけで、必要な医療や介護から遠ざけられてしまう。それは、その方の生活そのものを脅かします。
制度はまだ十分ではありません。成年後見人でも医療同意はできず、緊急連絡先を誰にするかという問題も残ったままです。訪問看護師個人が引き受けられることにも、限りがあります。
それでも、玄関を開ければそこに私たちがいる。定期的に訪ねて、体調を確かめて、話を聴いて、何かあれば動く人がいる。身元保証人にはなれなくても、その方を知っている人がいるということには、確かな意味があると思うのです。
入院の手続きで身元保証人を尋ねられたとき、以前の私は黙って立っていました。いまは、この方の状況をいちばん知っているのは自分だと考えて、伝えられることを伝えます。それが支援になるかどうかは、その場でしか分かりません。それでも、何も言わずに帰ることだけは、しないようにしています。