訪問先で靴下を脱いでもらうのは、思ったより難しいことです。
「足を見せてください」と言うと、多くの方が身構えます。恥ずかしい。冷えるから嫌だ。今日はいい。糖尿病の利用者さんの足を見たいのに、その一言でつまずく日が何度もありました。
日本糖尿病学会の糖尿病診療ガイドライン2024は、足病変の発症と重症化を予防するために、少なくとも年1回の定期観察で足の状態を包括的に評価することを推奨しています。足の変形、潰瘍の既往、神経障害、下肢の動脈疾患があるハイリスクの人には、さらに高い頻度の観察が推奨されています。
年1回。外来では、それが現実的な頻度なのだと思います。では在宅では誰が見るのか。週に1回、2回と通う訪問看護師が、その役目を引き受けることになります。
高齢の糖尿病の方が自分でフットケアをできなくなる理由は、糖尿病そのものだけではありません。
国立長寿医療研究センターは、神経障害などの合併症の進行に加えて、加齢による視力低下、手指の巧緻性の低下、認知症、振戦、痛みによる関節可動域の制限、肥満、巻き爪や肥厚した爪といった要因を挙げています。
つまり、足に手が届かない。足が見えない。爪が硬くて切れない。糖尿病の合併症と老いが重なったとき、足のケアは自力の外に出ます。
そのうえで、感覚が鈍くなっています。糖尿病情報センターの説明では、痛みを感じにくいためにケガややけどに気づきにくく、足や足の指に変形が起こることでタコや靴ずれができやすくなる。網膜症で視力が落ちれば、足の変化そのものが見えなくなり、放置したまま潰瘍や壊疽に進むことがあります。
痛くない。見えない。手が届かない。この三つが重なると、傷は本人が気づかないところで進みます。私が訪問先で見つけた靴ずれの多くは、利用者さんが「そんなの、なってた?」と驚くものでした。
長寿医療研究センターが挙げているフットケアの確認項目を、私は訪問の順番に置き換えて使っています。見るのは4か所です。
足の裏と指の間。 タコ、ウオノメ、水虫。指の間は特に見落としやすい場所です。小指と薬指の間が白くふやけていたら、白癬を疑います。かかとのひび割れも、傷の入り口になります。
爪。 白く濁っていないか、巻き爪や肥厚した爪になっていないか。厚くなった爪は自分では切れません。切ろうとして深爪になり、そこから感染することもあります。
感覚。 痛みやしびれはあるか、感覚のない部分はないか。触ってみて「触ってるのわかりますか」と聞きます。左右で差があれば、それも記録します。
むくみと腫れ。 靴下の跡がくっきり残る、片方だけ腫れている、熱を持っている。感染や心不全のサインが足に出ることもあります。
この4か所を見るのに、慣れれば3分もかかりません。時間の問題ではなく、靴下を脱いでもらえるかどうかが問題なのです。
私が使っている方法を書きます。うまくいく日といかない日がありますが、以前より断られなくなりました。
まず、足の話から始めません。血圧を測って、その日の調子を聞いて、会話が温まってから「爪、伸びてませんか」と言います。足の観察ではなく、爪切りの提案として入る。爪を切るには靴下を脱がなければなりません。
冬は先に足浴の話をします。「今日は足だけあたためましょうか」と言うと、脱ぐことに理由ができます。足浴の間に、裏も指の間も見られます。
家族がいる場合は、家族に見てもらう習慣を作ります。私が週2回しか行けない分、残りの5日を見てもらう。「ここを見てください」と一緒に見ながら伝えると、次の訪問で「先週より赤くなってた気がする」と教えてもらえるようになります。
それでも見せてくれない方はいます。そのときは無理をしません。靴を見ます。靴の中を触って、縫い目や異物がないか、片減りしていないか。歩き方を見ます。かばうような歩き方をしていれば、痛みがある可能性を疑います。足を見られなくても、手がかりは残っています。
傷や潰瘍を見つけたら、その場で処置を判断する前にすることがあります。
写真を撮る。大きさが分かるように定規を添えて撮り、日付を入れます。次の訪問で比べるためです。文章の記録だけでは、拡大しているかどうかが分かりません。
主治医に報告する。糖尿病の足の傷は、皮膚科や形成外科、血管外科の判断が必要になることがあります。訪問看護の判断だけで様子を見る期間が長引くと、その分だけ選択肢が減ります。当メディアで褥瘡の管理を扱った記事でも書きましたが、迷ったら報告するほうが、あとで振り返ったときに正しかったと思えます。
そして記録に残します。当メディアで医療事故と訴訟を扱った際、裁判所は予見できたか、回避する手立てを取ったか、それが記録に残っているかを見ると書きました。足の発赤を見つけた日、家族に伝えた内容、主治医に報告した時刻。書いていなければ、していないことと同じになってしまいます。
足と並んで、在宅の糖尿病で怖いのが低血糖です。
高齢の方の低血糖は、教科書に載っている症状の通りに出ないことがあります。冷や汗や動悸ではなく、なんとなく元気がない。呂律が回りにくい。急に怒りっぽくなる。ぼんやりしている。私が最初に「これは低血糖かもしれない」と思ったのは、いつも穏やかな方が急に不機嫌になった日でした。
認知症のある方だと、症状が認知症の悪化と区別しにくくなります。だから訪問時の様子を、いつもと比べられるかどうかが鍵になります。前回の訪問でどうだったかを覚えている、または記録している。それが判断の土台です。
低血糖が起きやすい場面も決まっています。食事量が減った日。下痢や嘔吐があった日。いつもより動いた日。シックデイと呼ばれる体調不良の日は、インスリンや薬の量をどうするかを事前に主治医と決めておく必要があります。訪問時に食欲を確認するのは、そのためです。
インスリンを使っている方であれば、注射の手技も毎回確認します。同じ場所に打ち続けて硬くなっていないか。単位が合っているか。冷蔵庫に入れっぱなしの未使用分と、使用中のものを取り違えていないか。目が見えにくくなると、単位のダイヤルを読み違えることがあります。
ガイドラインが年1回と示している足の観察を、訪問看護は週に1回、2回の頻度で行っています。ハイリスクの人にはより高頻度の観察が推奨されていますが、その高頻度を担えるのは、実際には在宅に入る人だけです。
外来で医師が診るのは数分です。靴下を脱いで足の裏まで見る時間は、いつもあるわけではありません。家族は毎日会っていても、足の裏を見る習慣はありません。
週に1回でも足を見ている人がいる。それが在宅の糖尿病管理で訪問看護が持っている、いちばん具体的な役割だと思っています。切断に至る足潰瘍の多くは、小さな靴ずれやタコから始まります。その最初の段階に立ち会えるのは、訪問している人だけです。
靴下を脱いでもらうところから始まる仕事です。今日の訪問で断られても、次の訪問でまた聞けばいい。爪切りでも足浴でも、理由は何でもかまいません。足を見る回数を増やすことが、そのまま予防になります。