訪問看護ベースアップ評価料が、段階的に引き上げられている。2026年6月に単価が上がり、2027年6月にはさらに上がる。利用者1人あたり月1回の単価は、改定前の780円から、継続的に賃上げを行う事業所では、最終的に2,880円に達する。年間の累計で考えれば、これは数百万円規模の賃上げ原資になりうる。
そして、この2026年8月には、実績報告という対応が控えている。地味で事務的に見える制度だが、確実に算定し、確実に職員へ還元できるかどうかは、これからの人材確保を左右する。経営者・管理者がいま確認すべきことを、順に整理する。
まず、制度の位置づけを押さえておく。
訪問看護ベースアップ評価料は、2024年度の診療報酬改定で新設された。訪問看護ステーションで働く職員の賃上げ、すなわち基本給や毎月の手当のベースアップにあてる原資を、診療報酬で支える仕組みである。人材不足が深刻化するなか、他産業に比べて上がりにくい看護職の賃金を底上げする狙いがある。
なお、これは訪問看護療養費、つまり医療保険の側の仕組みだ。介護保険の側には、別に介護職員等処遇改善加算がある。訪問看護ステーションは、この両方を使って職員の処遇改善に取り組むことになる。本稿で扱うのは、医療保険側のベースアップ評価料である。
ベースアップ評価料には(I)と(II)があり、多くのステーションが算定しやすい基本となるのが(I)だ。(I)は、月の初日の訪問看護管理療養費を算定している利用者に対して、利用者1人につき月1回算定できる。対象となる職員は、看護師、保健師、准看護師、看護補助者に加え、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、精神保健福祉士などである。管理者業務に専従する者や、専ら事務作業を行う事務職員は対象外となる。
この評価料の単価が、いま段階的に引き上げられている。ここが、経営に直結する。
訪問看護ベースアップ評価料(I)の単価の推移を見てみよう。改定前は、利用者1人につき月1回で780円だった。これが2026年6月から、新たに算定を始める事業所で1,050円、継続的に賃上げに取り組んできた事業所では1,830円に上がった。さらに2027年6月からは、新規で2,100円、継続で2,880円へと引き上げられる。780円から2,880円まで、段階を追って大きく上がっていく計算だ。
ここで重要なのが、「継続的賃上げ実施施設」という区分である。令和8年3月31日の時点でベースアップ評価料(I)を届け出ていた事業所は、この継続的賃上げ実施施設として扱われ、より高い単価を算定できる。これまで地道に取り組んできた事業所ほど、高い評価を受けられる設計になっている。
年間の原資の規模も、試算しておきたい。たとえば単価が2,100円の区分で、利用者が80人、これを12か月続けた場合、単純計算で年におよそ200万円になる。これは、小さな単価の差ではない。固定費の構造に直接効いてくる、まとまった賃上げ原資だ。
加えて、賃上げとは別の枠として、令和8・9年度限定で、訪問看護物価対応料も新設されている。こちらは初日60円、2日目以降20円で、物価高騰への対応として基本料に上乗せできる。
次に、いま迫っている対応を確認する。ベースアップ評価料を算定している事業所には、実績報告の義務がある。
具体的には、令和7年度に算定した分について、その賃金改善の実績を、2026年8月に報告する。以降も、毎年8月に、前年度の実績報告と当年度の中間報告を行うサイクルになる。この8月は、そのサイクルの中の一つの節目にあたる。
この報告は、単なる事務手続きではない。ベースアップ評価料で受け取った原資を、実際に職員の賃金改善に還元したことを示すものだ。制度の趣旨からして、報告を怠れば、算定の適正性そのものが問われかねない。前回までの記事で見てきたとおり、いま業界全体で請求の適正性への視線が厳しくなっている。この報告を正確に行うことは、その流れの中でも、欠かせない対応である。
一方で、事務の負担は軽くなった側面もある。令和8年度の改定では、従来必要だった賃金改善計画書の作成・提出が不要になり、届出は厚生労働省が用意する様式95から100を使うシンプルな形に見直された。厚生労働省の特設ページには、様式の解説動画や、図解入りの手引きも公開されている。まずはそこを確認するのが早い。
経営の観点から、特に注意しておきたい点がある。自らの事業所が、高い単価の区分を、正しく算定できているかどうかだ。
すでに述べたとおり、これまでベースアップ評価料に取り組んできた事業所は、継続的賃上げ実施施設として、高い単価を算定できる。しかし、これは自動的に適用されるとは限らない。届出の区分を取り違えれば、本来受け取れるはずの高い原資を、みすみす取りこぼすことになる。
すでに算定している事業所は、自らが正しく高い区分で届け出られているかを、一度確認しておきたい。特に、2026年6月の改定に合わせて、すべての対象事業所が届出をやり直す必要があった。ここで区分を誤ったまま算定を続けていないか。この点の確認は、そのまま原資の増減に直結する。
最後に、経営判断として最も重要な点に触れる。ベースアップ評価料は、あくまで賃上げの「原資」を受け取る仕組みだということだ。
受け取った原資は、実際に職員の基本給や毎月の手当の引き上げに充てることが前提になっている。一時金として配るのではなく、恒常的な賃金の改善であることが求められる。つまり、評価料を算定することと、自らの事業所の賃金規程を実際に見直すことは、必ずセットで設計しなければならない。
そして、2027年6月には、単価がさらに上がる。この先の引き上げを見据えて、賃金テーブルをどう引き上げていくかを、いまから計画しておくことが望ましい。単価が上がってから慌てるのではなく、上がることが分かっているのだから、そこに向けて賃金の設計を組んでおく。それが、原資を無駄なく処遇改善につなげる道だ。
看護師の確保と定着は、訪問看護経営の要である。この評価料を確実に算定し、確実に賃上げへ回すことは、単なる事務ではなく、人材戦略そのものだと捉えるべきだ。
訪問看護ベースアップ評価料は、複雑で、事務的で、後回しにされがちな制度だ。しかし、2027年6月に向けて単価が段階的に上がっていくこの仕組みを、確実に算定し、確実に職員へ還元できるかどうかは、これからの人材確保に、静かに、しかし確実に効いてくる。
やるべきことは、はっきりしている。まず、この8月の実績報告を、正確に済ませること。次に、自らが継続的賃上げ実施施設として高い区分を算定できているかを、確認すること。そして、2027年6月のさらなる引き上げを見据えて、賃金の設計を組み立てておくこと。
制度は、待っていれば向こうから恩恵をもたらしてくれるものではない。要件を正しく満たし、届出を正しく行い、原資を正しく配分する。そうやって「取りに行く」ことで、はじめて職員の賃金となり、事業所の力になる。段階的な引き上げが決まっているいまこそ、この評価料を、経営の中に確実に組み込んでおきたい。