玄関を開けると、長いチューブが床を這っています。居間に置かれた酸素濃縮装置から伸びて、寝室のほうへ続いている。在宅酸素療法を受けている方のお宅では、見慣れた光景です。
このチューブの周りで、たばこに火をつけてはいけない。それだけは、繰り返しお伝えしています。
厚生労働省と日本産業・医療ガス協会のまとめによれば、在宅酸素療法を実施している方の自宅で発生した火災は61件。そのうち58件が、死亡事故でした。今日は在宅酸素と火気の話から始めて、この治療とともに暮らすために何を支えているのかをお話しします。
火災の原因として最も多かったのは喫煙で、全体の43%を占めていました。ほかに漏電、ストーブ、線香、ろうそくが挙がっています。
ここで押さえておきたいのが、酸素濃縮装置そのものが火災の原因となった事例は報告されていない、という点です。装置が発火するのではありません。酸素は燃焼を助ける性質が強いガスであり、その濃度が高いところに火が近づくと、チューブや衣服に引火して一気に燃え広がる。だから火元は、たばこであり、ストーブなのです。
対策として国が示しているのは、明確な二つです。酸素濃縮装置などの使用中は、装置の周囲2メートル以内に火気を置かないこと。そして酸素吸入中には、絶対にたばこを吸わないこと。消防庁も同様の注意喚起を行っています。
チューブは長く、部屋をまたいで伸びています。装置から2メートルという表現だけでは足りず、実際には吸入している本人の顔の周りが最も危ない。訪問では、そこを具体的にお伝えしています。
正直な話をします。在宅酸素を導入される方の多くは、長く喫煙してきた方です。COPDという病気そのものが、喫煙と深く関わっています。
「吸わないでください」と言えば済む話ではありません。何十年も続けた習慣を、酸素を使い始めたその日からやめられるとは限らない。実際、家族が目を離した隙に吸ってしまい、危うい思いをしたという話を聞くこともあります。
だから訪問では、責めることをしません。責めれば隠されてしまい、隠されればもっと危険になるからです。代わりに、禁煙外来やニコチンパッチといった手段があることをお伝えして、主治医につなぎます。どうしても難しい場合には、吸うなら必ず酸素を止めて、チューブを外して、離れた場所で。せめてその手順を守っていただけるよう話し合います。
理想の対応ではないかもしれません。それでも、隠れて吸われるよりはいい。そう考えています。
もう一つ、お伝えしておきたいことがあります。
火災の話を聞いて、怖くなって酸素を使わなくなる方がいるのです。ご家族が「危ないから」と使用を控えさせてしまうこともあります。
厚生労働省の注意喚起には、こう書かれています。火気の取扱いに注意し、取扱説明書どおりに正しく使用すれば、酸素が原因でチューブや衣服等が燃えたり火災になることはないので、過度に恐れることなく医師の指示どおりに酸素を吸入してください、と。
在宅酸素療法では、1日15時間以上、できれば24時間の吸入が原則とされています。体に十分な酸素が届かない状態が続けば、心臓に負担がかかり、全身の状態が落ちていきます。使わないことのリスクは、確実に存在するのです。
火気を遠ざけたうえで、指示どおりに使う。恐れることと、正しく使うことは両立します。
訪問で必ず確認しているのが、指示された流量が守られているかどうかです。
息苦しいから自分でつまみを回して増やした。そういう話が、時々あります。気持ちは分かるのですが、これは危険を伴います。
COPDのような二酸化炭素が溜まりやすいタイプの呼吸不全では、酸素を過剰に投与すると、かえって呼吸が浅くなり意識が低下することがあります。CO2ナルコーシスと呼ばれる状態です。
流量は、医師が検査に基づいて決めています。安静時と、歩いたり入浴したりする労作時とでは必要量が違い、労作時には安静時の倍程度が必要になることもある。だから「動くときは何リットル」という指示が別に出ている方もいます。
息苦しさが増したときに勝手に増やすのではなく、連絡していただく。そのほうが安全ですし、増悪の兆候を早く捉えることにもつながります。
災害への備えも、在宅酸素では欠かせません。
酸素濃縮器は電気で動きます。停電すれば止まる。だから、使用している流量でバッテリーが何時間もつのかを、あらかじめ確認しておく必要があります。バッテリーの運転時間には限りがありますから、酸素ボンベを用意し、切り替え方と残量の確認方法も一緒に練習します。
主治医に最低限必要な吸入量を確認しておくことも大切です。ボンベの残りが少ないとき、どこまで絞ってしのげるのかを知っているかどうかで、対応が変わってきます。
緊急連絡先は、紙に書いて目につくところに貼っていただきます。訪問看護ステーション、かかりつけ医、そして酸素の業者。外出するときには、ボンベの残量計算表と一緒に持っていただく。当メディアで災害への備えについて書いたとおり、停電は災害のときだけに起こるものではありません。
在宅酸素を使う方の生活は、チューブの届く範囲に縛られがちです。
それでも、動かなくなれば筋力が落ち、さらに息苦しくなる。悪循環に入っていきます。だから理学療法士と連携しながら、口すぼめ呼吸や腹式呼吸といった呼吸法をお伝えし、椅子に座ったままできる運動を一緒に行います。息切れを和らげる呼吸法を身につけているかどうかで、動ける範囲が変わってきます。
携帯用のボンベを使えば、外出もできます。買い物に行きたい、通院を自分の足でしたい。そうした希望を聞いたら、必要な残量を計算して一緒に計画を立てます。
そして増悪の兆候です。気道の感染をきっかけに、強い息切れ、ゼーゼーという音、胸の締めつけ感、咳や痰の増加が現れることがあります。こうした変化を早く捉えられれば、入院を避けられることもある。インフルエンザや肺炎球菌のワクチンを勧めているのも、この増悪を防ぐためです。
チューブが床を這う暮らしは、始めたころは誰しも戸惑うものだと思います。装置の音が気になる、外出が億劫になる、家族に迷惑をかけている気がする。そういう気持ちを聞かせていただくことも、訪問の役割のひとつです。
火気には十分に気をつけていただく。そのうえで、必要な酸素はきちんと吸っていただく。この二つを両立させながら、その方が行きたい場所へ行けるように整えていく。酸素の管理という言葉の中身は、案外そういうことなのだろうと思っています。