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基本給は、12年で6,000円しか上がっていない——訪問看護師として、賃金のことを考える|訪問看護の年収は病院より低く、2026年6月の処遇改善加算は1.8%

未希 · 2026年7月17日
給与明細を開くとき、少しだけ身構える——訪問看護師として賃金のことを、現場の視点で率直に綴ります。日本看護協会の調査では、病院看護職員の基本給は12年間でわずか6,000円弱の増加。訪問看護師の年収は病院より約26万円低いという事実もあります。2026年6月、訪問看護に初めて処遇改善加算1.8%がつきました。でも、その1.8%は本当に一人ひとりの手取りに届くのか。検証可能なデータに、現場の実感を重ねました。

「12年間で、6,000円弱」。 その数字を初めて見たとき、私は、驚くよりも先に、どこか納得している自分に気づきました。看護師の基本給が、この12年でそれだけしか上がっていない。給与明細を開くたびに感じていた、あの言葉にならない引っかかりの正体を、数字がひとつ、静かに言い当ててくれたような気がしたのです。

お給料は釣り合っているのだろうか、と、いつも心のどこかで考えてしまいます。今日は、その「釣り合わなさ」についての記事です。

「上がらない」には、裏づけがあった

日本看護協会が2025年6月に公表した「2024年度 看護職員の賃金に関する実態調査」。そこに、目を疑うような数字がありました。

病院で働く看護職員の基本給月額は、2012年から2024年までの12年間で、わずか5,868円しか増えていなかったのです。率にして、約2.3%。給与の総額で見れば、手当などによって2万9,936円ほど増えてはいるものの、それはあくまで手当による上乗せであって、「基本給」という給与の土台そのものは、この12年間、ほとんど動いていませんでした。

12年です。その間に、物価は確実に上がりました。私たちの仕事の幅も、求められる医療の水準も、担う責任も、間違いなく重くなりました。それなのに、土台の数字は、6,000円弱。

この事実を知ったとき、私は驚いたというより、どこか「ああ、やっぱり」と納得してしまって、その納得が、少し悲しかったのを覚えています。給与明細を見るたびに感じていたあの小さな違和感は、気のせいではなかった。同じことを、全国のたくさんの看護師が、それぞれの明細の前で感じていたのだと思うと、その静かな広がりに、胸が詰まるような気持ちになりました。

訪問看護師の賃金は、さらに低いところにある

そして、もう一つ。この調査は、私たち訪問看護師にとって、さらに考えさせられる数字を示していました。

訪問看護ステーションで働く、正規フルタイムの看護師の年収は、平均で549万8,716円。同じ調査での病院勤務の看護師の平均576万2,314円と比べると、およそ26万円、低い金額でした。同じ看護師の資格を持ち、むしろ医師や先輩がすぐそばにいない環境で、ひとりで判断を求められる場面の多い訪問の現場で、賃金はこうして、下がるのです。

理由の一つは、夜勤手当なのだと思います。病院で働く看護師の収入には、夜勤の手当が含まれています。夜勤の負担は決して軽いものではありませんが、その分、給与には反映される。一方、訪問看護には、基本的に夜勤はありません。

けれど、その代わりに私たちが背負っているものがあります。オンコールです。

夜、枕元にスマートフォンを置いて眠ります。鳴らないでほしいと思いながら、でも、鳴ったらすぐに出られるように、心のどこかは起きている。そういう夜が、私たちにはあります。実際に電話が鳴って、暗い道を車で向かう夜もあります。手当という目に見える形にはなりにくいけれど、24時間、誰かの容態に責任を持っているという感覚は、病院で働いていた頃と、何も変わらないと思うのですが。

なぜ、訪問看護の賃金はこうなるのでしょうか

では、なぜ訪問看護師の賃金は、こうした水準にとどまるのでしょうか。ここには、事業所の収益の構造が関わっています。

訪問看護には、一件ごとの訪問に対する報酬があります。ただ、一人の看護師が一日に回れる訪問の件数には、限りがあります。移動の時間があり、一件一件に丁寧に向き合えば、こなせる数には自ずと上限がある。頑張れば頑張るほど生産量が上がる、という種類の仕事ではないのです。

そして、事業所としての経営状況が改善の傾向にあると言われても、それがそのまま、そこで働く一人ひとりの看護師の給与明細に反映されるとは限りません。事業所が受け取る報酬と、私たちの手取りのあいだには、家賃や車の維持費、事務の人件費、さまざまなものが挟まっています。「ステーションの経営は上向いているらしい」という話と、「でも、私の明細は去年と変わらない」という実感が、同時に存在する。この距離感は、現場で働く多くの看護師が、感じているものだと思います。

加えて、訪問看護ステーションには、数人規模の小さな事業所が数多くあります。規模が小さいと、賃金の体系や昇給の仕組みが十分に整っていないところも、どうしても出てきます。同じ訪問看護師でも、どの事業所で働くかによって、待遇に差が生まれてしまう。これも、この仕事の賃金を語るうえで、目をそらせない現実です。

2026年6月、訪問看護に初めての「1.8%」

こうした状況の中で、一つの、確かな変化がありました。

2026年6月の改定で、処遇改善加算が、訪問看護にも初めて適用されたのです。これまで訪問看護は、この加算の対象ではありませんでした。それが、訪問看護師の処遇改善が、制度の中に正式に位置づけられた。これは、素直に、前向きなことだと思います。長く声を上げ続けてきた人たちの努力が、一つ形になった瞬間でもあると思います。

ただ、その加算率は、1.8%でした。

同じ改定で、訪問介護には、最大で28.7%という加算がつきました。もちろん、訪問介護は以前から加算の対象であり、そもそもの賃金水準が訪問看護とは違うという経緯があります。単純に数字だけを並べて比べられるものではありません。それでも、「ついに訪問看護にも」という嬉しさと、「1.8%か」という正直な気持ちが、私の中に、同時にありました。

一歩を踏み出したことは、間違いなく大切です。ただ、その一歩の幅を、どう受け止めればいいのか。私は、まだ答えを見つけられずにいます。

その1.8%は、本当に私の手取りに届くのでしょうか

そして、もう一つ、私がずっと引っかかっていることがあります。この1.8%は、本当に、私たち一人ひとりの手取りに、届くのでしょうか。

処遇改善加算は、まず事業所に入ります。そのお金が、職員にどう配分されるかは、それぞれのステーションの運用に委ねられている部分が大きいのです。制度としてお金がついたことと、現場の看護師の給与明細の数字が実際に増えることは、必ずしも同じではありません。

これは、根拠のない不安ではありません。2024年に、病院に導入されたベースアップの仕組みでも、同じことが起きています。制度としては賃上げのためのお金がついたのに、実際に上がったベースアップの率にはばらつきがあり、平均すると3.48%にとどまっていました。お金が「つく」ことと、それが一人ひとりに「届く」ことのあいだには、こうした隔たりがあるのです。

だからこそ、「加算がついたから、これで安心」とは、正直、まだ言い切れません。制度としてついたお金が、自分の働く事業所で、どのように扱われているのか。それを、私たち働く側も、きちんと見ておく必要があるのだと思います。処遇改善は、ただ待っていれば自動的に手元に届く、というものではないのかもしれません。

賃金の話をするのは、辞めていった仲間がいるからです

こんなふうに賃金の話ばかりしていると、お金のことにこだわりすぎだと、思われるかもしれません。でも、そうではないのです。

同じ日本看護協会の調査は、業務に見合わない賃金の低さが、看護師が働き続けることを難しくしていると、はっきり指摘しています。看護師の就業を続けたいという意向は下がり、看護師の求人倍率は、10年ぶりの高い水準になりました。人が、辞めていっているのです。

私の周りにも、この仕事にやりがいを感じ、利用者さんに深く慕われながら、それでも、自分の生活や、これからの将来を考えて、静かに現場を離れていった仲間がいます。賃金だけが理由ではありませんでした。人間関係のこと、体力のこと、家庭のこと。いろいろなものが重なっていました。でも、その最後に、「この賃金では、これからも続けていくのは難しい」という思いが、背中をそっと押してしまうことは、確かにあるのだと思います。

やりがいは、たしかにこの仕事の宝物です。けれど、やりがいだけでは、家賃は払えません。子どもの学費も出せません。私が賃金の話をするのは、お金がすべてだからではないのです。この仕事を続けたいと願う人が、ちゃんと続けていけるように。そのために、賃金という土台のことを、見て見ぬふりにしたくないからです。

数字が、いつか追いつく日を

給与明細に並ぶ数字は、その月に私が何軒の家を訪ね、どれだけの手当てをし、どれだけの涙や不安を受け止めたかを、直接には語ってくれません。数字は、ただの数字です。

けれど、その数字は、私が来年も、再来年も、この仕事を続けられるかどうかを、静かに、けれど確かに左右しています。1.8%という小さな一歩が、制度の表面だけの話で終わらず、現場で働く一人ひとりの明細に、本当に届いたとき——そのときに初めて、「前に進んだ」と言えるのだと思います。

私は、この仕事が好きです。誰かの家に上がらせてもらい、その人の暮らしのいちばんそばで、看護ができる。こんなにやりがいのある仕事は、そうそうないと思っています。だからこそ、好きだという気持ちだけでは続けられない、という現実からも、目をそらさずにいたいのです。

一軒一軒の訪問の重さに、いつか、明細の数字が追いついてくれる日を。少しだけ、願っています。

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