2026年(令和8年)6月サービス提供分から、訪問看護ステーションが「介護職員等処遇改善加算」を算定できるようになる。これまで訪問看護は同加算の対象外とされてきたが、2026年度の臨時介護報酬改定により、訪問リハビリテーション・居宅介護支援とともに新たに対象事業所として組み込まれることが決定した。
加算率は1.8%。一見すると控えめな数字に見えるかもしれないが、訪問看護ステーション経営にとっては看過できない転換点である。なぜなら、これまで処遇改善の枠外に置かれていた「看護師の賃金引き上げ財源」が、初めて公定価格として認められたからだ。
しかも算定するには、5月15日までの体制届提出が原則として必須となる。本日の時点で既に2週間余りしか猶予がない。経営者として今すぐ取るべき実務を整理した。
まず制度の概要を整理する。
介護職員等処遇改善加算は、介護現場で働く職員の賃金改善を目的として、介護報酬上に設けられている加算である。これまで主に介護施設・訪問介護事業所等の介護職員を対象としてきたが、2024年度の介護報酬改定で「介護職員『等』」と名称が変更され、対象職種の段階的拡大が始まっていた。
2026年6月施行の臨時改定では、訪問看護がこの加算の対象事業所として正式に追加される。これは訪問看護にとって歴史的な変更となる。
訪問看護に設定された加算率は1.8%である。これは介護給付費分科会の答申に明記されている数字で、基本報酬に各種加算を加えた総単位数に乗じて算定する形となる。
参考までに、他の事業類型の加算率と比較すると以下の通りだ。
訪問介護: 最大28.7%(加算I「ロ」) 訪問リハビリテーション: 1.5% 居宅介護支援・介護予防支援: 2.1% 訪問看護: 1.8%
訪問介護との大きな差は、これまでの処遇改善積み上げの違いである。訪問看護は「初めての処遇改善加算」となるため、まずは1.8%という水準で開始される構造だ。
ここが訪問看護にとって特に重要なポイントである。
加算対象となる職員は、介護職員に限定されない。看護師、保健師、助産師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、事務職員、管理者など、ステーションで働く全スタッフが対象となる。
特に看護師の賃金が公定価格の処遇改善として認められたのは、訪問看護の歴史において初めてのことだ。
加算率1.8%という数字が、実際の収益にどの程度影響するか試算する。
月間レセプト請求総額: 約1,200万円 加算額: 1,200万円 × 1.8% = 約21.6万円/月 年間加算額: 約260万円/年
月間レセプト請求総額: 約2,400万円 加算額: 2,400万円 × 1.8% = 約43.2万円/月 年間加算額: 約520万円/年
月間レセプト請求総額: 約600万円 加算額: 600万円 × 1.8% = 約10.8万円/月 年間加算額: 約130万円/年
加算額は全額、スタッフの賃金改善に充てる必要があるが、スタッフ満足度の向上、人材定着、新規採用の優位性を考えれば、経営的にも十分メリットのある仕組みだ。
ここから具体的な実務フローを整理する。
体制届の提出期限は2026年5月15日が原則となる。ただし自治体によっては6月15日まで柔軟に対応される場合もある。最終的な提出期限は、所在地の自治体に必ず確認していただきたい。
5月分のサービス提供は加算対象外で、6月サービス提供分から算定可能となる。逆算すると、5月の早い段階で書類準備を完了させる必要がある。
加算IVに準ずる以下の要件を満たすことが求められる。
要件1: キャリアパス要件I
要件2: キャリアパス要件II
要件3: 職場環境等要件
特に小規模ステーションでは、就業規則の整備が追いついていないケースが少なくない。この機会に、就業規則を最新化することが必要となる。
ただし、2026年度中に実施するという誓約でも算定が認められる柔軟な扱いが用意されている。完全な体制が整っていなくても、計画があれば算定開始が可能だ。
体制届として提出が必要な主な書類は以下の通り。
具体的な様式は、厚生労働省老健局「介護保険最新情報Vol.1478」(別紙1-1 介護給付費算定に係る体制等状況一覧表)で公開されている。
ここから本題、経営者として残り2週間で実行すべき具体的な実務を4点に整理する。
まず、現在のスタッフ賃金水準を正確に把握する。
確認項目:
これを職員ごとに一覧化する。エクセルでも手書きでも構わないが、後述する賃金改善計画の基礎データとなるため、正確性が求められる。
加算によって得られる原資を、どのように配分するかを決定する。配分方針には複数の選択肢がある。
方針A: 全員一律配分
方針B: 職位・職責別配分
方針C: 業績連動型
方針D: 経験年数別
私が経営する訪問看護ステーションでは、方針Bと方針Dを組み合わせている。職位による基本配分に、勤続年数の係数を掛ける形だ。これがスタッフから最も納得を得られる方式だった。
要件I・IIを満たすため、就業規則の整備が必要となる。
整備項目:
すでに就業規則がある場合は、上記項目との整合性を確認する。整備が不十分な部分を補完する形で進めれば、ゼロから作るより負担は軽い。
社会保険労務士に依頼すれば数万円〜十数万円かかるが、自力で作成することも可能だ。厚生労働省の「介護職員処遇改善加算ガイドブック」に記載例が掲載されている。
体制届の提出と並行して、職員への説明が極めて重要となる。
説明事項:
説明会を開かずに加算取得を進めると、後で不公平感や不信感を生む。30分程度の全体ミーティングで構わないので、必ず実施すべきだ。
加算取得後の運用面でも重要な点がある。
処遇改善計画書および実績報告書の根拠資料は、2年間の保存が義務付けられている。具体的には以下の書類を整理・保管する。
これらは実地指導の際に確認される可能性が高い。電子データでの保管も認められるが、保管場所と管理責任者を明確化することが求められる。
ここで「加算取得を見送る」という判断もあり得るかについて触れておきたい。
結論から言えば、特別な事情がない限り、取得すべきである。理由は以下の通り。
理由1: 採用競争力への影響 近隣ステーションが加算を取得し賃上げを実施した場合、取得していないステーションは採用競争で不利となる。
理由2: スタッフ定着への影響 他のステーションで賃上げが行われたことを知ったスタッフは、自ステーションの対応を厳しく評価する。
理由3: 経営の長期視点 1.8%の加算は決して大きな金額ではないが、毎月確実に入る安定収益となる。長期的な経営の安定化に寄与する。
唯一、取得を見送る合理性があるのは、極端に小規模で、要件整備のコストが加算額を上回るケースだ。具体的には、看護師2.5名ぴったりで利用者数も10名未満のステーションでは、判断が分かれる可能性がある。
加算を取得した後の運用面で、注意すべきポイントを整理する。
注意点1: 賃金改善は実態としての引き上げが必要 加算額を全額、スタッフの賃金改善に充てる必要がある。会社負担の社会保険料増加分への充当は認められるが、それ以外は実際の賃金引き上げが必要だ。
注意点2: 実績報告は必須 年に一度、実績報告書の提出が義務付けられている。賃金改善が確実に実施されたことを証明する書類を整備する必要がある。
注意点3: 加算IVの要件は将来的に厳格化される可能性 現時点では加算IVに準ずる比較的緩やかな要件だが、将来的に加算I〜IIIへの段階的引き上げが検討される可能性もある。早期から上位区分を視野に入れた整備が望ましい。
訪問看護に介護職員等処遇改善加算が初めて新設される2026年6月施行の改定は、業界にとって歴史的な転換点となる。加算率1.8%は決して大きな数字ではないが、看護師の処遇改善が公定価格として認められた意義は計り知れない。
5月15日体制届〆切まで残り2週間余り。経営者として、自ステーションの賃金水準確認、賃金改善方針の決定、キャリアパス・就業規則の整備、職員説明会の実施という4つの実務を、迅速かつ確実に進めていただきたい。
訪問看護にとって、看護師の処遇改善は単なる「加算取得」ではない。業界全体の社会的地位向上、優秀な人材確保、サービスの質向上という、より大きな価値につながる第一歩である。
この機会を、自ステーションの経営体制を見直す転機として活用していただきたい。