介護事業者の倒産が、過去最多を更新し続けています。
東京商工リサーチの集計によると、2025年の介護事業者(老人福祉・介護事業)の倒産は176件で、2年連続の最多更新でした。内訳は訪問介護が91件、デイサービスなどの通所・短期入所が45件、有料老人ホームが16件。2026年に入ってもデイサービスの倒産は1月から5月で27件に達し、上半期として過去最多の水準にあります。
この統計を見て、訪問看護の経営者は何を思うでしょうか。訪問看護の名前は、どこにも出てきません。訪問介護91件、通所45件、有料老人ホーム16件。訪問看護は0件ではなく、集計の対象外です。
訪問看護は倒産しない業種なのか。それとも倒産が見えない業種なのか。数字を重ねて確認します。
まず、なぜ訪問看護が介護事業者の倒産統計に出てこないのかを確認します。
東京商工リサーチの介護事業者倒産は、日本標準産業分類の「老人福祉・介護事業」を対象に集計されています。訪問介護、通所介護、有料老人ホーム、グループホームなどはここに含まれます。
一方、訪問看護ステーションは産業分類上「医療業」のなかの「看護業」に位置づけられています。介護保険の指定を受け、売上の約9割が介護保険から出ていても、分類は医療業です。したがって介護事業者の倒産統計には入りません。
では医療業の統計に出てくるのかというと、そうでもありません。東京商工リサーチの「医療機関」倒産は、病院・クリニック・歯科医院を対象としており、2026年上半期は38件で上半期として2番目の高水準でした。この38件にも訪問看護ステーションは含まれていません。
つまり訪問看護は、介護事業者の籠にも医療機関の籠にも入らない位置にあります。倒産が起きても、業界の倒産動向として報じられる統計には現れない。これが第一の構造です。
倒産統計に出てこない訪問看護の退出は、別の場所に記録されています。
2026年6月29日の介護給付費分科会に厚生労働省が提出した資料は、訪問看護ステーションの指定・廃止の状況を示しました。2024年度の廃止届受理数は886件、休止届は355件。翌年4月1日時点の指定数は19,314か所です。
廃止と休止を合わせると1,241件。指定数に対する割合は約6.4%にあたります(編集部の試算)。この数字は5年前の2020年度の廃止541件・休止240件から、いずれも1.6倍前後に増えています。
当メディアで新規開設と廃止の同時増加を扱った際、市場の入れ替わりが激しくなっていることを書きました。分科会資料の数字は、その傾向がさらに進んでいることを示しています。介護事業者の倒産176件と並べれば、訪問看護の廃止886件は桁が違います。ただし両者は定義が異なるため、単純に比較はできません。倒産は負債1,000万円以上の法的整理などを指し、廃止届は事業の終了を行政に届け出た件数です。この定義の違いこそが、第二の構造です。
なぜ訪問看護は倒産ではなく廃止の形で退出するのか。分科会資料が示した廃止理由から読み解きます。
全国訪問看護事業協会の調査(n=437)によると、廃止の理由で最も多いのは「従業員確保が困難」で22.7%。次いで「管理職が退職した」17.6%、「利用者が少なく経営維持が困難」14.9%、「人員基準に満たなくなった」11.0%と続きます。
上位4つのうち3つが人に関する理由です。売上不振が第一の理由になっているデイサービスとは、構造が異なります。
訪問看護ステーションは、看護職員が常勤換算2.5人を下回れば指定を維持できません。当メディアで人員基準を扱った際に触れたとおり、5人前後の事業所で2人が辞めれば、翌月から運営できなくなります。管理者が退職すれば、後任の看護師を置けない限り事業は続きません。
ここで重要なのは、順序です。人が辞めて運営できなくなる時点で、事業所の多くはまだ大きな負債を抱えていません。訪問看護は設備投資が少なく、事務所は賃貸が多く、在庫もほとんどありません。当メディアで開業の経済性を論じた際に書いたとおり、初期投資は数百万円規模で始められます。だから負債1,000万円以上という倒産の定義に達する前に、廃止届を出して閉じることができます。
倒産統計に載らないのは、倒産しないからではありません。倒産するほどの負債を抱える前に、人が足りなくなって閉じるからです。
第三の構造として、法人と事業所の関係があります。
倒産は法人単位で集計されます。訪問看護ステーションの多くは、医療法人や営利法人が複数の事業のなかの一つとして運営しています。分科会資料によると、営利法人が運営する訪問看護事業所は2025年で10,467か所と全体の3分の2を占め、その多くは訪問介護やデイサービス、有料老人ホームなどを併営しています。
法人が訪問看護部門だけを閉じる場合、法人は存続し、倒産にはなりません。廃止届が1件増えるだけです。逆に、複数事業を持つ法人が倒産した場合、その倒産は法人の主たる事業の分類で集計されます。訪問介護が主業であれば「訪問介護の倒産」として数えられ、併設していた訪問看護ステーションの閉鎖は見えなくなります。
2025年の介護事業者倒産176件のうち、訪問看護ステーションを併設していた法人がどれだけあったかは、統計からは分かりません。
倒産統計に頼れないとすれば、訪問看護の経営者は何を指標にすべきでしょうか。
分科会資料の廃止理由は、そのまま経営のリスク項目です。従業員確保、管理者の退職、利用者数、人員基準。この四つのうち、どれが自事業所で最も脆弱かを把握しておくことが、倒産統計を見るより実用的です。
当メディアで離職を減らす方法を論じた際、看護職員5人以上の事業所は5人未満より離職率が低いという調査を紹介しました。分科会資料も、看護職員5人以上のステーションが増加傾向にあることを示しています。廃止理由の上位が人材であるならば、規模の確保が最も直接的な廃止対策になります。
管理者の退職については、当メディアで管理者の役割を扱った際、管理者一人に依存する運営の危うさを書きました。管理者が辞めた瞬間に事業所が止まる構造は、廃止理由の第2位という数字で裏づけられています。副管理者や次の管理者候補を育てているかどうかが、廃止するかどうかを分けます。
介護事業者の倒産が過去最多という報道は、訪問看護にも影響を与えます。金融機関の融資姿勢、採用市場での業界イメージ、行政の政策判断。いずれも公表される統計をもとに動きます。
その統計に訪問看護が出てこないことは、一見すると有利に見えます。倒産が少ない安定した業種と受け取られるからです。しかし実態は、年間886件の廃止と355件の休止が統計の外で起きているということです。
訪問看護の退出を把握できる公式の数字は、現在のところ分科会資料に引用された全国訪問看護事業協会の調査だけです。廃止の理由も、437件の回答をもとにした割合にとどまります。廃止した事業所がどの規模で、どの地域で、開設から何年で閉じたのか。その分布を継続的に公表する仕組みは、まだありません。
当メディアで論じたとおり、訪問看護は開設が容易な分だけ退出も容易です。倒産統計に載らないことは、業界が健全である証拠ではなく、業界の退出が記録されていない証拠です。
廃止届886件という数字は、分科会の資料の1ページに置かれたまま、ほとんど報じられていません。この数字を毎年追い続けることが、訪問看護の経営環境を正確に理解する最初の一歩になります。