訪問看護について調べていると、必ずと言っていいほど、ある「わかりにくさ」に突き当たります。「この人は、医療保険なのか、介護保険なのか」という問題です。
訪問看護には、ほかの多くのサービスにはない、大きな特徴があります。医療保険と介護保険という、二つの公的な保険制度をまたいで提供される、という点です。同じ訪問看護師が、同じように家を訪ねてケアをしても、利用する方の状態によって、使われる保険が変わる。ここが、訪問看護という制度を、少し複雑にしています。
今回は、この「二つの保険の使い分け」を、できるだけやさしく整理してお届けします。訪問看護を利用する方にとっても、この分野で働く方にとっても、押さえておきたい、制度の核心にある仕組みです。
まず、なぜこんな複雑なことになっているのか、という背景からお話しします。
訪問看護が届けるのは、在宅での医療的なケアです。しかし、その対象となる方は、実にさまざまです。介護が必要な高齢の方もいれば、末期がんや神経難病の方、精神疾患を抱える方、そして医療的ケアが必要な子どもたちもいます。
日本の公的保険制度では、高齢者の介護を支える仕組みは介護保険が、病気やけがの治療を支える仕組みは医療保険が担っています。訪問看護は、その両方の領域にまたがるサービスであるため、利用する方の状態に応じて、どちらの保険で提供するのが適切かが、変わってくるのです。この二重性こそが、訪問看護の制度をわかりにくくしている、いちばんの理由です。
複雑に見える使い分けですが、まず押さえるべき原則は、とてもシンプルです。
基本は、「要介護・要支援の認定を受けているかどうか」で決まります。
要介護・要支援の認定を受けている方は、原則として、介護保険が優先されます。一方、要介護認定を受けていない方は、医療保険の対象となります。また、そもそも介護保険の対象ではない40歳未満の方も、医療保険が適用されます。
まずは、この「認定があれば介護保険、なければ医療保険」という大原則を、頭に置いてください。多くのケースは、この原則で判断できます。
ただし、訪問看護の使い分けが少しやっかいなのは、この原則に、いくつかの重要な「例外」があるからです。要介護認定を受けていても、医療保険が優先されるケースがある。ここからは、その例外を、一つずつ見ていきます。
一つ目の例外は、「別表第7」と呼ばれる疾病に該当する場合です。
別表第7とは、正式には、厚生労働大臣が定める疾病等の一覧のことです。ここには、末期の悪性腫瘍(末期がん)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、多発性硬化症、重症筋無力症、パーキンソン病関連疾患、脊髄小脳変性症など、およそ20の疾病が挙げられています。
この別表第7に該当する方は、たとえ要介護認定を受けていても、介護保険ではなく、医療保険による訪問看護が優先されます。
なぜでしょうか。これらの疾病は、いずれも医療的なケアの必要度が高く、より手厚い訪問看護が必要になるものだからです。医療保険による訪問看護では、通常は週3回までとされている訪問回数の制限が、こうした場合には緩和され、状態に応じて頻回の訪問が可能になります。制度は、医療ニーズの高い状態には、医療保険でしっかり対応できるように、設計されているのです。
二つ目の例外は、「特別訪問看護指示書」が交付された場合です。
病状が急に悪化したとき、あるいは退院した直後など、一時的に医療的なケアの必要度が高まる時期があります。こうしたとき、主治医が「特別訪問看護指示書」を交付すると、その期間は、医療保険による訪問看護へと切り替わります。
この特別訪問看護指示書には、いくつかのルールがあります。有効な期間は、原則として交付日から最大14日間で、通常は月に1回まで交付できます。そして、この特別指示の期間中は、毎日の訪問も可能になる一方で、介護保険との併用はできません。介護保険を利用している方であっても、この期間は、いったん医療保険での算定に切り替わることになります。
いわば、一時的に医療ニーズが高まったときに、医療保険で集中的に支えるための仕組みです。この期間と保険の区分の管理を誤ると、請求が差し戻される原因にもなるため、事業所にとっては、正確な運用が求められる部分でもあります。
三つ目の例外は、精神疾患を対象とする訪問看護です。
精神疾患を抱える方への訪問看護は、主治医が交付する「精神科訪問看護指示書」に基づいて、医療保険で提供されます。この場合、要介護認定の有無にかかわらず、精神科訪問看護基本療養費という、専用の枠組みで算定されます。
近年、この精神科の訪問看護の利用は、大きく増えています。地域で暮らしながら治療を続ける方を支える役割として、その重要性はますます高まっており、訪問看護の中でも、注目される分野の一つになっています。
では、医療保険と介護保険、どちらで訪問看護を受けるかによって、実際に何が変わるのでしょうか。利用する方の側から見ると、主に二つの点が異なります。
一つは、利用できる回数や枠組みです。医療保険による訪問看護は、原則として週3回までという上限があります(別表第7や特別指示などの場合は、この制限が緩和されます)。一方、介護保険による訪問看護は、ケアプランに定められた区分支給限度基準額の範囲内で利用します。この限度額は、訪問介護やデイサービスなど、ほかの介護サービスと共有される枠なので、他のサービスとの兼ね合いで、利用できる訪問看護の量が決まってきます。
もう一つは、費用と自己負担の仕組みです。どちらの保険でも自己負担は生じますが、その計算の仕方が異なります。医療保険では、自己負担の割合が年齢や所得によって決まり、たとえば70歳から74歳の方は原則2割、75歳以上の方は原則1割(いずれも現役並みの所得がある方は3割)などとなっています。介護保険でも自己負担は1割から3割ですが、こちらは支給限度額の枠の中での負担となります。
そして、事業所の側から見ると、受け取る報酬の体系そのものが、医療保険と介護保険で異なります。だからこそ、「どちらの保険が適用されるのか」を正確に判断することが、利用する方にとっても、事業所にとっても、とても大切なのです。
こうして整理してみると、訪問看護の使い分けの背景にある考え方が、見えてきます。
医療ニーズが高い状態——末期がんや神経難病、急な病状の悪化、精神疾患——には、医療保険で手厚く。そして、生活を支えながら在宅での療養を続ける段階には、介護保険で。制度は、その人の状態に応じて、支え方を切り替えているのです。訪問看護師は、この二つの制度を行き来しながら、状態の変化に合わせて、切れ目なくその人を支えていく。二つの保険をまたぐという特徴は、裏を返せば、あらゆる状態の人に対応できる、訪問看護の懐の深さでもあります。
なお、この使い分けのルールは、固定されたものではありません。特別な管理を必要とする状態を定めた「別表第8」の対象は、2024年度、そして2026年度の改定でも追加・整理が行われており、制度は、現場の実態に合わせて、細かく見直され続けています。
訪問看護のわかりにくさの多くは、この「二つの保険」という構造にあります。けれど、その構造は、決して利用者を困らせるためのものではありません。一人ひとりの状態に合わせて、最も適した形で支えを届けるための、工夫の積み重ねなのです。
もし、ご家族の訪問看護の利用を考えていて、「うちの場合はどちらの保険になるのだろう」と迷ったときは、まず主治医やケアマネジャー、そして訪問看護ステーションに相談してみてください。どの保険が適用されるかは、専門職がその方の状態を確認したうえで判断します。制度の細かなルールをすべて覚える必要はありません。大切なのは、「訪問看護は、状態に応じて二つの保険で支えられる仕組みなのだ」という、その全体像を知っておくことだと思います。