日本在宅医療連合学会が2024年10月から11月にかけて医師493名を対象に実施した調査の結果は、訪問看護に関わるすべての人にとって衝撃的なものでした。
ホスピス型住宅で入居者への訪問看護指示書を発行する際、ホーム側に都合のいい虚偽の病名や過剰な訪問回数を書くよう不適切な要求をされた経験があると回答した医師が、4割に上ったのです。実態以上の訪問回数を記載するよう求められた医師は37%、主治医変更の圧力を受けた医師は約60%。そして回答医師の約86%が「原則として併設ステーションしか使えない」と答え、入居者は事実上囲い込まれている現実が浮き彫りになりました。
私は手術看護認定看護師として大学病院で長年勤務し、その後訪問看護にも関わってきました。今日お伝えしたいのは、この調査結果を読んで頭に浮かんだ、現場で出会ってきた看護師たちの顔です。彼女たちが語れなかった本音について、少しお話させてください。
3年ほど前のことになります。ホスピス型住宅併設の訪問看護ステーションに転職した後輩から、夜遅くにLINEが来ました。
「先輩、相談していいですか。今日訪問した方、私が見た限り全然元気で、特に何もすることないんです。バイタル測って、世間話して、それで30分が来ました。でも管理者からは『訪問記録は丁寧に書いてね、加算が取れるように』って言われています。これって、どうなんでしょうか」
私は何と返事をしたらいいか、すぐには言葉が出ませんでした。彼女が見ていた現実は、おそらく多くのホスピス型住宅併設ステーションで起きていたことだったのだと、今になって思います。
医師の4割が虚偽の病名を求められた、という調査結果は、現場の看護師にとっては「やっぱり」という気持ちと、「公になってよかった」という気持ちが入り混じる数字なのではないでしょうか。
「不適切だと感じるなら、声を上げればよかった」——そう思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも、現場の看護師の立場を考えると、それがどれほど難しいことか、想像していただきたいのです。
訪問看護ステーションで働く看護師の多くは、子育てや介護と両立しながら働いています。安定した雇用は、生活を支える基盤です。経営方針に異を唱えれば、職を失うリスクと向き合うことになります。
そして、看護師の多くは「真面目に看護をしたい」と思って働いています。「これはおかしいのでは」と感じても、自分一人がそう思っているだけかもしれない、業界の常識を知らないだけかもしれない、と自分を疑ってしまう。声を上げる前に、自分を責める看護師の方を、私はたくさん見てきました。
医師493名の調査で印象的だったのは、ある訪問診療医の言葉でした。「そんな頻度の訪問は要りません」「この病名は違うでしょう」とブレーキをかけるまともな医師は、ビジネスモデルから見れば邪魔者なのです——という指摘です。
医師でさえ「邪魔者」と扱われる構造の中で、訪問看護師はどう振る舞えばいいのでしょうか。指示書を発行する医師が変えられ、ステーションも併設の一択しか選べない環境で、入居者・利用者の本当の利益を守るのは、現場の看護師にとって極めて困難なことです。
「主治医変更の圧力を受けた医師が約60%」という数字を見たとき、私は怒りよりも先に、深い悲しみを感じました。医療の根幹を支える医師と看護師の関係性が、ビジネスの論理によってここまで歪められてしまったのか、と。
ここで、真面目に訪問看護に取り組んできた皆さんに、ぜひお伝えしたいことがあります。
業界の不正が次々と明るみに出る中で、「訪問看護=不正」というイメージが世間に広がっているように感じられる方もいらっしゃるでしょう。心ある看護師ほど、自分が関わってきた仕事への誇りが揺らぐ瞬間があるかもしれません。
でも、声を大にしてお伝えしたいのは、不正を行ってきたのは一部の事業者であって、訪問看護という仕事そのものではない、ということです。
私が出会ってきた訪問看護師の方々の多くは、利用者さん一人ひとりに真摯に向き合い、ご家族の不安に寄り添い、看取りの場面では涙を流しながら最期の時間を支えていらっしゃいました。深夜のオンコールで駆けつけ、自分の体調が悪い日でも「あの方が心配だから」と利用者宅に向かう姿。これが訪問看護の本当の姿です。
もしあなたがホスピス型住宅併設のステーションで働いていて、「あの仕事のやり方は、本当はおかしかったのでは」と振り返っている方がいらっしゃるなら、その違和感を信じてください。
あなたが感じた違和感は、看護師としての誠実さの証です。経営方針に従いながらも、心のどこかで「これは違う」と思い続けたあなたの感性は、何も間違っていません。
そして、当時の自分を責める必要はありません。組織の中で個人ができることには限界があります。あなたは生活を守りながら、できる範囲で利用者さんと向き合ってきたはずです。
これから別の職場で働く時、あの違和感を覚えていてください。「真面目に看護したい」と感じる場所で、あなたの力を発揮していただきたいです。
この調査結果を見て、訪問看護を利用している方、ご家族の方が不安を感じていらっしゃるかもしれません。「うちの訪問看護も、もしかして」と。
少し冷静にお伝えします。
第一に、訪問看護ステーションのほとんどは、真面目に看護を提供しています。問題が指摘されているのは、特定のビジネスモデル(ホスピス型住宅併設、精神科特化型の一部)です。一般的な訪問看護ステーションが利用者宅を訪問しているケースでは、こうした問題はほぼ発生していません。
第二に、訪問看護に違和感を感じたら、ケアマネジャーや主治医に相談していただいて構いません。サービスの内容、訪問頻度の妥当性、看護師の対応について、第三者の意見を聞くことは利用者の正当な権利です。
第三に、訪問看護ステーションは選べます。「併設のステーションしか使えない」という説明を受けたら、それは正しくありません。利用者には事業所選択の権利があります。地域に複数のステーションがある場合、ケアマネジャーに相談すれば変更も可能です。
ここで希望のお話をさせてください。
2026年6月施行の診療報酬改定で、訪問看護業界は大きく変わります。包括型訪問看護療養費の新設、精神科訪問看護の規制強化、不適切請求への監視強化。これらは、これまで指摘されてきた問題への正面からの対応です。
そして並行して、訪問看護に介護職員等処遇改善加算が初めて新設されます。看護師の処遇改善が、業界全体で進む転換点になる可能性があります。
業界の浄化と、真面目に働く看護師の処遇改善が、同時に動き始めています。これは、訪問看護に関わるすべての人にとって、希望のあるニュースだと感じています。
私は、訪問看護という仕事を心から尊いと感じています。
利用者さんの暮らしの場で、その方の人生に寄り添う看護。ご家族の悲しみや喜びを共にする看護。最期の瞬間まで、その方らしく生きることを支える看護。これらは、病院では決してできない、訪問看護だけの価値です。
一部の事業者が起こした問題によって、この尊い仕事への信頼が揺らいでいることは、本当に悲しいです。でも、業界が自浄作用を働かせ、制度が整っていく中で、訪問看護はもう一度、利用者・ご家族・社会から信頼される仕事に戻れると、私は信じています。
そして、その変化を支えるのは、現場で真面目に働いてきた看護師たちです。声を上げにくい環境の中で、それでも利用者さんに誠実に向き合ってきたあなた方の存在こそが、訪問看護の未来を作っていきます。
医師493名のアンケートで明らかになった「医師の4割が虚偽要求された」という事実は、訪問看護業界の構造的な問題を浮き彫りにしました。同時に、その中で真面目に働いてきた看護師たちの存在も、改めて大切にされるべきだと感じています。
経営の論理に飲み込まれそうになりながらも、看護師としての誠実さを保ち続けてきた皆さん。その違和感を、声にできなかった気持ちを、私は理解しています。
2026年の業界変革を機に、訪問看護がもう一度、利用者・ご家族・社会から信頼される仕事に戻れますように。そして、現場で誠実に働く看護師の処遇が、正当に評価される社会になりますように。
声を上げられなくても、あなたが感じてきた違和感は、訪問看護の未来を作る大切な感覚です。これからも、その感性を大切にしていただきたいと、心から願っています。
HokanPressでは、訪問看護に関わる皆さんの声に寄り添う発信を続けていきます。