2026年1月に開催された社会保障審議会医療部会で、医療事故調査制度の改正方針が了承された。改正の柱は2点。2026年4月から全ての病院・有床診療所・助産所に医療安全管理者の配置を義務付けること。2029年4月から管理者本人への研修受講を義務化することだ。
看護管理者・経営者として注視すべきは、2029年施行とはいえ、対応には3年の準備期間が必要となる規模の改革であるという点だ。現場での運用整備、人材育成、組織体制の見直しを今から進めなければ、施行直前に慌てることになる。
まず、なぜ今このタイミングで医療事故調査制度の見直しが進められているのか、その背景を整理したい。
医療事故調査制度は2015年10月に開始され、約10年が経過した。当初の想定では年間1,300件から2,000件の医療事故報告が見込まれていたが、実際の報告件数は年間300件から400件にとどまっている。明らかに「医療事故を報告する文化」が定着していない現状がある。
理由として指摘されているのは以下の点だ。
事故の報告判断が院長個人に委ねられており、判断基準のばらつきが大きいこと。医療安全管理者が配置されていない中小病院や有床診療所では、組織的な医療安全対策が機能していないこと。医療事故調査制度自体への理解が現場に浸透していないこと。
これらを解消するための制度改革として、今回の改正が打ち出された。
社会保障審議会医療部会で了承された改正内容は、以下の3点に集約される。
すべての病院・有床診療所・助産所において、医療安全管理者の配置が義務化される。これまで医療安全管理者の配置は加算要件等で評価されてきたが、今回は法令上の義務として位置づけられる構造だ。
医療安全管理者の主な職務は以下のとおり。
これまで医療安全管理者を置かずに運営してきた小規模医療機関は、2026年4月までに人員配置の見直しが必要となる。
医療事故調査制度に携わる者(具体的には病院・有床診療所・助産所の管理者)に対し、関連研修の受講が義務付けられる。
研修内容として想定されているのは以下である。
研修の実施主体、時間数、修了要件等は今後詳細が固まる予定だ。
国民・遺族側に対する医療事故調査制度の認知度向上、相談窓口の明確化なども並行して進められる。
これらの改正が、看護管理者の業務にどう影響するか。具体的に見ていきたい。
医療安全管理者の資格要件は、医師、看護師、薬剤師等の医療資格を持つ者で、医療安全管理に関する研修を修了していることが基本となる。
中小規模の病院では、医師の確保が困難な状況下で、看護師長クラスが医療安全管理者を兼務するケースが増えると予想される。看護管理者にとっては、新たな職務責任が加わる構造だ。
管理者本人の研修義務化は2029年だが、院内全体の医療安全文化を醸成するためには、すべての職員への継続的な研修が不可欠となる。看護管理者は、医療安全管理者と連携しながら、院内研修プログラムの構築に関わることになる。
医療事故の判断には、インシデント・アクシデント情報の組織的な把握が前提となる。看護管理者として、現場スタッフが報告しやすい組織文化を作り、ヒヤリハット事例を記録する体制を整える責任が増す。
医療事故が発生した際、遺族との初期対応は看護管理者が担うことが多い。傾聴、情報提供、適切な機関への紹介等のスキルが、これまで以上に重要となる。
ここで気になるのが、訪問看護ステーションへの影響だ。
今回の改正は基本的に「病院・有床診療所・助産所」が対象であり、訪問看護ステーションは直接の義務化対象には含まれていない。
ただし、間接的な影響は無視できない。
訪問看護ステーションの利用者は、急性増悪時に連携病院へ入院することが多い。連携病院の医療安全体制が強化されれば、訪問看護ステーション側でも以下のような対応が求められる。
訪問看護現場でも、利用者の転倒・誤薬・処置エラー等のインシデントは発生する。今後、訪問看護ステーションにも独自の医療安全管理体制構築が求められる流れが予想される。
訪問看護ステーション経営者として、義務化を待つのではなく、自主的に医療安全管理体制を構築しておくことが将来的な競争優位につながる。
2029年4月施行までの3年間、看護管理者・経営者として進めるべき準備を時系列で整理する。
医療安全管理者の選定と配置(2026年4月までに必須)。インシデント報告システムの導入または改善。院内研修プログラムの構築。医療事故対応マニュアルの整備。
定期的な院内研修の実施(看護師全員対象)。インシデント分析会の月次開催。医療事故調査制度に関する管理者研修の事前受講。連携病院・他の医療機関との情報共有体制構築。
研修プログラムの効果測定。組織的な医療安全文化の醸成。模擬医療事故対応訓練の実施。研修記録の整備。
新制度下での運用開始。年次評価と改善。次世代の管理者育成。
施行までに看護管理者が身につけておくべきスキルを5つ挙げる。
医療事故か否かの判断は、現場のミドルマネジメントレベルでも求められる場面がある。判断基準の理解、客観的な事実認定、組織への報告判断などが含まれる。
医療事故発生直後の遺族対応は、その後の調査・訴訟対応に大きく影響する。傾聴の姿勢、誠実な情報提供、不適切な発言の回避などのスキルが必須となる。
インシデント・アクシデント情報を網羅的に収集し、傾向を分析する能力。この能力なくして再発防止策の立案はできない。
医療法、医師法、保健師助産師看護師法、医療事故調査制度等の関連法規の理解。法的リスクの判断と適切な対応。
医療安全は一人の管理者では実現できない。多職種チームで取り組む姿勢、心理的安全性の確保、報告しやすい組織文化の構築が重要となる。
経営者の視点から、この制度改革をどう経営判断に組み込むかを考えたい。
医療安全管理者の配置義務化に伴い、適切な人材確保への投資が必要となる。専任が困難な小規模施設では、外部の医療安全コンサルタントの活用、近隣施設との人材シェアなども選択肢に入る。
インシデント報告システム、電子カルテとの連携、研修管理システムなど、医療安全に関わるICT投資が必要となる。年間数十万円から数百万円の投資が見込まれる。
職員研修にかかる費用と時間は決して小さくない。研修費用、講師料、職員の研修参加時間、外部研修への派遣費用などを年次予算に組み込む必要がある。
医療事故対応の体制強化に伴い、医療機関賠償責任保険の補償内容を見直すことが推奨される。保険料は増加するが、リスク管理上は必須の対応となる。
最後に、訪問看護ステーション経営者として今から取り組むべきことを提言する。
直接の義務化対象外でも、医療安全管理体制を自主的に構築することが望ましい。理由は3つある。
第一に、利用者・ご家族からの信頼獲得につながる。「医療安全管理体制を整えたステーション」というポジションは、選ばれる事業所となる強みとなる。
第二に、連携病院との関係強化に直結する。病院側が医療安全に厳格になる中、訪問看護ステーション側の体制が見劣りすると連携が困難になる。
第三に、将来的な義務化への備えとなる。今回の改正で訪問看護ステーションは対象外だが、次回以降の見直しで対象に組み込まれる可能性は十分にある。早めの準備が将来の経営負担を減らす。
医療事故調査制度の改正は、2026年から2029年にかけて段階的に施行される大きな制度改革である。看護管理者・経営者として、3年の準備期間を確保できる今から、組織的な医療安全管理体制の整備を進めることが重要となる。
直接の義務化対象でない訪問看護ステーション経営者にとっても、この改革の流れは無関係ではない。連携病院との関係強化、利用者からの信頼獲得、将来的な義務化への備えという観点から、自主的な体制構築を進めていただきたい。
医療安全は、看護の質を支える土台である。今回の制度改革を、組織の質を高める機会として前向きに捉えていきたい。