2026年7月28日、熊本県で大きな地震が発生しました。気象庁の速報値でマグニチュード7.1、宇城市と氷川町では最大震度7を観測しています。気象庁は今後1週間程度は同程度の地震に注意するよう呼びかけており、2016年の熊本地震との関連も指摘されています。報道では、関連が調査中のものを含めてすでに複数の死亡が伝えられ、多数の負傷者が病院に搬送されました。被害の全容は、いまも把握の途上にあります。
こうした大きな災害が起きると、避難所や病院の様子に注目が集まります。しかし、その陰で、静かに命の危険にさらされる人たちがいます。自宅で療養を続ける在宅療養者です。そして、その人たちを支える訪問看護には、災害時にこそ果たすべき、切実な役割があります。今回は、災害時の訪問看護について整理してお届けします。
在宅療養者の中でも、災害時に特に危険な状態に置かれるのが、医療機器に命を預けている人です。人工呼吸器、在宅酸素、たんの吸引器。これらは、いずれも電気で動きます。
停電が起きれば、機器は止まります。過去の災害では、停電によって人工呼吸器が停止し、バッテリー切れで亡くなった筋萎縮性側索硬化症の療養者の事例や、洪水で命を落とした医療的ケア児の事例が報告されています。電源が絶たれることが、そのまま命の危機に直結するのです。
地震の場合、事態はさらに複雑になります。停電に加えて、断水、道路の寸断、通信の途絶が同時に襲いかかります。在宅療養者の命綱が、一斉に脅かされる状況です。だからこそ、災害が起きたときに、この人たちの安否をいち早く確認し、電源と医療を確保することが、文字どおり命を左右します。
ここで、熊本という地に、この分野の貴重な経験があることに触れておきたいと思います。
2016年の熊本地震の際、熊本県では、在宅で人工呼吸療法を必要とする療養児・者が、電源を確保するために医療機関へ避難する仕組みが機能しました。その結果、地震の発生から48時間以内に、人工呼吸器を使用する人の77%が避難を完了し、電源の確保も問題なく行われたと報告されています。
これは、大きな意味を持つ事実です。平時からの備えと、医療機関・行政・訪問看護の連携があれば、大災害のさなかでも、在宅で医療機器に頼る人たちを守れる。そのことを、実例が示しています。
一方で、他の地域の災害に目を向けると、様相は異なります。個別の支援計画が整備されていなかった、あるいは用意されていても実際には役に立たなかったケースも報告されています。備えがあるかないか。その差が、災害時には生死を分けるのです。熊本の経験は、備えの力を証明すると同時に、備えの重みを、私たちに突きつけます。
では、災害が起きたとき、訪問看護師は具体的に何をするのでしょうか。大きく四つあります。
第一に、安否確認です。発災の直後、まず利用者の安否を確認します。このとき、すべての利用者に同時に対応することはできません。だからこそ、医療機器に依存している人など、優先度の高い利用者から確認していきます。後述する業務継続計画では、この安否確認の方法や優先順位を、平時から定めておくことになります。
第二に、電源と医療機器の確保です。人工呼吸器や在宅酸素の状況を確認し、バッテリーや予備電源、そして機器の業者への連絡を支援します。酸素や人工呼吸器の業者に被災の状況を伝え、ボンベの配送などを依頼する。もし業者と連絡が取れない場合に備え、避難先を明記した貼り紙をどこに掲示するかといったルールを、あらかじめ業者や利用者と共有しておくことも大切です。
第三に、薬の継続です。慢性の疾患を抱える在宅療養者にとって、薬の中断は、それ自体が危険です。避難してすぐに薬を調達できる保証はありません。ですから、1週間程度の薬と、お薬手帳を持ち出せるよう、平時から準備を促しておきます。
第四に、避難の支援と療養場所の確保です。自宅での療養が難しくなった場合に備え、入院先や避難先を確認しておきます。在宅酸素であれば、医療機関に設けられるHOTセンターが対応の場になることもあります。
ここまで読んでお気づきのとおり、災害時の対応は、その場の判断だけでは間に合いません。平時にどれだけ備えているかが、すべてを決めます。
まず、利用者ごとの情報の整理です。どの利用者が、どんな医療機器を使い、どれだけの電源を必要とするか。バッテリーの駆動時間はどのくらいか。どんな薬を飲んでいるか。緊急時の連絡先は誰か。これらを一覧にまとめておきます。
次に、個別の支援計画です。一人ひとりについて、災害時にどう安否を確認し、どこへ避難し、誰が支援するのかを、あらかじめ決めておきます。これは、行政が進める災害時の要援護者支援の枠組みとつないでおくことで、より確かなものになります。
そして、電源の備えです。人工呼吸器は、専用のバッテリーを用いるのが原則です。外部バッテリーを普段から機器につないでおき、内部バッテリーはいざというときの非常用とします。バッテリーは消耗品で、年月とともに劣化しますから、いつ購入したものかを把握しておくことも欠かせません。発電機やシガーソケットで動かす可能性があるなら、それが可能かどうかを、事前に医療機関や機器の業者に確認しておきます。
最後に、地域との連携です。停電や災害が起きたときにどう動くかを、医療機関、訪問看護ステーション、介護事業所、そして行政とで、平時から話し合っておく。防災の情報を共有できる関係を築いておく。災害は、一つの事業所だけでは、とても支えきれないからです。
もう一つ、忘れてはならないことがあります。災害では、訪問看護ステーション自身もまた、被災するということです。ステーションの建物が損傷し、通信が途絶え、そして職員自身も被災者になります。
だからこそ、業務継続計画、いわゆるBCPが重要になります。介護保険のサービスでは、このBCPの策定が義務づけられています。
BCPに盛り込むべきことは、多岐にわたります。職員の安否確認の方法と参集の基準。被災したなかでのシフトの調整。利用者の安否確認の方法と、個別の支援計画。BCPを発動する基準。緊急時の体制と、活動の拠点。そして、災害時に訪問看護のサービスをどう取り扱うのかを、契約のときに利用者へ説明しておくこと。これらを、あらかじめ文書として整えておきます。
計画は、作って終わりではありません。訓練して、初めて機能します。震度6の地震を想定した安否確認の訓練、建物や通信機器の被災状況を確認する訓練、そして事業所の周辺のハザードマップの確認。こうした備えの積み重ねが、いざというときに、計画を生きたものにします。
最後に、大切なことをお伝えします。災害のとき、訪問看護師がまず優先すべきなのは、ほかでもない、自分自身の安全の確保です。
支える側が倒れてしまえば、誰のことも守れません。利用者の情報を整えることと同じくらい、スタッフ自身の身の安全を守ること、そして無理のない範囲で活動することが、大切です。BCPの中にも、この視点はきちんと位置づけられています。使命感は尊いものですが、その使命を果たし続けるためにこそ、まず自分の身を守る。この順序を、忘れないでいてほしいと思います。
熊本の地震の被害の全容は、まだ明らかになっていません。いまこの時間も、現地では懸命の対応が続いています。自宅で療養を続ける人たちの安否が一日も早く確認され、必要な支えが確実に届くことを、心から願っています。
そして、この災害は、決して遠い地域だけの話ではありません。地震は、どこでも起こりえます。自宅で療養する人がいて、それを支える訪問看護がある。その一つひとつのステーションが、平時にどれだけ備えているか。それが、いざというときに命を守れるかどうかを、静かに分けます。
熊本が2016年に示した、48時間以内に77%が避難できたという事実は、備えれば守れることの、確かな証です。悲しいニュースが続くいまだからこそ、目をそらさずに、自らのステーションの備えを、もう一度、確認しておきたいものです。