2026年5月22日、厚生労働省は中東情勢の悪化を受けて、医療用グローブの国家備蓄放出を決定したことを発表しました。医療機関や訪問看護ステーション等で在庫が不足した場合に購入可能となる仕組みです。
これは表面的には「備蓄を活用する」というシンプルな話に見えますが、その背景には日本の医療資材供給網の脆弱性という構造的な問題があります。訪問看護現場にとっても、決して他人事ではない動きです。
まず、厚生労働省の発表内容を整理します。
GemMedの報道によれば、厚生労働省は2026年5月22日、医療用グローブについて以下の方針を発表しました。
主な内容:
これは「即時の物資不足」ではなく、「将来的な不足リスクへの予防的対応」として位置づけられています。
医療用グローブと中東情勢の関連性について、整理します。
医療用グローブの主な原材料:
これらの原材料、特にニトリルゴムの製造には石油由来の合成ゴム原料が使われています。中東情勢の悪化は、原油価格の上昇と物流の不安定化を通じて、医療用グローブの供給に直接的な影響を与える構造があります。
加えて、日本の医療用グローブの大部分は東南アジア(マレーシア、タイ、ベトナム等)からの輸入に依存しています。中東情勢が悪化すると、東南アジアから日本への海上輸送ルート(マラッカ海峡、ホルムズ海峡)に影響が及ぶ可能性があります。
医療用グローブの供給不安は、新型コロナウイルス感染症の流行期に深刻な問題として顕在化しました。
COVID-19での経験:
この経験を踏まえて、日本政府は医療用グローブの国家備蓄を強化してきました。今回の放出決定は、そのリスク管理の枠組みが実際に発動された形となります。
訪問看護ステーションにとって、医療用グローブは絶対に欠かせない資材です。今回の国家備蓄放出は、訪問看護現場に複数の側面で影響を与えます。
訪問看護師1人あたりのグローブ使用量は、想像以上に多いです。
1日あたりの使用例:
ステーション全体での月間使用量は、看護師数によって以下のような規模となります。
看護師5名のステーション: 月1,500〜2,500枚 看護師10名のステーション: 月3,000〜5,000枚 看護師20名の大規模ステーション: 月6,000〜10,000枚
このような大量消費を前提とした事業所にとって、グローブの安定供給は事業継続の生命線です。
国家備蓄放出が決定されたということは、すでに「供給リスク」が認識されている状況を示します。今後、市場では以下のような動きが想定されます。
短期的な影響:
中期的な影響:
経営者として、価格上昇への備えを始める時期に入っています。
2026年6月施行の改定で新設される「訪問看護物価対応料」は、まさにこうした物価高騰リスクへの対応として制度化されたものです。
訪問看護物価対応料1:
ただし、医療用グローブの大幅な価格上昇が現実化した場合、物価対応料の収入だけでは十分にカバーできない可能性もあります。経営者として、複数のリスク対応策を準備する必要があります。
ここから、訪問看護ステーションとしての具体的な備え方を整理します。
通常時は「過剰在庫=資金の遊休」と捉えられがちですが、リスクが顕在化している現在は、適切な在庫量の確保が重要となります。
推奨在庫水準:
現在の状況では、通常時より多めの在庫を確保することが推奨されます。ただし、保管スペースとキャッシュフローへの影響を考慮した経営判断が必要です。
単一の仕入れ先に依存している場合、その仕入れ先の調達が止まれば、ステーション全体の事業継続が脅かされます。
対応方針:
これらを通常時から確保しておくことで、有事の際の調達リスクを分散できます。
今回の発表により、医療機関や訪問看護ステーションは国家備蓄を購入できる仕組みが整いました。
国家備蓄活用の手順(想定):
ただし、国家備蓄の活用は「本当に在庫が不足した時の最終手段」として位置づけられます。通常時の調達は、通常の流通網を活用することが基本となります。
特殊な医療用グローブだけでなく、汎用的なグローブで代替可能な業務もあります。
検討事項:
これらを整理しておくことで、特定資材が不足した場合の業務継続性が高まります。
医療用グローブだけでなく、訪問看護に必要な物資全般の供給リスクに対応するため、BCP(事業継続計画)の整備が必要です。
BCPに含めるべき要素:
訪問看護ステーションのBCPは、災害対応を中心に整備されているケースが多いですが、今後は供給リスクへの対応も含めた包括的な整備が求められます。
ここで、より広い視点で、日本の医療資材供給網の構造的問題を整理します。
医療用消耗品の多くは、海外からの輸入に依存しています。
主な輸入依存品目:
これらの輸入が止まると、日本の医療提供体制が直接的に影響を受ける構造があります。
日本国内での医療用消耗品の製造は、長年にわたって縮小傾向にあります。コスト競争力の問題から、海外への生産移転が進んだ結果です。
COVID-19以降、政府は国内製造業の強化に取り組んでいますが、短期間で輸入依存度を下げることは現実的に困難です。
国際的な物流リスクも高まっています。
リスク要因:
これらが複合的に発生すると、医療資材の安定供給が脅かされます。
訪問看護経営者として、今回の動きから学ぶべき視点を整理します。
COVID-19の経験から学んだのは、「想定外」を想定して経営することの重要性です。
医療用グローブの大幅な供給不足、価格高騰、特定の流通ルートの遮断——これらは「ありえない」と思っていた事態が、実際に発生しました。
経営者として、「ありえない」を「いつか起きうる」と捉え直す姿勢が必要です。今回の国家備蓄放出も、その認識への一歩として活用すべき情報です。
過剰な在庫は経営を圧迫します。一方、過少な在庫はリスクを高めます。
経営者として、自ステーションの規模、財務状況、地域の供給状況を踏まえて、最適なバランスを見つける必要があります。
考慮要素:
これらを総合的に判断することが、経営者の責務となります。
医療資材供給のリスク情報は、厚生労働省、業界団体、メーカー、流通業者から継続的に発信されます。
経営者として、これらの情報を継続的に収集する仕組みを持つことが重要です。
情報源の例:
これらに毎週・毎月、定期的にアクセスする習慣を持つことが、経営リスク管理の基本となります。
医療用グローブの供給リスクは、現場で働く看護師にとっても重要な情報です。
経営者として、以下を看護師に共有することが望ましいです。
「経営の話だから現場は知らなくていい」という姿勢ではなく、ステーション全体でリスク管理に取り組む姿勢が、有事の備えとなります。
単独ステーションでの備えには限界があります。地域内の他のステーションや連携病院との情報共有・相互融通の仕組みが、リスク対応の強化につながります。
連携の例:
地域全体で支え合う仕組みが、個別ステーションの経営リスクを下げる効果を持ちます。
医療用グローブの供給リスクは、利用者・ご家族の生活にも間接的な影響を与えます。
供給状況が悪化した場合、訪問看護師の業務にも影響が出る可能性があります。事前に以下を利用者・ご家族に説明しておくことが、信頼関係の維持につながります。
ただし、不安を煽るような伝え方は避け、「事業所として備えている」というメッセージを中心に伝えることが重要です。
医療用グローブの供給状況に関わらず、利用者宅での感染対策は継続的に実施する必要があります。
利用者・ご家族にお伝えすべき継続事項:
これらは、医療用グローブの供給状況に左右されない基本的な感染対策です。
医療用グローブの供給状況については、今後数か月の動向を継続的にフォローする必要があります。
2026年6月から夏にかけて、以下のような展開が想定されます。
経営者として、これらの動きを継続的に注視することが必要です。
2026年下半期から2027年にかけては、以下のような中期的な変化が予想されます。
これらの変化に、ステーションとして適応していく必要があります。
長期的には、日本の医療資材供給網全体の見直しが進む見通しです。
訪問看護ステーションも、こうした業界全体の変化の中で、自社の位置づけと対応を考えていく必要があります。
2026年5月22日の医療用グローブ国家備蓄放出の発表は、訪問看護現場にとっても重要な動きとなりました。表面的には「備蓄を活用する」というシンプルな決定ですが、その背景には日本の医療資材供給網の脆弱性という構造的な問題があります。
訪問看護ステーション経営者として、今回の動きを「他人事」ではなく「自分の事業所のリスク管理」として捉え、在庫の最適化、仕入れ先の複数化、BCP の整備、スタッフへの情報共有、地域内の連携といった対策を着実に進めることが求められます。
並行して進む「訪問看護物価対応料」の新設は、こうしたコスト上昇リスクへの制度的な対応として活用すべきものです。複数の制度変更を組み合わせて、自ステーションの経営基盤を強化していくことが、これからの訪問看護経営の鍵となります。
医療用グローブをはじめとする医療資材の安定供給は、訪問看護師が安心して働き、利用者さんに質の高い看護を提供する前提条件です。経営者・管理者として、この前提条件を守り続ける責任を、改めて認識する機会としていきたいと考えます。
HokanPressでは、訪問看護経営に影響する制度変更・社会動向について、引き続き継続的に発信していきます。