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賃上げの原資は、補助金で作れる——訪問看護が使える「業務改善助成金」、令和8年度は9月1日開始|最大600万円、ただしコースは50・70・90円に再編、一般車両は対象外に

HokanPress編集部 · 2026年7月26日
最低賃金が毎年大きく上がる中、「賃上げの原資が出ない」という声は、訪問看護の現場でも切実です。そんな事業所を支える制度が、業務改善助成金です。賃金を引き上げ、あわせて生産性向上の設備を導入すると、その費用の一部(最大600万円)が助成されます。令和8年度は9月1日申請開始で、コースの再編や一般車両の対象外化など大きな変更がありました。制度の中身と、申請で失敗しないための要点を、HokanPress編集部が整理してお届けします。

最低賃金は、毎年大きく上がっています。全国の加重平均は、令和7年度に1,121円まで上昇しました。地域によっては、さらに高い水準です。

賃金が上がること自体は、働く人にとって望ましいことです。けれど、それを支払う事業所の側からは、「賃上げの原資が出ない」という声が上がります。訪問看護も例外ではありません。看護師の確保と定着のために賃金を上げたい。けれど、報酬は公定価格で決まっており、値上げで原資を作ることはできない。このジレンマは、訪問看護の経営に重くのしかかっています。

この「賃上げの原資」の問題に、正面から応える制度があります。厚生労働省の業務改善助成金です。今回は、この制度の中身と、令和8年度に何が変わったのか、そして申請で失敗しないための要点を、整理してお届けします。

業務改善助成金とは、何か

業務改善助成金は、二つのことを同時に行った中小企業・小規模事業者を助成する制度です。

一つは、事業場内最低賃金を、一定額以上引き上げること。もう一つは、生産性の向上や労働能率の増進に役立つ設備投資などを行うことです。この二つをセットで実施すると、その設備投資などにかかった費用の一部が、助成されます。

助成額は、最大で600万円。助成率は、かかった費用の最大5分の4です。訪問看護のように、賃上げの必要に迫られながら、同時に業務の効率化にも取り組みたい事業所にとって、相性のよい制度だと言えます。

ここで、「事業場内最低賃金」という言葉を押さえておきます。これは、その事業場で最も低い時給のことです。地域別最低賃金が、その地域の全事業所に適用される下限であるのに対し、事業場内最低賃金は、個々の事業所の中で実際に最も低い賃金を指します。業務改善助成金は、この事業場内最低賃金を引き上げることを、助成の条件にしています。

令和8年度、大きく変わった

この業務改善助成金は、令和8年度(2026年度)に、いくつもの重要な変更が加えられました。前年度に申請したことがある事業所も、改めて確認しておく必要があります。

第一に、申請の開始時期です。令和8年度の募集は、9月1日開始とされています。申請の期限は、地域別最低賃金の発効日の前日、または11月末の、早いほうとされています。つまり、受付期間は限られており、この記事が出ている時点では、開始が目前に迫っている、ということになります。

第二に、賃上げのコースが再編されました。従来は、30円、45円、60円、90円の4コースでしたが、令和8年度は、50円、70円、90円の3コースに整理されました。最低でも50円の賃上げが必要になった、ということです。引き上げる額と、引き上げる労働者の人数によって、助成の上限額が変わる仕組みは、これまでと同じです。

第三に、助成率の基準が変わりました。従来は、引き上げ前の事業場内最低賃金が1,000円未満かどうかが境界線でしたが、令和8年度からは、この基準が1,050円に引き上げられました。事業場内最低賃金が1,050円未満であれば助成率は5分の4、1,050円以上であれば4分の3となります。

第四に、対象となる事業所の範囲が広がりました。従来は、事業場内最低賃金が地域別最低賃金との差額50円以内である事業所に限られていましたが、令和8年度はこの制限が廃止されました。改定後の地域別最低賃金額を下回っている事業場内最低賃金であれば、対象になります。これまで「最低賃金より51円以上高く払っているから対象外」だった事業所も、対象に含まれる可能性が出てきました。

申請のルールが、厳しくなった

一方で、注意すべき変更もあります。申請のルールが、より厳格になりました。

最も重要なのが、順番です。賃金の引き上げは、必ず「申請より後」に行わなければなりません。賃上げを先にしてしまい、その後で申請する、という事後申請は、認められなくなりました。地域別最低賃金の発効に合わせて引き上げる場合は、申請した後から、発効日の前日までの間に引き上げる必要があります。

設備投資についても、同じ考え方です。交付の決定を受ける前に、設備を発注したり、契約したりしてしまうと、助成の対象外になります。正しい順番は、まず計画を作り、交付を申請し、賃上げを行い、交付決定を受け、それから設備を導入する、という流れです。この順番を一つでも間違えると、助成金が一切受け取れない、という事態になりかねません。

さらに、対象となる労働者についても要件が加わりました。賃上げの対象となる労働者は、「雇用保険の被保険者」であることが必須とされました。

訪問看護にとっての、注意点 —「車」

そして、訪問看護の事業所が、特に注意しておきたい変更があります。自動車の扱いです。

令和8年度から、一般の車両は、助成の対象外になりました。訪問看護は、移動が業務の大きな部分を占めます。訪問に使う車を、この助成金で購入したい、と考える事業所もあるかもしれません。しかし、通常の自動車は、もはや対象にはなりません。

ただし、例外があります。いわゆる8ナンバーの、特殊用途自動車は、引き続き対象とされています。たとえば、車いすのリフトがついた福祉車両などです。移動を伴う送迎の負担を軽減する、こうした特殊な車両は、対象になりうる、ということです。一般の乗用車は対象外だが、福祉車両は対象になりうる。この線引きは、訪問看護の事業所にとって、実務上、重要なポイントになります。

どんな設備が、対象になるのか

では、業務改善助成金では、どのような設備投資が対象になるのでしょうか。判断の基準は、「生産性の向上や、労働能率の増進に役立つかどうか」です。

具体例としては、会計業務を自動化するPOSレジ、データを一元化して作業時間を減らす在庫管理システム、送迎業務の負担を軽くする福祉車両、そして中小企業診断士や社会保険労務士といった専門家による業務改善のコンサルティングなどが挙げられます。

訪問看護の文脈で考えれば、記録や請求業務の負担を軽減するICTシステム、勤怠管理のシステム、スタッフの移動や情報共有を効率化する仕組みなどが、検討の対象になりうるでしょう。日々の記録や請求に追われ、本来の看護業務に集中しにくい、という課題を抱える事業所は少なくありません。その負担を、システムの導入で軽くする。それが賃上げとセットになれば、この助成金の趣旨に合致します。

ただし、対象にならないものも明確です。単なる買い替えや、汎用品は対象外です。老朽化した設備を、同等の性能のものに更新するだけでは、認められません。既存の機器よりも高い能力を持つ、上級の機器を導入し、生産性の向上が客観的に認められる必要があります。また、単なる経費の削減や、エアコンの設置のような職場環境の快適化、一般的なパソコンのような汎用の事務機器も、原則として対象外です。

「賃上げが先、設備が後」という設計思想

この制度の設計思想を、理解しておくことが大切です。

業務改善助成金は、「設備投資を助成する制度」でありながら、その入り口は「賃上げ」です。事業場内最低賃金を引き上げることが、助成を受けるための前提になっている。つまり、この制度は、単なる設備投資の補助ではなく、「賃上げを実現するために、生産性を上げる設備投資を後押しする」という考え方で作られています。

だからこそ、賃上げの計画と、設備投資の計画を、セットで提出する必要があります。そして、賃上げが先、設備投資が後、という順序が守られなければなりません。生産性を上げて、その原資で賃金を上げる。この因果の順番が、制度の根っこにあります。

訪問看護の経営者にとって、この制度は、二つの課題を一度に扱える可能性を持っています。看護師の処遇を改善したい、という課題と、業務の効率化を進めたい、という課題。この二つを、別々にではなく、連動させて設計する。それが、この制度を最大限に活かす道です。

よくある失敗を、避けるために

最後に、業務改善助成金でよく起きる失敗を、整理しておきます。これらを避けることが、申請成功の鍵になります。

一つ目は、順番の間違いです。申請の前や、交付決定の前に、設備を発注・契約してしまう。あるいは、申請の前に賃上げをしてしまう。これらは、いずれも助成の対象外になります。繰り返しになりますが、この順番は絶対です。

二つ目は、計画書の内容が弱いことです。導入する設備が、どのように生産性の向上につながるのか。その効果を、客観的に示せていないと、審査で評価されにくくなります。

三つ目は、対象外の設備で申請してしまうことです。一般の車両や、汎用のパソコンなど、対象にならないものを計画に含めてしまう。ここは、事前の確認が欠かせません。

そして、押さえておきたいのが、予算の存在です。この助成金には予算があり、上限に達すると募集は終了します。令和8年度の申請開始は9月1日。要件が複雑になっている分、準備には時間がかかります。活用を考えるなら、早めに動き始めることが大切です。

制度は、知って、正しく使う

賃上げの原資が出ない、という訪問看護の悩みに対して、業務改善助成金は、一つの現実的な答えになりえます。賃金を上げ、あわせて業務を効率化する設備を導入する。その費用の一部を、国が支える。最大600万円という額は、小規模な事業所にとって、決して小さくありません。

ただし、この制度は、要件が複雑で、申請の順番を一つ間違えれば、一円も受け取れません。令和8年度は、コースの再編、助成率の基準の変更、一般車両の対象外化、申請ルールの厳格化と、変更点も多い。制度を正確に理解したうえで、計画的に進める必要があります。要件の細部や、最新の上限額、対象経費については、厚生労働省の最新のパンフレットで必ず確認してください。そして、判断に迷う場合は、社会保険労務士などの専門家に相談することが、確実な近道です。

補助金や助成金は、知っている事業所だけが使えるものです。そして、正しく使えば、賃上げと生産性向上という、訪問看護の二つの課題を、同時に前へ進める力になります。まずは、自らの事業所が対象になるかを、確認するところから始めてみてください。

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