訪問看護経営を語るとき、感覚論や精神論が先行しがちだ。しかし、業界の本当の姿は、公的統計の数字が最も雄弁に語る。
厚生労働省が実施する介護事業経営概況調査、令和5年度分の結果を精査すると、訪問看護ステーション経営の骨格が数字で浮かび上がる。月商300万円、訪問単価8,490円、看護師1人あたり月商61万円、収支差率6.2%、給与費(人件費)割合約75%——これらの数字が、業界の現実を静かに、しかし明確に示している。
本稿では、公的データを起点に、訪問看護経営の実像を数字で読み解く。「なぜこの数字なのか」「この数字は何を意味するのか」「自ステーションの数字と比較して何が見えるのか」——数字と向き合うことで、感覚では見えなかった経営の本質が見えてくる。
なお、本稿で使用する数字は、厚生労働省「令和5年度介護事業経営概況調査結果」および業界メディアの公開情報に基づく。最新の数字は各機関の公式発表を参照されたい。
訪問看護ステーションの月間平均売上は、約300万円だ。
より正確には、令和3年度の介護事業経営概況調査で「2,964,000円」、令和5年度でおおむね約300万円という水準である。介護報酬・介護予防含む数字であり、業界全体の中央値と考えてよい。
この300万円という数字が意味するものは何か。年商に換算すれば約3,600万円。中小事業所として見れば、規模の大きなカフェ1店舗、あるいは小規模な学習塾1教室と同程度の年商である。
「訪問看護は儲かる」という業界のイメージがある。しかし、実際の平均月商は決して大きくない。看護師5人程度の事業所が全力で運営して月商300万円——これが業界の中央値だ。
自ステーションの月商をこの数字と比較すれば、業界内での位置づけが見えてくる。300万円を大きく上回るならスケール型の経営、下回るなら小規模特化型か経営改善の余地がある事業所、ということになる。
訪問1回あたりの売上単価は、平均8,490円である(令和5年度データ)。
医療保険・介護保険の合算平均値であり、医療保険は加算次第で1万円超、介護保険は7,000〜9,000円程度、というのが実態だ。機能強化型ステーションでは9,000円を超え、通常型では8,000円前後にとどまる、という傾向もある。
訪問看護の売上構造を最もシンプルに表す等式がある:
売上 = 訪問単価 × 訪問回数
この等式の左辺(売上)を上げるには、右辺の2つの要素、すなわち「訪問単価」か「訪問回数」を上げるしかない。訪問単価を上げるには、機能強化型取得、加算算定の徹底、24時間対応体制の整備、専門性ある看護師の確保——といった経営戦略が必要となる。訪問回数を上げるには、看護師の確保、稼働率の向上、移動時間の最適化、ICT活用による業務効率化——といった別次元の戦略が必要だ。
「売上が伸び悩む」と感じている経営者は、まず自ステーションの訪問単価と訪問回数を分解して見ることをお勧めしたい。どちらがボトルネックかで、打つべき手が全く変わる。
常勤換算看護職員1人あたりの月間売上は、約61万円と算出される。
計算式は明確だ。訪問単価8,463円 × 平均月間訪問回数71.9回 = 約60万8千円。看護師1人が1ヶ月に71.9回訪問し、61万円の売上を生む——これが業界の平均像である。
この数字は経営判断の重要な基準となる。看護師の年収を仮に500万円とすれば、月給ベースで約42万円。そこに社会保険料等の法定福利費、賞与、退職金積立を加えると、看護師1人の総人件費は月額55〜60万円になる。売上61万円と比較すると、看護師1人が生み出す収益は、その人件費とほぼ同水準になる。
つまり、看護師1人あたりの売上が61万円を割り込むと、その看護師は「人件費を回収できていない」計算になる。管理者・事務員の人件費、家賃、光熱費、車両費、システム費等は、そこにさらに乗ってくる。
「なぜ利益が出ないのか」と悩む経営者は、看護師1人あたりの月商を計算してみるといい。61万円を大きく下回っているなら、稼働率の問題か、単価の問題か、いずれかが構造的に起きている可能性が高い。
訪問看護の収支差率(利益率に近い指標)は、令和5年度調査で平均6.2%だ。
この6.2%という数字は、他業界と比較すると微妙な水準である。飲食業の営業利益率が3〜5%、小売業が2〜3%、製造業が5〜10%と考えると、訪問看護は「そこそこ利益が出る業種」に見える。しかし、介護事業全体の収支差率平均が3.0%であることを考えると、業種内では相対的に良好、というのが正確な位置づけだ。
一方で、6.2%という数字は「かろうじて黒字」の水準でもある。月商300万円のステーションの利益額は、6.2%換算で月18万6千円。年間で約223万円である。経営者1人の年収にも満たない額が、事業体としての利益として残る計算になる。
さらに厳しいのは、この6.2%が「平均」だという事実だ。平均を下回るステーションは、収支トントンか赤字経営である。全国の訪問看護ステーションの相当数が、経営として綱渡り状態にある可能性が高い。
「利益が出ているから安泰」と考えるのは、この数字を見ると危うい。6.2%の利益率で、物価高騰・人件費上昇・制度変更コストを吸収し続けることは、構造的に厳しい。
訪問看護の人件費率(給与費率)は、平均78%とされている(業界データ)。厚生労働省の令和2年度調査でも近い水準が示されており、業界の構造的特徴である。
この78%という数字が、訪問看護経営の本質を最も端的に表している。売上100のうち78が人件費に消える構造だ。残りの22で、家賃・光熱費・車両費・システム費・消耗品費・管理経費・そして利益を捻出する必要がある。
「訪問看護は装置産業ではなく人的サービス業」と言われる。まさにその通りの構造が、この78%という数字に凝縮されている。
そして重要なのは、この人件費率が「上がっている」ということだ。物価高騰による賃上げ圧力、看護師確保競争による給与水準上昇、処遇改善加算による賃金引き上げ——これらすべてが、人件費率を押し上げる方向に作用している。
業界の一般的な指標として、人件費率が80%を超えると赤字化するリスクが高まる、と言われる。78%は、その臨界点にかなり近い水準である。あと2ポイント上昇すれば、業界の相当数が赤字転落する構造的リスクを抱えている。
2023年の訪問看護ステーション倒産・休廃業数は、業界全体の約5%とされている(業界メディア報道)。
この5%という数字は、100事業所のうち5事業所が1年で消えることを意味する。10年ベースで見れば、単純計算で約4割が入れ替わる計算になる。実際、新規開業からの1年以内廃業率は約4割、3年以内では過半数、という指摘もある(業界の一般的傾向)。
「訪問看護は成長業界だから安心」という認識は、この廃業率の数字と明らかに矛盾する。成長しているのは業界全体の総体であり、個別の事業所は激しい生存競争にさらされている。
廃業に至る要因は、人材確保困難、収益悪化、経営者の高齢化、後継者不在、と多岐にわたる。しかし共通する構造は「経営の数字を管理できていなかった」というシンプルな事実である。月商・利益率・人件費率・看護師1人あたり売上——これらの数字を毎月把握し、悪化の兆候を早期に発見できる経営者は、廃業リスクを大きく下げることができる。
6つの数字を並べて見ると、訪問看護経営の本質が浮かび上がる。
月商300万円で、単価8,490円の訪問を看護師5人で回し、1人あたり月商61万円を生み、利益率6.2%を確保する——これが業界の平均像だ。人件費率78%という高水準の中で利益を出すには、少しでもズレると赤字に転落する構造がある。廃業率5%という数字は、そのズレが実際に起きている事業所が毎年一定数存在することを示している。
「訪問看護は儲かる」でも「訪問看護は儲からない」でもない。訪問看護は、数字を精緻に管理できれば適正な利益が出せるが、管理を怠ると急速に赤字化する——これが数字が語る本質だ。
これらの数字から、経営者への3つの実践的示唆を提示したい。
第一に、月次で経営数字を把握する体制を作ること。月商、訪問件数、訪問単価、看護師1人あたり月商、人件費率、収支差率——これらを毎月同じフォーマットで記録し、時系列で比較する。感覚ではなく数字で経営を判断する体制が、業界平均を超える経営の前提となる。
第二に、業界平均との比較を習慣化すること。自ステーションの数字が業界平均を上回っているか、下回っているかを、四半期ごとに確認する。特に人件費率が80%に近づいていないか、看護師1人あたり月商が61万円を維持できているかは、経営の健全性を測る最重要指標となる。
第三に、数字の悪化を早期に発見し、原因を分解する能力を磨くこと。売上が落ちた時、それが訪問単価の低下なのか、訪問回数の減少なのか、稼働率の悪化なのかで、打つべき対策は全く異なる。数字を分解して原因を特定できる経営者が、業界の中で生き残る。
経営者として、感覚論から離れて、数字で自ステーションを見つめる習慣を持ちたい。業界の平均像を知り、自ステーションを客観的に評価し、悪化の兆候を早期に発見する——この基本動作が、訪問看護経営の質を決める。
数字は嘘をつかない。感覚が「大丈夫」と言っていても、数字が悪化しているなら経営は危険だ。感覚が「厳しい」と感じていても、数字が健全なら経営は続けられる。
訪問看護経営における最大の武器は、業界の平均像を数字で把握し、自ステーションの数字と冷静に比較する姿勢である。この姿勢を持つ経営者は、業界がどのような方向に変化しても、適切な経営判断を下すことができる。
なお、本稿で使用した数字の出典は、厚生労働省「令和3年度介護事業経営概況調査結果」「令和5年度介護事業経営概況調査結果」「令和2年度介護事業経営実態調査結果」、および業界専門メディアの公開情報に基づく。最新の数字については、厚生労働省の公式発表を確認いただきたい。