2026年7月28日の熊本地震から、数日が経ちました。現地では、いまも懸命の対応が続いています。
厚生労働省が7月30日に発表した情報によれば、熊本県内では64の医療機関が被災し、そのうち44の施設で停電や断水、医療ガスが使えないなどの被害が確認されました。高齢者に関係する施設では312施設が、障害者に関係する施設では243施設が被災しています。災害派遣医療チームであるDMATや、精神医療のDPAT、福祉のDWATが、県内で活動を続けています。
こうした大きな災害のとき、被災した事業所や利用者を支えるために、制度は弾力的に運用されます。厚生労働省をはじめとする関係省庁は、令和8年熊本地震を受けて、一連の「災害時の特例」を通知しました。全国訪問看護事業協会も、この通知を会員へ周知しています。
今回は、この災害時の制度の特例を、訪問看護の視点で整理してお届けします。被災地の事業所にとっての実務情報であると同時に、全国のどの事業所にとっても、「災害のとき、制度がどう動くのか」を知っておく意味があると考えるからです。
まず、状況を確認します。今回の地震では、内閣府が熊本県に災害救助法を適用しました。この災害救助法の適用が、これから述べるさまざまな特例の、土台になります。
被害は、病院や施設だけにとどまりません。自宅で療養を続ける在宅療養者もまた、停電や断水、そして安否確認の難しさの中に置かれています。前回の記事でお伝えしたとおり、人工呼吸器や在宅酸素など、電気で動く医療機器に頼る人にとって、停電は命に関わります。いま現地では、こうした在宅療養者の安否確認と支援が、関係者の手で進められています。
その支援を、制度の面から後押しするのが、災害時の特例です。順に見ていきます。
災害時には、事業所が通常の運営基準を満たせなくなることがあります。職員自身が被災して出勤できず、人員の基準を割ってしまう。避難してきた人を受け入れ、定員を超えてしまう。平時であれば、こうした状態は報酬の減額につながります。
しかし、災害時には、その扱いが変わります。厚生労働省の老健局は、介護報酬等の柔軟な取扱いとして、基準を満たせない状況でも報酬を減額しないなどの措置を通知しました。
この意味は、大きなものです。被災したなかで、無理に基準を守ろうとして疲弊するのではなく、まず目の前の利用者と職員の安全を守ることを優先できる。制度が、そのための余地を作っているのです。
被災すると、保険証やマイナンバーカード、資格確認書を、手元に持ち出せないことがあります。家ごと被災すれば、なおさらです。
こうした場合でも、被災した人は、サービスを受けられます。厚生労働省の保険局は、マイナ保険証や資格確認書などを提示できない場合の取扱いを通知しました。氏名や生年月日、住所などを申し立てることで、保険診療や必要なサービスを受けられるようにする措置です。
訪問看護の現場でも、この点は知っておきたいところです。保険証が確認できないからといって、必要なケアを止める必要はありません。まず必要な看護を届けることが、優先されます。
要介護の高齢者にとって、災害は、生活の基盤そのものを揺るがします。ここにも、特例が設けられています。
厚生労働省は、被災した要介護高齢者等への対応を通知しました。ここでは、要介護認定の有効期間が近づいていても弾力的に扱うことや、避難先でサービスを利用できるようにすることなどが示されています。親族の家や避難所、あるいは他県の施設へ避難した場合でも、必要なサービスにつなげられるよう、ケアプランの変更なども柔軟に認められます。
避難によって、それまで受けていたケアが途切れてしまわないように。そのための仕組みが、用意されているのです。
事業所の側にも、切実な問題があります。被災によって、記録や請求のシステムが使えなくなり、通常どおりに報酬の請求ができなくなることです。請求ができなければ、収入が入らず、被災した事業所の経営は、たちまち行き詰まります。
これに対して、概算による介護報酬の請求が認められています。全国訪問看護事業協会が7月31日に周知した内容によれば、令和8年7月のサービス提供分について、概算による請求に関する届出書の様式も示されました。
これは、被災でレセプトを作れない事業所が、当面の資金を確保できるようにする措置です。ただし、利用するには届出が必要です。対象となりうる事業所は、通知の内容を確認しておく必要があります。
医療保険に関わる部分でも、柔軟な取扱いが示されています。
対象となるのは、DMAT指定医療機関が待機を行う地域に所在する、保険医療機関や保険薬局、そして指定訪問看護ステーションです。こうした地域では、被災した人を受け入れた結果、許可された病床数を超えてしまっても、あるいは入院基本料の施設基準を一時的に満たせなくなっても、報酬の減額措置は適用されません。
被災者の受け入れという、災害時に最も求められる対応を、報酬上の不利益を気にせずに行えるようにする。そのための措置です。
ここまで見てきた特例は、熊本の被災事業所を対象とするものです。しかし、同じような枠組みは、過去の災害でも用いられてきましたし、これからの災害でも用いられます。
つまり、これらは「災害のとき、制度がどう動くか」を示す、一つの教科書でもあります。もし自分の地域が被災したとき、何が緩和され、どう対応すればよいのか。それを平時から知っておくことは、いざというときの、落ち着いた対応につながります。
前回の記事でお伝えした、平時の備え。すなわち、業務継続計画であるBCP、利用者ごとの情報の整理、電源の確保。それらと、今回整理した災害時の制度の特例。この両方を知っておくことで、災害のさなかでも、利用者を守りながら、事業を続けていく道が見えてきます。
熊本の被害の全容は、いまも明らかになっている途上です。現地では、医療、介護、福祉の支援チームが、懸命の活動を続けています。自宅で療養する人たちに、必要な支えが一日も早く、確実に届くことを、心から願っています。
災害は、一つの事業所の努力だけでは、とても支えきれません。だからこそ、制度が弾力的に動き、被災した事業所と、その利用者を支えます。その特例を正しく知り、正しく使うこと。それもまた、災害のときに利用者を守るための、大切な備えの一つです。
詳しい要件は、厚生労働省や全国訪問看護事業協会が公表している通知で、必ず確認してください。そして、災害が起きていない平時のいまこそ、自らのステーションの備えを、もう一度見直しておきたいものです。備えは、起きてからでは間に合いません。制度を知ることは、その備えの、確かな一部なのです。