日本看護協会が2026年3月に公表した2025年病院看護実態調査に、訪問看護の経営者が注目すべき数字がある。
2024年度の看護職員の離職率は、正規雇用全体で11.0%。新卒採用者は8.4%。そして既卒採用者は16.1%だった。
既卒、つまり他の職場を経験してから入職した看護師の離職率が、新卒の倍近い。この数字は病院を対象とした調査だが、訪問看護にはより重い意味を持つ。訪問看護ステーションが採用しているのは、ほぼすべてが既卒だからだ。
当メディアで求人倍率4.54倍という採用の厳しさをお伝えした。今回はその続きになる。苦労して採用した人が、なぜ辞めるのか。そして何が定着に効くのか。
まず現状を確認する。訪問看護の離職率は、病院より高い傾向にある。
神奈川県の令和3年の調査では、訪問看護師の離職率は17.7%で、病院勤務看護師の13.3%を上回った。同県の2023年度調査では16.7%と、前年度の18.1%から改善したものの、依然として高い水準にある。全国では約15%が平均的な水準とされ、オンコールの負担が大きい事業所では20%を超える例もあると指摘されている。
もう一つ、見逃せない調査結果がある。同じく神奈川県の調査で、看護職員が常勤換算で5人以上の事業所は、5人未満の事業所より離職率が低かった。中規模以上のほうが人が辞めにくい。この事実は、対策を考えるうえで重要な手がかりになる。
さらに気になる数字がある。日本看護協会の2025年看護職員実態調査によれば、今後も看護師として働き続けたいという意向を持つ人は約6割で、前年度の調査から5ポイント近く低下した。
転職先を探す人と、看護師そのものをやめる人は、性質が違う。後者が増えているなら、他の事業所と条件を競うだけでは足りないことになる。この仕事を続けたいと思える環境そのものが問われている。
訪問看護師の退職理由を、実務資料から拾い上げてみる。
オンコールの負担。休日でも電話が鳴るかもしれないという緊張が続き、心身の疲労が蓄積する。当番が管理者や独身者、男性に偏りやすい事業所もある。
一人での訪問と判断の重さ。訪問中にトラブルや緊急事態に遭遇したとき、一人で対応しなければならない。経験したことのない処置を求められることもある。
時間管理のプレッシャー。移動時間を含めたスケジュール管理が求められ、遅れてはいけない、時間をオーバーしてもいけないという緊張が常にある。
受持ち制による休みの取りづらさ。担当の利用者がいるため、急な休みや長期休暇が取りにくい。
給与。夜勤手当がなくなるため、病院より収入が下がるケースがある。
教育体制。新人が慣れるまでに時間がかかるのに、支援が十分でない。
こうして並べてみると、共通項が見える。孤独だ。オンコールの孤独、判断の孤独、受持ちの孤独。病院なら隣にいるはずの同僚が、訪問看護にはいない。当メディアで適性について論じた際、向いていないと感じる要素の多くは環境で変わると書いた。その環境の核心が、ここにある。
5人以上の事業所で離職率が低いのも、同じ理由で説明できる。人数がいれば、オンコールが分散し、相談相手がいて、休みが取れる。孤独が薄まる。
対策の第一は、構造としての孤独を減らすことである。
オンコールは、2名体制が有効とされる。電話を受ける担当と出動する担当を分ければ、一人で判断する場面が減る。当番の偏りをなくすことも要る。特定の人に集中していれば、その人から辞めていく。
判断の孤独には、相談できる相手を確保することだ。判断に迷ったとき、すぐ管理者や先輩に電話できる体制があるか。当メディアで報じたD to P with Nのように、医師とオンラインでつながる仕組みも選択肢に入ってきた。ある実務資料は、オンコールの苦しさの本質は判断の孤独であり、手当を上げても解消されない、医師に相談できる体制こそが根本的な解決だと指摘している。
受持ち制については、主担当と副担当の複数制にする。当メディアで稼働率について論じた際にも触れたが、担当を固定しすぎると休めなくなる。情報共有の仕組みがあれば、誰でも一定の対応ができる。
小規模で5人に届かない事業所でも、できることはある。近隣のステーションとオンコールを共同で回す、法人内で相談体制を共有する。人数の壁を、連携で越える発想が要る。
第二が、入職後の最初の期間を手厚くすることだ。
既卒採用者の離職率が高い理由の一つは、前職とのギャップにある。病院で経験を積んだ看護師ほど、訪問看護の環境に戸惑う。医療資材は限られ、家ごとに条件が違い、自分で判断しなければならない。経験があるから大丈夫だろう、という扱いが、最も危うい。
だから独り立ちまでの同行訪問の期間を、事業所として決めておく。経験年数にかかわらず、一定期間は先輩と同行する。その後も、困難な事例には同行を付ける。メンターを決めて、日常的に話せる相手を確保する。
段階的な教育プログラムを整えた事業所で、新人の1年目の離職率が大きく下がった事例も紹介されている。当メディアで管理者の役割について論じたとおり、育てる仕組みは管理者個人の熱意に頼るのではなく、組織の設計として持つべきものだ。
第三が、退職の兆しを早く捉えることである。
退職は突然に見えて、たいてい予兆がある。表情が乏しくなる、雑談に加わらなくなる、記録が遅れがちになる、休みが増える。管理者がそれに気づけるかどうかで、打てる手が変わる。
定期的な面談を、仕組みとして持つ。辞めたいと言われてから話すのではなく、その前に話す場をつくる。当メディアで精神科訪問看護の現場について書いた際、看護師自身の心の器がいっぱいになる前に人と話すことの大切さを取り上げた。同じことが、すべての訪問看護師に当てはまる。
面談で聞くべきことは、不満の有無ではない。いま何に困っているか、どこで迷っているか、誰に相談できているか。答えの中に、孤独の所在が見えてくる。
第四が、最も本質的なところになる。この事業所で働き続けたい理由を、つくることだ。
給与や手当の水準は、確かに重要である。当メディアで給与の内訳について解説したとおり、オンコール手当や訪問手当の設計次第で収入は変わる。処遇改善加算の対象に訪問看護が加わったいま、賃上げの原資も用意されている。
しかし給与だけでは人は残らない。看護師として働き続けたい人が6割まで減っているという事実は、条件面の競争だけでは届かない何かがあることを示している。
その何かは、事業所ごとに違う。看取りに強い、小児に強い、精神科に強いという専門性。地域との深い関係。学べる環境。仲間との信頼。あるいは、自分の看護観を大事にしてもらえるという実感。それぞれの事業所が、自分たちは何を提供できる職場なのかを言葉にしておく必要がある。
当メディアで求人票について論じた際、誰に来てほしいのかを先に決めるべきだと書いた。定着も同じである。どんな看護師に長くいてほしいのかを決め、その人が残りたいと思う理由を、意図してつくる。
当メディアで人材紹介の手数料を扱った際、看護師一人の採用に100万円規模がかかるとお伝えした。既卒採用者の16.1%が辞めるなら、6人採用して1人分の費用は確実に消える計算になる。
離職を減らすことは、最も確実な採用対策でもある。辞めなければ、採る必要がない。
訪問看護の離職率が病院より高いのは、個人の資質の問題ではなく、孤独を生みやすい構造の問題である。5人以上で離職率が下がるという事実は、その構造を変えれば結果も変わることを示している。
オンコールを分散し、判断を一人にさせず、担当を複数にし、最初の1年を守り、予兆を見逃さず、この事業所にいたい理由をつくる。どれも派手さはないが、どれも意図しなければ実現しない。求人票を書き直すのと同じで、費用はさほどかからない。かかるのは、そこに向き合う経営者の時間だけである。