9月は、世界アルツハイマー月間です。国内では認知症月間として位置づけられ、各地で普及や啓発の取り組みが行われます。全国訪問看護事業協会も、8月に会員へ協力を呼びかけました。
この時期に合わせて、あらためて確認しておきたい法律があります。共生社会の実現を推進するための認知症基本法、通称、認知症基本法です。2023年6月に成立し、2024年1月1日に施行されました。
条文には、保健医療サービスを提供する者の責務が定められています。訪問看護事業者は、この法律において責務を負う立場にあります。何が求められているのか、整理してお届けします。
法律の話に入る前に、数字を押さえておきます。
認知症施策推進基本計画によれば、2022年時点で認知症の高齢者数は約443万人、軽度認知障害の高齢者数は約559万人と推計されています。合計すると1,000万人を超え、高齢者のおよそ3.6人に1人が認知症またはその予備群にあたる計算です。
この有病率が今後も一定と仮定した場合、2040年には合わせて約1,200万人になると見込まれています。認知症が約584万人、軽度認知障害が約613万人。高齢者の約3.3人に1人という水準です。
当メディアで独居高齢者について論じた際、2050年に65歳以上の一人暮らしが約1,084万人に達するとお伝えしました。認知症があり、かつ一人で暮らす。そうした方が地域に増えていくことになります。
では、法律の中身です。
認知症基本法の特徴は、第1条に社会のあるべき姿を明示した点にあります。認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会。これを共生社会と定義し、その実現を推進することが目的とされました。
第3条には、施策を実施するうえでの基本理念が七つ掲げられています。その筆頭に置かれたのが、次の一文です。すべての認知症の人が、基本的人権を享有する個人として、自らの意思によって日常生活および社会生活を営むことができるようにすること。
自らの意思によって、という部分が要です。守られる対象としてではなく、意思を持つ個人として位置づけられています。
そして第4条から第8条には、国、地方公共団体、保健医療サービスまたは福祉サービスを提供する者、公共交通事業者や金融機関、小売業者といった生活の基盤となるサービスを提供する事業者、そして国民の責務が定められました。
訪問看護は、この三つ目に該当します。
2024年12月3日、認知症施策推進基本計画が閣議決定されました。基本法第11条に基づく計画で、期間は2029年度までのおおむね5年間です。
この計画で示されたのが、新しい認知症観という言葉です。基本法の施行に先立って開かれた会議で、認知症施策を認知症の人を起点に実施すること、そして認知症とともに希望を持って生きるという考え方の理解を広めることの重要性が指摘されました。
従来の枠組みでは、認知症の人は支援される対象でした。これからは、共に生きる主体として捉える。この転換が、新しい認知症観の核心です。
言葉としては理解しやすい。ただ、実践に移すとなると、簡単ではありません。
ここで、正直に問うてみたいことがあります。
訪問看護は、以前から本人の意思を尊重してきたはずです。当メディアでBPSDについて論じた際、行動の背景にある思いを読み取ることの重要性をお伝えしました。ACPの記事では、判断できるうちに本人の望みを聴いておくことの意味を書きました。
その意味では、新しい認知症観は目新しいものではないとも言えます。
けれど、法律と計画が求めているのは、もう一歩先です。認知症の人が社会に参加する主体であること。つまり、家の中でその人らしく過ごせればよい、という話にとどまりません。地域とのつながりを持ち、役割を持ち、意思を表明できること。そこまでが射程に入っています。
訪問看護が向き合ってきたのは、主に家の中の暮らしです。安全に過ごせるか、症状が安定しているか、家族が支えきれているか。そこから一歩出て、その人が地域とどうつながるかまでを視野に入れているかと問われれば、十分とは言いがたい事業所も多いのではないでしょうか。
計画が求めていることのひとつが、意思決定支援です。
とりわけ強調されているのが、軽度のうちから将来の希望を確認しておくという点です。判断能力が低下してからでは、本人の意思を確かめることが難しくなります。当メディアで身寄りのない利用者について論じた際に述べたとおり、成年後見人であっても医療行為への同意はできません。代われる人がいない以上、本人が話せるうちに聴いておくしかない。
訪問看護は、この場面で有利な位置にいます。定期的に家を訪れ、時間をかけて関係を築き、日常の会話のなかで本人の思いに触れられるからです。診察室では出てこない言葉が、お茶を飲みながらこぼれることがあります。
聴いた内容を記録に残し、医師やケアマネジャーと共有する。前回までの記事で繰り返し述べてきたとおり、記録された本人の意思は、後の判断を支える根拠になります。
もうひとつ、計画が挙げているのが地域との連携です。
認知症カフェ、本人ミーティング、チームオレンジ。認知症の人やその家族が地域とつながるための仕組みが、各地に整えられつつあります。チームオレンジは、認知症サポーターが本人や家族の支援につながる取り組みで、コーディネーターが配置されている自治体もあります。
訪問看護が直接これらを運営するわけではありません。ただ、地域にどんな場があるのかを知っていれば、利用者や家族に伝えることはできます。当メディアで独居高齢者について書いたとおり、医療と介護だけでは在宅の暮らしは支えきれません。
そして本人ミーティングという取り組みも注目に値します。認知症の本人が集まり、自分たちの経験や希望を語り合う場です。声を上げにくい立場にある人の声を、施策に反映するための仕組みでもあります。専門家が「認知症の人のニーズ」を代弁するのではなく、本人が語る。その姿勢が、新しい認知症観の実践形なのだと思います。
9月の認知症月間を機に、確認しておきたい点を挙げます。
自事業所の利用者のうち、認知症のある方はどれくらいか。そのうち、本人の意思を確認し記録に残せている方はどれくらいか。地域にどんな認知症関連の資源があるかを把握しているか。スタッフが認知症について学ぶ機会を設けているか。
そして、ケアの記録を読み返してみることも有効です。困った行動という言葉が並んでいないか。本人が何を望んでいるかについての記述があるか。記録の言葉遣いは、そのまま事業所の姿勢を映します。
認知症のある人は1,000万人を超え、2040年には1,200万人に届くと見込まれています。もはや特別な状態ではなく、多くの人がいずれ経験しうる状態です。
法律は、支える対象ではなく共に生きる主体だと定めました。訪問看護に求められているのは、その考え方を日々のケアに落とし込むことです。安全を守ることと、その人が望む暮らしを支えること。両立が難しい場面は確かにありますが、どちらか一方だけでは足りない。
9月は、その問いをあらためて考える機会になるはずです。