訪問看護物価対応料が新設された。金額は、月の初日の訪問で60円、2日目以降の訪問で20円である。
訪問看護療養費は点数ではなく円で表記されるため、この60円と20円は額面そのものだ。2026年度診療報酬改定で新設され、令和8年度および令和9年度の物価上昇に段階的に対応するためのものだと説明されている。
金額の小ささに目が行く。ただ、この加算で読むべきは額ではなく設計である。
まず金額を実務の単位に置き換える。
物価対応料1は、訪問看護管理療養費を算定している利用者1人につき算定する。月の初日の訪問が60円、2日目以降の訪問が20円。週2回、月8回訪問する利用者であれば、初日60円に2日目以降7回分の140円を足して、月200円になる。編集部の試算である。
医療保険の利用者を30人担当している事業所なら、月6,000円。年間で72,000円。
なお、物価対応料は医療保険の仕組みであり、介護保険の訪問看護には適用されない。訪問看護ステーションの利用者は医療保険と介護保険が混在しているため、実際の増収額は事業所ごとの利用者構成によって変わる。包括型訪問看護療養費を算定している利用者には物価対応料2が設けられているが、本記事の確認範囲では金額を特定できていない。
利用者の側にも影響がある。60円の1割から3割が自己負担として上乗せされる。金額としてはわずかだが、明細に新しい項目が増えることになる。
この200円が何に対するものかを、確認しておく。
当メディアで世界情勢と訪問看護の関係を整理した際に扱った数字を並べる。石油化学製品の原料であるナフサは2026年5月時点で1トンあたり884ドル、前年比で約65%高い水準にあった。手袋、輸液セット、カテーテル、注射器といった医療用プラスチック製品の原料である。
医薬品は2026年9月10日時点で限定出荷が971品目、供給停止が910品目。レギュラーガソリンの全国平均は170円だが、これは政府の補助による基準価格であり、補助がなければ200円を超える水準にある。ドル円は153円台から156円台で推移し、中東情勢を受けて原油は高止まりしている。
訪問看護の1事業所あたり月商は347.6万円。医療保険と介護保険が混在するため単純な比較はできないが、月6,000円という増収額の規模感は、この月商に対して0.2%に満たない。
物価上昇を吸収する額としては、明らかに足りない。
批判だけで終わらせると、制度の変化を見落とす。
訪問看護は公定価格の業種である。当メディアで繰り返し書いてきたとおり、原材料が上がっても単価を上げられない。改定を待つしかなく、介護報酬は3年ごと、診療報酬は2年ごとにしか動かない。その間の物価上昇は、事業所が丸ごと吸収する。
物価対応料は、この構造に対して初めて入った物価スライドの仕組みである。基本療養費や管理療養費の金額に物価上昇分を織り込むのではなく、別建ての加算として切り出した。
切り出したことの意味は二つある。
一つは、金額が見えることだ。物価対応としていくら出しているかが、加算という形で可視化される。基本報酬に混ぜてしまえば、物価対応分がいくらだったのかは誰にも分からなくなる。
もう一つは、後から動かせることだ。実際、そう設計されている。
物価対応料は、令和9年、つまり2027年6月以降、所定額の100分の200に相当する額を算定することとされている。
月初日が120円、2日目以降が40円になる。先ほどの月8回の例なら、月400円。30人で月12,000円である。
改定率の設計も同じ形をしている。2026年度診療報酬改定の改定率は全体で3.09%だが、その内訳は2026年度が2.41%、2027年度が3.77%と、2年目のほうが高い。改定は2年ごとだが、その2年の中で金額が上がる仕組みが組まれた。
これは、改定の間に物価が上がり続けるという前提で制度が作られたということである。
従来の診療報酬改定は、改定時点の物価水準を織り込んで単価を決め、次の改定まで据え置く方式だった。物価が安定していれば、それで機能する。物価対応料の段階設計は、その前提が崩れたことを制度の側が認めた形になっている。
金額は小さい。だが、公定価格に時間軸を入れたという点で、この加算は前例になりうる。
算定にあたっての注意点を挙げる。
まず、訪問看護遠隔診療補助料を算定する場合、同一日には物価対応料を算定できない。遠隔診療補助料は月1回2,650円であり、60円や20円と比べれば桁が違う。どちらを取るかで迷う場面はないが、レセプトの設定でこの併算定不可が反映されていなければ返戻の原因になる。
次に、物価対応料1と2の区別だ。訪問看護管理療養費を算定している利用者には1、包括型訪問看護療養費を算定している利用者には2を算定する。当メディアで包括型訪問看護療養費を扱った際に書いたとおり、包括型は高齢者向け住まいに併設・隣接するステーションを対象とした1日単位の評価である。同じ事業所のなかで1と2が混在する可能性がある。
そして、月の初日かどうかの判定である。月初日が60円、2日目以降が20円という区分は、当メディアで実施時間の記録を扱った際に書いた管理療養費の構造と同じ考え方だ。月内の何日目かで単価が変わる項目が、2026年度改定でさらに増えたことになる。
金額が小さいからといって算定漏れを放置すれば、年間で数万円が消える。請求ソフトが自動で拾う設定になっているかを、一度確認する価値はある。
物価対応料の限界も整理しておく。
第一に、介護保険にこの仕組みがない。訪問看護の売上の多くは介護保険から出ている事業所も多い。医療保険側だけに物価スライドが入っても、事業所全体としては半分の対応にしかならない。2027年度の介護報酬改定で同様の仕組みが入るかどうかは、現時点で決まっていない。
第二に、金額の根拠が見えにくい。なぜ60円と20円なのか。どの品目の価格上昇を、どの程度カバーする想定なのか。当メディアで移動手段の経済性を扱った際、燃料費の月商比を試算したが、衛生材料や光熱費を含めた物価上昇分がいくらかを示す公式のデータは乏しい。金額の妥当性を議論する土台がない。
第三に、人件費への対応が別建てになっている。訪問看護ベースアップ評価料は物価対応料とは別の仕組みであり、当メディアで基本給が12年で5,868円しか上がっていないことを扱った際に書いたとおり、その原資の多くは手当として配られている。物価が上がれば生活費が上がり、賃金への圧力になる。物価対応料は物件費への対応であって、そこから先には届かない。
2027年度介護報酬改定に向けた議論が進んでいる。当メディアで意見交換会の開始を扱った際、9月10日の分科会で訪問介護の団体が、物価高騰と賃金上昇が続くなかでの基本報酬の引き上げを最重要の要望として挙げたことを書いた。同じ団体のアンケートでは、令和7年度の収支について約6割の事業所が赤字と回答している。
訪問看護の番は、意見交換会の第2回か第3回に来る。そこで物価の話が出るとすれば、根拠となるのは各事業所が把握している実際のコストである。
手袋が1年でいくら上がったか。消毒液は。光熱費は。それを数字で持っている事業所と、感覚でしか把握していない事業所では、団体を通じて制度に届く情報の質が変わる。
月200円は、たしかに小さい。ただ、公定価格の業種に物価スライドが入ったのはこれが最初である。2027年6月に倍になり、その後どうなるかは、この2年間に何が示されるかで決まる。
60円という数字を笑って終わらせるか、根拠を持って次を要求する材料にするか。そこが分かれ目になる。