イギリスには、日本の訪問看護に近い役割を担う職種がある。地域看護師、ディストリクトナースと呼ばれる。
利用者の自宅、診療の場、ケアホームで、24時間365日、長期療養の管理や重い病気の人への支援、緩和ケアを提供する。NHSに雇用され、地域の在宅ケアの中心にいる職種である。
その人数が、2009年度から2023年度までの15年で43%減った。英国のシンクタンク、ナフィールド・トラストが2025年10月に公表した報告書の数字である。
同じ期間に、高齢化と人口増によって需要は24%増えた。需要の伸びを加味して調整すると、実質的な減少率は55%に達する。常勤換算で約4,200人が失われた計算になる。
イギリスは「病院から地域へ」を掲げてきた国である。その方針を担うはずの職種が、方針を掲げている間に半分になった。
数字をもう少し見ていく。
2024年9月までの1年間で、地域看護師の4人に1人が職を離れたと推計されている。離職率25%である。
人数の絶対値も小さい。等級でいうバンド6以上の地域看護師は、2024年9月時点で3,171人。NHSの看護職全体のなかで117人に1人という比率でしかない。
さらに深刻なのが、等級の切り下げだ。地域看護師として記録されている職員の27%が、本来この職種が始まるとされる等級、バンド6を下回る等級で雇用されている。複雑な状態の患者を訪問するには経験のある看護師が必要であるにもかかわらず、実際には下の等級の職員で埋められている。
供給側も細っている。直近の年度では、研修枠の半分以下しか資格を持つ地域看護師の輩出に結びついていない。
地域差も激しい。ニーズ調整後の人口10万人あたりで見ると、北西部は13.7人、東部は2.8人、南東部は3.3人、南西部は4.4人。同じ国のなかで、住む場所によって5倍近い差がある。
ナフィールド・トラストは、2009年の水準を現在の人口に対して回復させるには3億7,600万ポンドの投資が必要だと試算した。
報告書が示す将来推計は、さらに厳しい。
高齢化と複雑な健康ニーズの増加により、地域看護の需要は2040年までにさらに34%増える見込みとされている。供給が半減した状態から、需要が3割増える。
ナフィールド・トラストのシア・スタイン最高責任者は、地域看護師が長期療養の管理、重症者への支援、緩和ケアを通じてNHSに大きく貢献してきたにもかかわらず、この職種が政策立案者から長く軽視されてきたと述べた。そして、地域看護の課題に取り組まなければ、ケアを病院から在宅へ移す取り組みの中核的な弱点になると警告している。
英国王立看護大学も投資を求めており、地域看護師の訪問は高額な入院よりはるかに安く、計画されている地域保健サービスの成否に不可欠だと指摘しています。
ここから日本の話になる。
まず、増減が逆である。日本の訪問看護ステーションは増え続けている。指定数は2025年4月時点で19,314か所。訪問看護ステーションに勤務する看護師は約9万1千人で、2年前より2万人増えた。減っているイギリスとは正反対に見える。
だが、増え方の中身が違う。
イギリスの地域看護師は、専門職として定義された職種である。バンド6という等級があり、研修課程があり、資格取得の枠がある。だからこそ人数を数えられ、43%減ったと言える。減ったことが見えている。
日本の訪問看護には、これに相当する資格がない。看護師免許があれば、誰でも訪問看護に従事できる。当メディアで既卒看護師の教育を扱った際、独り立ちまでの同行訪問の設計が事業所ごとにばらつくことを指摘した。訪問看護に必要な技術は病棟とは別のものだが、その習得を保証する制度上の仕組みはない。
つまり日本は、人数は増えているが、その中身を測る物差しを持っていない。イギリスは物差しを持っていたから危機を検知できた。日本は検知できない。
イギリスの27%という数字、本来の等級を下回る雇用は、日本にも対応する現象がある。
当メディアで6月の介護給付費分科会の資料を分析した際、訪問看護ステーションの全従事者に占める看護職員の割合が81%から71%に下がったことを書いた。同じ資料では、訪問単位数に占める理学療法士等の割合が要介護で34.1%、要支援で46.2%に達している。厚生労働省は「リハビリテーションの提供が主体の事業所も一定数あると推察される」と記した。
どちらも、その職種が担うべき仕事を別の構成で埋めているという現象である。イギリスは等級を下げ、日本は職種構成を変えた。理由も同じで、必要な人材が採れないからだ。
日本の訪問看護ステーションの廃止理由の第1位は従業員の確保が困難で22.7%、第2位は管理職の退職で17.6%。当メディアで求人倍率4.54倍を扱った際、これが全施設種別で最も高い数字であることを書いた。
もう一つ、決定的な違いがある。
イギリスの地域看護師はNHSに雇用されている。つまり単一の公的組織のなかにいる。理屈のうえでは、国が必要人数を推計し、研修枠を設定し、配置を計画できる。それでも43%減った。
日本の訪問看護は、19,314の独立した事業所の集合である。1事業所あたりの看護職員は平均5.8人。誰がどこで開業し、いつ閉じるかは、市場が決める。当メディアで倒産統計を扱った際、訪問看護は倒産ではなく廃止届という形で統計の外に消えていくと書いた。
イギリスは計画できる立場にありながら失敗した。日本はそもそも計画していない。どちらが良いという話ではないが、日本には「気づいたときには手遅れ」という事態を検知する仕組みが、イギリスよりさらに乏しいことになる。
地域差についても同じことが言える。イギリスは北西部13.7人と東部2.8人という差を数字で把握している。日本の訪問看護の地域差は、事業所数としては把握されているが、それが地域のニーズに見合っているかを示す指標は確立していない。2026年に公表された査読前の論文では、全国335の二次医療圏について24時間在宅医療へのアクセスを評価する試みが行われており、在宅医療の需要が2040年までに62%増加すると見込まれている。査読前の段階ではあるが、こうした分析が出始めていること自体が、いま日本に不足している視点を示している。
イギリスの事例から取り出せる教訓は、一つに絞られる。
ケアを病院から在宅へ移すという政策は、在宅の担い手が育ち、定着する仕組みとセットでなければ実現しない。
イギリスは方針を掲げ続け、担い手への投資を怠った。その結果、政策の実現手段そのものが細った。ナフィールド・トラストが「中核的な弱点」と表現したのは、この構造である。
日本は地域包括ケアシステムを掲げ、2027年度の介護報酬改定に向けた議論が進んでいる。当メディアで意見交換会の開始を扱った際、訪問看護の番が第2回か第3回に来ることを書いた。処遇改善は議論の中心にある。
そこで問われるのは、加算率が何パーセントかだけではない。訪問看護に必要な技術をどう定義し、どう育て、どう評価するか。人数が増えているうちにその仕組みを作れるかどうかが、イギリスとの分かれ目になる。
イギリスの地域看護師は、減ってから議論が始まった。日本の訪問看護師は、まだ増えている。増えているうちに手を打てる時間が、どれだけ残っているかという話である。